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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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ドッペルゲンガーの遺言5

「で、この領収書は何だ?」

「篠原ひより専用スペシャルパフェ~僕の愛を君に捧ぐ~です」

「篠原・・なんだって?」


 先程の喫茶店の領収書を片手に、生徒を足蹴にする厳丈先生がそこにいた。言わずともわかるとは思うが、足蹴にされている生徒は僕だ。


「来月の部費でなんとかまかなえませんか?」

「できるっちゃあできるが、そんなに多くない部費を、こんな訳のわからんものに使うのはな」

「金欠なんです!」

「先先週に新しいエロ本を大量に買ったからっすか?」

「何故それを!?」


 僕のトップシークレットが、いとも容易く白日の下に晒された。

 おかしい、あの時周りには誰もいなかったはず。


「根も葉もない話です」

「これが証拠っす」


 翠はバックの中から数枚の写真を取り出す。そこに写る姿はまぎれもなく、間違いなく僕だった。申し訳程度の変装が逆に見ていられない。

 そんな僕を助けるかのように、扉が開かれる。


「失礼します」

「大野さん!」


 そこに現れた救世主、もとい大野さんにすぐさま駆け寄る。駆け寄るという表現は些か足りないかもしれない。正確には駆け寄ってから抱き着いた。腰元にがしっと。

 その結果は火を見るよりも明らかだった。


「変態さん、言い残すことはある?」

「思いの外ふくよかな感じでし・・痛いです、痛いです」

「厳丈先生、この変態をいつも通りあのロッカーに投獄しておいてください!」


 大野さんは僕を全力で踏みつけながら、これでもかという声量で叫ぶ。ふくよかイコールで太っているというのは勘違いだ。ちょうどいい感じの肉付きだったという主張を述べたいが、これ以上の暴力は僕の体に悪いのでやめておく。

 絶対に殴られる。間違いない。


「って、そちらの方は?」

「どうもっす、水樹翠っす」


 大野さんに向け軽く会釈しながらそう言う翠は、僕や先生に普段向ける表情それではなく、猫を被った、業務用の笑顔を浮かべる。

 社交性があっても、彼女は意外に人見知りなのだ。


「あ、はい、大野碧っていいます」

「そういえばお2人は初めてでしたね」

「黙れ、このダメ人間」

「もうそろそろ本当の名前を忘れてしまいそうなんですけど」


 そんな悲しき‘いつも通り’を経て、僕達は本題に移る。


「で、姉崎さんの件はなんとかなりそうなの?」

「今日は謎が増えただけでしたね」

「そうすっね」

「増えたの?」

「えぇ、実はかくかくしかじかで」

「それはまた・・わけがわからなくなってきたね」


 大野さんへの報告も終わったので、お茶をしながら今後の件について話し合う。

 今日のお茶はプーアル茶。主に脂肪の吸収を抑える効果があるので、ダイエットにはもってこいの飲み物である。


「このお茶を選んだのに、多少の悪意が見えるんだけど?」

「善意に溢れた僕のサービスに、変ないちゃもんをつけないでください」


 少しふくよかだと判明した大野さんからの殺意が僕に突き刺さる。

 さり気ない優しさに女の子はときめくと雑誌に書いてあったのだが、どうやらデマだったらしい。


「翠この後用事あるんで、早く今後の予定を立てて欲しいっす。」

「俺もだ。ちゃちゃっと決めてくれ」

「と言われましても、姉崎百合(女)さんの正体がわからない以上、これ以上何をするべきかはわかりかねますね」


 今回の件を彼女に伝え、どうゆうことかを聞こうとしたが、彼女は沈黙を貫くだけで、何も話してはくれなかった。

 事情を話さないのはともかく、やはり彼女はここから動く気がないようで、森下筒治さんの時と同じく、コックリさんの紙に引き籠っている。それはこの世に強い未練のある方だけができる行為である。つまり、彼女は何かしらの未練、恐らくは篠原さん絡みの未練を持っている。そして、ここから先は勘だが、男性の方と女性の方の姉崎百合さんには何かしらの接点があると思われる。

 いや、勘という程曖昧なものではない。

 この出来過ぎた茶番劇は、‘偶然’で片づけていいものではないだろう。


「とりあえず厳丈先生には姉崎百合さん(男)の情報収集を、僕と翠は待機で」

「賛成っす」

「俺の負担がでかいと思うが、まぁ仕方ねぇか」

「ありゃりゃ、いつもより素直っすね」

「そうですね、何の前触れですか?」

「何って」


 厳丈先生は机の上にある学校行事一覧を僕達に見せる。そこに書かれている単語は、体育祭や文化祭など心躍るものではなく、勉強が苦手な学生が確実にぶつかる壁、追試である。現在僕が受けている補習は、その追試に向けたものである。ほとんど補習はサボっているが。


「俺は追試のテスト作りで忙しいんだ。これ以上お前らと無駄な会話してる余裕はねぇんだよ」

「あぁ、そうでしたね」

「そうだっけ?」

「で、で、で、でしたっすね」


 明らかに狼狽える翠。まるで、今まで目を背けていたものが、急に自分の正面に現れたかのような、そんな表情だ。


「翠、今度の赤点教科はいくつですか?」

「・・・2つっす」

「4つだろ。国語、数学、英語、化学」


 聞いてわかる通り、翠は頭のほうがよろしくない。

 頭は回る方だとは思うが、どうやら勉学という分野には適用されないみたいだ。高校受験の際も、僕がどれほど翠の偏差値を上げるのに四苦八苦したか。


「風乃坂君はどうなの?」

「こう見えても勉強はできるんですよ。日頃の行いが悪い分、こういうイベントはきちんとこなすんです。英語以外」


 英語はどうしても無理だ。どうもならない。


「意外ね」

「日頃の行いの悪さに自覚あったんすね」

「自覚があったところで、こいつは反省をしないのが問題なんだよ」


 散々な言われようだが、これに慣れてしまえた自分が怖い。

 よくハプニングなんてない日常というものこそ大切な日々なんていうが、こんなのが大切な日々だとは思えない。思いたくない。そんなくだらない話を最後に、僕達は部室を後にした。




 厳丈先生の調査が終わったのはそれから2日後だった。

 その報告を受け、その日の内に僕、翠、厳丈先生は部室に集まる。


「で、調べはつきましたか?」

「ある程度な」


 そう言って厳丈先生は報告書らしきものを僕と翠に投げつける。


「姉崎百合17歳、柔道部所属、副部長。名前のわりには男らしい趣味っすね」

「同感ですね」

「だな。で、成績優秀、容姿端麗、この近くにある病院の跡取り息子・・完璧だな。身長178cm、血液型はA型、誕生日は3月8日。篠原ひよりとの交際は1年前。月に4回から7回は会っているらしい。篠原ひよりのハーレムの中でも、1,2を争う頻度で会っているみたいだ」

「厳丈先生が調べた割には、情報量が少ないですね」


 2日でこの量は少ないと感じるが、厳丈先生もテストの件でいろいろと動いていたのだから仕方ないかもしれない。忙しい仕事の合間を縫ってこの情報収集を行ったのだから、文句を言わずに労わるべきだろう。


「愛する奥さんのサプライズ誕生日計画もあったからな」


 前言撤回。

 この馬鹿教師がプライベートよりも仕事を優先するなんて、一瞬でも考えた僕が馬鹿だった。正確に言えば、仕事よりも家族か。それはそれでいいことなのだが、釈然としない。


「新婚じゃないんですから、そんなことをしてもそこまで喜ばないと思いますけど?」

「だからお前には彼女ができないんだよ、この女なし

「お、女なし男?」

「そうっすよ。女の子はいつでもサプライズを求めてるっす。厳丈先生のそういうとこだけは尊敬してるっす。そういうとこだけ」

「翠、補習4時間追加」

「後生だからやめてっす!」


 翠は補習の恐怖を思い出し、机に突っ伏してしまった。

 先輩として、この子が留年しないかを本気で心配してしまう。


「でも仕方ねぇんだよ。こいつは粗がねぇ」

「ない?」

「あぁ、怪しいだろ」

 

 言っては悪いが、厳丈先生が2日間調べて粗が出ないということはない。人には弱みがある。それは確実に。

 僕の場合は多すぎると注意されたことがあるが。


「今日もこれから調べてみるが、大した結果は望んでくれるなよ」

「そうですか。では、今日からは僕達も動きます。大野さんも来てくれることですし」

「大野?」

「はい」

「どうやって?」

「先程たまたま廊下で会いましてね。今回の件のことで動くので、30分後に校門に来てくれと頼んでいたんですよ」

「そういうことか」

「はい」


 僕は残りのお茶を飲み干し、翠を引きずりながら大野さんの待つ校門へと向かい、大野さんと合流する。そして、行動を開始した。


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