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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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ドッペルゲンガーの遺言6

「その見るからに怪しい変装はなんなの?」

「尾行といえばトレンチコートに付け髭。これが定番っす」

「甘いですね翠。ここはスーツにシルクハットの紳士スタイルが無難ですよ」

「どっちも怪しいわよ」


 この完璧な、完璧な、完璧な、非の打ちどころのない変装をした僕と翠、そして学生服のままの大野さんは、篠原先輩と姉崎(男)さんの後方に潜んでいる。尾行している。

 彼女はどうやら姉崎(男)と図書館デートに行くらしい。テストが終わってからまだそれ程日が経っていないというのに。

 医者の跡取り息子というのも大変なものなのかもしれない。

 彼女達が向かった図書館は、学校から徒歩10分の場所にある‘御連図書館ごれんとしょかん’。最近できたばかりなので、外観、設備、本の種類などが素晴らしく、今回のテスト期間中は、風乃坂高校の生徒で賑わっていたらしい。あまりの賑わいに、図書館から学校にクレームが入る程だった。テスト明けの全校集会で、校長先生が物凄い表情で怒鳴っていたのが印象的だ。しばらく御連図書館へ行くことを、全校生徒に禁止するほど怒っていた。


「なかなかどうして図太いっすね」

「確かに。学校でブラックリストに入るほどの問題児である篠原先輩はさておき、成績優秀、品行方正が売りの姉崎さん(男)があそこまで何食わぬ顔でここに来るとは」

「桜先輩、姉崎さん(男)の呼び方変えないっすか?言いづらいっす」

「姉崎さん(男)と姉崎さん(女)を分ける呼び方が、他にあるんですか?」

「姉崎さんA、姉崎さんB」

「それ以外で」

「姉崎♂、姉崎♀」

「シンプルですけど」

「姉崎という男、姉崎と呼ばれた女」

「どんな背景があるんですか」

「何の文句があるんすか」

「文句と言えるほどのものではないのですが、いまいちしっくりきませんね」


 その後も僕と翠の問答があったが、いい解決案は見つからないままだ。そんなくだらない会話をしていると、いつのまにか図書館についていた。いい解決策が出ないまま。


「こんなところに図書館あったんだ」

「・・できたばかりですからね」

「で、2人はその恰好で行くつもり?」

「もちろん」

「当然っす」

「こういう場所の場合、制服のほうが目立たないんじゃない?」


 大野さんの意見はもっともかもしれないが、僕にも意地がある。自分が信じた道を突き進まずして何が男なのだろう。


「仕事に私情は挟まないんじゃなかったの?」

「ケースバイケースっていうやつですよ」

「便利な言葉ね」

「翠もそう思いますよね?」


 僕は同意を求めるために翠の方を振り向くが、そこには何故か制服姿の翠がいた。


「翠?」

「翠はプロフェッショナルっすよ。どこぞのブレブレなプロ精神を持った男とは違うっす」


 あんなに一緒にはしゃいで決めた衣装なのに、一切の躊躇いもなく衣装を脱ぐとは思わなかった。しかし、これが本当のプロかもしれない。

 仕事のためなら私情を捨てる。後輩にそれを教えられてしまうとは思わなかった。

 僕は大人しく2人の指示に従い、スーツとシルクハットを脱いで制服姿に戻った。

 その後、僕達は図書館の中で2人を見張り続けていたが、一切怪しいところはない。ただただ2人仲良く勉強しているだけだ。


「風乃坂君、本が潰れちゃうよ」


 僕は血の涙を流しながら彼女達の後方から見守る。カモフラージュに用意した分厚い本が握り潰れる程必死にだ。

 何が悲しくて放課後、自主的にイチャイチャしているカップルを見なければいけないんだ。


「はぁ、こんな悲しい思いをするなんて耐えられません。僕は少し席を外します」

「とことんメンタルが弱いっすね。桜先輩は2度とプロ意識を語らないで欲しいっす」

「風野坂君、あんまり図書館で騒ぐと目立っちゃうから、さっさとどっかに行って」

「・・・はい」


 反論の余地が全くない正論だったので、僕は大野さんに言われた通り、静にこの場から離れる。


「では」


 しかし、これはこれで都合がいい。以前からこの仕事に関わる内容で、調べておきたいことがあったのだ。僕は図書館の案内図に従い、ある場所に向かった。そして、そこで目当てのものを探すが、全くといっていいほど見つからない。

 どうやら僕は大きな勘違いをしていたみたいだ。図書館とはあらゆる書物があり、様々な文章がある。新聞もその1つだ。だが、


「ないものですね」


 この周辺では新しく、そして大きいこの図書館ならば、昔の新聞も保存しているのではないのだろうかと予想していたのだが、どうやらここにはなさそうだ。このまま何も収穫がなければ、今日の僕の行動は本当にプロと呼べるものではなくなってしまう。先輩をストーキングして、図書館を散策しただけになってしまう。それだけはなんとか避けたい所ではあるが、このままないだろうものを探すのも馬鹿らしい。

 僕は少し休憩を入れるため、近くの席に腰を下ろした。


「桜先輩、こんな所にいたっすか」


 声のする方を見てみると、何故かそこには翠がいた。見張りなうのはずの翠が、何冊かの本を小脇に抱えて立っていた。


「翠、篠原先輩の見張りはどうしたんですか?」

「それなら大野さんに任せてきたっす。何か動きがあれば、翠達の方に報告しに来るように伝えておいので大丈夫っす」


 そう自信満々に言われても、仕事を放り出している事実は変わらない。そのことを理解しているのだろうか、この後輩は。


「心配なしっす。大野さんなら周りから怪しまれないはずっすから」

「そうですね。で、大野さんに見張りを任せて、あなたはここに何をしに来たんですか?」


 翠は僕の隣の席に座り、手に持っていた本を読み始める。僕も周りから怪しまれないために、彼女が持って来た本を1冊手に取る。


「で、何を探してるっすか?」


 こちらから質問したはずが、翠はそれに答える素振りもなく、僕に対して質問を投げかける。まったく、相も変わらず変なところで察しがいいことだ。


「10年前、2014年の地元新聞を」

「だとしたら、先輩は図書館という設備を買いかぶってるっす。そんな前の新聞が置いてあるのは、都会の大きな図書館ぐらいっすよ」

「・・・困りましたね」

「大丈夫っす。新聞社にもよるっすけど、頼めばデータぐらいは貰えると思うっす」

「本当ですか?それはまた便利な」

「翠が頼んでデータを送ってもらうっす」

「それは本当にありがたいです。しかし以外ですね、翠にそのような人脈があるとは」

「ただし」


 翠は本に視線を向けたまま、ニヤッと笑ってから答える。


「データの、新聞の調査は先輩1人でお願いするっす」


 この後輩、自分が地元新聞社への繋がりがあることを盾に、莫大な量の新聞調査を僕1人に押し付ける算段らしい。

 なんとも食えない後輩だ。


「役割分担ってやつっすよ」

「僕の負担があなたの数十倍だと思うのですが」

「大変っすね」

「他人事だと思って・・」

「桜先輩なら大丈夫っす。なんたって、桜先輩は桜先輩っすから」


 悪戯に成功したような、何とも無邪気な顔を浮かべた翠に、僕は黙って頷くことしかできなかった。




 その後すぐに大野さんの元に戻った僕と翠だったが、図書館では彼女達に大して怪しい動きは見られなかった。そのように大野さんから報告を受けた。

 そのまま閉館時間を迎え、2人は仲良く手を繋ぎながら図書館を後にした。図書館を出てすぐ、大野さんは門限があると言って帰ってしまったので、ここからは僕と翠のマンツーマンでの尾行となる・・・はずだったが、


「君達、何であんなことしてたの?」


 僕達は今警察署にいる。取り調べ室にいる。

 大野さんと別れてから30分後の出来事だ。

 先ほどの尾行の件で、通行人の誰かが通報したらしい。なんとも正しい反応であり、この町の住民の危機管理意識の高さを感じさせられた。


「で、何であんな仮装をしてたんだい?」


 図書館を出た僕と翠は、またも先程の変装を行ったが、それがいけなかったらしい。通報された理由は僕と翠のしている恰好と挙動不審な行動だけで、誰かを尾行して通報されたわけではなかったみたいだ。本当によかった。僕達が誰かを尾行していることまでばれると、いろいろ事情を説明するのが厄介になってくる。


「風乃坂君・・だっけ?おじさん、君がこの前もここに来たって聞いたんだけど」

「桜先輩、今度はなんすか。覗きっすか?ストーカーっすか?下着ドロっすか?」

「翠、警察の方の前で根も葉もない話をしないでください!」


 本当は心当たりがあるのだが、状況が状況なので本気で否定しないとまずい。学校での指名手配や逮捕(風紀委員によるもの)は慣れたものだが、学校外となると話が違う。本格的に世間に顔向けできなくなる。


「先日白骨死体を見つけまして、その件で話をしに来たのですよ」

「あぁ、先日ニュースになってたあれ、桜先輩が見つけたっすか。ついに殺人まで・・・刑事さん、犯人は見つかったみたいなので、翠はここで失礼してもいいっすか?」

「翠、黙っていてください。お願いですから」


 お役人の前で何の躊躇いもなく先輩を売る、とんでもない後輩がここにいた。本当、翠のこの性格はどうにかならないものなのだろうか。


「お役人の前で部下に痛めつけられるとは・・・勧進帳かんじんちょうみたいですね」

「勧進帳?」

「歴史の勉強をきちんとしなさい」


 正確に言えば古典かもしれない。

 勧進帳とは歌舞伎の演目の1つであり、かの有名な源義経と弁慶の物語である。

 ざっくばらんにあらすじを説明すると、兄の源頼朝から逃げる義経一行は、北陸から奥州へ逃げる際に通らなければいけない関所の役人に、正体を疑われてしまう。弁慶はその知勇をもって切り抜けようとするが、守るべき主、義経が疑われてしまう。弁慶はそんなピンチを切り抜けるために主である義経を錫杖で殴る。

 それはもう、ぎったんぎったんのボッコボコにだ。

 さすがに義経のような高位の方が、ここまでボコボコにされるはずがないと思わせるための、弁慶の名演技である。薄々目の前の男が義経だと勘づいていただろう役人だったが、主を守るために主を傷つけるその忠義に心を打たれ、義経一行を見逃すというものだ。

 まぁ、今この場においての共通点といえば、お役人の前で部下にボコボコ(言葉を使って)にされているという点のみだが。

 こんな失礼な弁慶、僕はお断りだ。

 そんなくだらないことを考えている最中、目の前の刑事の携帯に着信が入る。


「もしもし・・あぁ、あぁ・・わかった」


 刑事は電話を切ると、何故か残念そうな人を見る目でこちらを見る。


「君達、サプライズを仕掛けるのはいいけど、今度からは通報されないように気を配りなさい。おじさん達も暇じゃあないんだから」


 そういって警官は出口の扉を開く。

 とっとと出てけ、そんな表情をしている。


「ありがとうございます」

「署の前にいる君達の友人にもお礼を言っておきなさい。誤解を解いてくれたのは彼女だから」

「はぁ」

「あと、君達はどこの学校かはわからないから今回は学校に連絡はしないけど、次はないと思っておいてほうがいいよ」


 僕は刑事さんのお小言に丁寧に対応してから取調室を後にする。もちろん、町の平和を守る警官のアドバイスはきちんと耳に入っていた。だから、僕は彼女にお礼を言う。言われた通り。


「いやぁ、助かりました。ありごとうございます」

「どういうことか説明してくれるかな♪」


 警察署を出てすぐのところで仁王立ちしている彼女は、それはもうご機嫌斜めだった。


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