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人の事情と霊の事情  作者: ゆきまる
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ドッペルゲンガーの遺言4

 次の日、翠が篠原さんに頼んで姉崎さんへのアポイントを取ってくれたので、篠原先輩の指示した喫茶店に僕と翠は来ている。

 喫茶店の前で待つこと10分。


「お待たせ~♪」

「どうも篠原先輩、そちらの方が・・」


 ここで僕は姉崎さんBに握手するために、篠原先輩の後ろに隠れている方に近づくが、驚きのために体が止まってしまう。翠もその姿を見て驚きの声を漏らしていた。


「‘彼’が姉崎百合ゆり♪私の数多くの恋人の1人よ♪」

「どうも」

「「お、男!!」」


 驚きのあまり僕と翠は店の前で叫ぶという迷惑行為を行う羽目になった。

 まぁ、普通に考えれば彼女の恋人が異性というのは当然だが、今回の件の依頼人の性別や、姉崎百合という名前から、女性を想像してしまうのは致し方ないことだと思う。


「そっ♪女の子みたいな名前だけど、正真正銘の男の子よ♪けど、可愛いでしょ♪」

「あの、俺はあなた達のことを知らないんですけど」

「翠達もあなたのことを知らないっす。まさかの姉崎さんCっすか?」

「C?」

「すいません、こちらの話です。とりあえず、中に入ってお話しを聞いてもらってもいいでしょうか?」


 彼は少し戸惑いの表情を見せたが、僕の提案に乗ってくれた。

 店内には僕達しかいなかったが、決して悪い店というわけではない。落ち着いた雰囲気と珈琲の香り、会話を邪魔しないくらいの音量で流れるジャズ、その全てが調和しているお洒落な喫茶店だ。学校の近くにこんな店があるとは知らなかった。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」


 僕と姉崎さんBはブレンドコーヒー。翠はカフェモカ。篠原先輩は‘篠原ひより専用スペシャルパフェ~僕の愛を君に捧ぐ~’を注文し、店の奥にある4人掛けの席に座る。


「ここの店主の青乃あおのさん、私の18番目の恋人なの♪だから、私だけ頼める特別メニューがあるの♪」


 注文を聞いた時の女性店員はドン引きしていて、注文を繰り返す時は顔を赤らめる程恥ずかしがっていた。あの注文を繰り返すのは、大変なメンタルを消費する苦行だと思われる。可哀想で仕方がない。


「で、話しっていうのは?」

「そうでした」


 篠原先輩の行動の1つ1つがぶっ飛んでいるので、時々本題を忘れてしまいそうになる。こんな人と自分が同じカテゴリ―にいるという現実に思うところがあるが、今ここで言ってもどうしようもないことだろう。


「その前に篠原先輩、1つお聞きしても?」

「うん、いいよ♪」


 あぁ、もう。

 いちいち可愛い仕草を繰り出してくる篠原先輩に対して、僕はもうメロメロメロメロメロメロワッショイ?だ。

 これはもう誘っているに違いない。そうとしか取れない。そうじゃない訳がない。


「あなたのハーレム(恋人集団)に私を加えてはもらえませんか。お願いします」


 目の前に彼女の恋人(大量にいる恋人の中の1人だが)がいることなどそっちのけで、彼女に熱い告白を試みる。

 大野さんの時は即座に振られ、森下先輩へ告白した時は通報されそうになった。2連続で失恋した僕だったが、こんなことで挫けることはない。3度目の正直と言うではないか。


「ごめんなさい」

「・・・」

「桜先輩、身の程を弁えてくださいっす」

「ひよりさんが告白を断るなんて、本当に珍しいですね」


 2度あることは3度ある。

 特徴的だった語尾の音符すら使わない、冷静でドライなお断りを突き付けられた。


「何か・・・生理的に無理です」


 大変申し訳ございませんといった姿勢で謝る篠原先輩。業務的な行動が余計に傷付く。

 篠原先輩、これ以上僕を惨めにしないでください。


「そうゆう‘呪い’なんすから、いい加減諦めたらどうっすか?」

「「呪い?」」


 篠原先輩と姉崎さんBが同時に首を傾げる。


「桜先輩は‘モテない’っていうどうでもいい呪いを受けているんすよ。女性に一生恋愛的に、性的に嫌悪感を抱かれる運命を抱いた、哀れな人っす」


 そんな翠の発言に、信じられないという表情の姉崎さんB。そしてこっちサイドの情報に精通している篠原先輩は、哀れみの目でこっちを見ている。ギリギリ聞こえるくらいの声で‘可哀想と’漏らす始末だ。語尾は♪(音符)のような明るい感じではなく、⤵⤵(下げ下げ)みたいな感じだった。


「僕のことはさて置いて、本題に入りましょう」

「今のが本題じゃなかったんすか?」

「違います。あれは衝動的かつ情熱的な質問でした」

「情熱があったかは些か疑問っすね。劣情なら垣間見えたっす」


 翠は呆れるような表情を僕に向ける。

 この失礼な後輩のことは放っておいて。


「こちらにいる姉崎さん以外で、他に姉崎百合という名前の恋人はいらっしゃいますか?」

「う~ん・・・いない・・かな♪」

「かなって」

「たくさんいるから、私でも把握できなくなっちゃって♪」

「それはそれは」


 そんなあっけらかんと言われては責める気にもならない。まぁ、責める権利を僕が持っていると言われれば、そんな権利はこれっぽちも持っていないわけだが。

 篠原先輩の横にいる姉崎さんBは何ともないといった表情でいるが、彼は今どんな気持ちでそこにいるのだろう?


「そうですか。では姉崎さん、あなたは心当たりありますか?」

「心当たりですか?」

「はい。あなたの名前を語って篠原先輩に近づいていた方について」

「そうですね・・・」


 姉崎さんは初対面の僕のこんな突拍子もない質問にも真剣に考えてくれる。なかなか誠実な方みたいだ。そう感じると同時に1つ、ふとした疑問を抱くことになる。

 何故このミスター誠実が、目の前にいるミス不誠実と付き合うことを決めたのか。彼の反応を見る限り、自分の彼女が恋愛に関してとんでもない価値観を持っていることは知っているみたいだ。普通はそんな‘とんでもない’を受けいれることは難しいはずなのだが。

 僕の知らない間に、世間の常識とやらが変わってしまったのだろうか?


「うーん、僕も心当たりはないですね」


 姉崎さんBは申し訳なさそうな顔を見せながら答えてくれた。

 こういう謙虚な姿勢が今時女子にモテるのだろうか?

 それが僕に足りないものなのだろうか?


「話はそれだけかな♪」

「そうですね、お2人に心当たりがないのなら、これ以上引き留める理由はありませんね。貴重なお話ありがとうございました」


 僕は席を立ち上がり、お2人に向かい頭を下げる。


「いいよいいよ♪」

「俺も気にしてません。それに、篠原さんと一緒にいられるのは、俺にとっては嬉しい時間なんで。例えそこに僕達以外の他人がいたとしても」


 先程まで僕達が見ていた、誠実そうな姉崎さんとは思えないほど、冷たい言葉を言い放つ姉崎さんB。彼は篠原先輩を連れて早々にここから出て行こうとする。


「姉崎さん、もう1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「・・・どうぞ」


 姉崎さんはこちらを振り返り、笑顔で僕の質問を答えてくれる姿勢を見せてくれた。最初に会った時と同じような、誠実そうな笑みを顔に貼り付けて。


「あなたにとって、愛とは?」

「・・・は?」

「いえいえ、単純な質問です」

「・・・」


 しばらく間を置いて、姉崎さんは僕に対して口を開く。


「・・お互いが同じ方向を向き、力を合わせること・・・ですかね」

「そうですか」

「そうです。もう行ってもいいですか」

「ええ」

「では」


 彼はこちらに一礼し、そのまま篠原先輩と喫茶店の外に出て行った。


「にしても、驚いたっす」

「そうですね、まさか姉崎百合さんが男だとは」

「それもっすけど、私が驚いたのには別の理由っす」

「別?なんでしょう?」

「あんな恥ずかしい質問にあんな恥ずかしい答えを返す男子高校生が存在していたことに、翠は衝撃を受けてるっす」

「客観的に見ないでください」


 確かに恥ずかしいかもしれない。思い出してしまうと顔から火が出そうだ。

 本当は別の質問をしたかったのだが、口に出すと違う形になってしまった。それが、翠の言うところの恥ずかしい質問だ。結局、あの質問で僕にどんな利があったかはわからない。なかったのかもしれない。いや、質問自体に意味はなかった。

 質問すること自体に意味があったのだ。


「こういう恥ずかしさこそ青春なんですよ、翠」


 先輩風を吹かすことで恥ずかしさをかき消す僕だったが、この程度の風で掻き消えるようなものかは些か疑問だ。


「それに、どんな質問にも意図はあるものですよ」

「意図っすか~?」


 翠はさして興味のないといった態度を取っている。本当に、先輩に対する態度に難ありの後輩だ。


「彼の表情見ましたか?」

「どこかの変態覗き魔と違って、笑顔が特徴的な少年だったっす。」

「・・帰る間際に僕が引き留めたときの表情です」

「見てないっす」

「睨んでました」


 翠はようやく僕の話に興味を持ったらしく、こちらに顔を向けてくれた。


「睨んでたっすか?」


 恋人との時間を邪魔されて怒っているとも取れる。しかし、そうゆう類とはまた別の、単純な拒絶だったように僕は思えた。

 これ以上関わるなと言わんばかりの、


「うっとおしそうな目で睨みつけていました」

「桜先輩をっすか?」

「はい」

「納得っす」

「納得しないでください!」


 翠はそう言って、また僕から視線を外し、携帯をいじり始めた。


「・・はぁ」


 こんな失礼な後輩が隣にいるのだ。溜息くらい許して欲しい。

翠にこれ以上こちらから話しかけても無駄だろう。なので、僕も翠から視線を外して、先ほどの彼の表情を考察する。

 僕を睨んで、拒絶するような表情。

 普段から覗きという比較的(確実に)女性から嫌われる行為をしている僕だからわかる。あれは、やはり確実に‘拒絶’だ。

 そして、‘焦り’も見えた。

 貴重な篠原さんとのデート時間を削られるのを嫌がったとも取れるが、それにしては、目つきが些か鋭すぎたようにも思える。あの2人には恋人以外の関係があるのかもしれない。


「これからどうするんすか?」

「とりあえず、今から部室に戻って厳丈先生と作戦会議ですかね?」

「じゃあ支払いはお願いっす。翠は先に部室に行ってるっす」


 そう言って翠はそそくさと喫茶店から出て行った。

 僕は彼女が去った後、手元にある4人分の伝票を手にする。


「‘篠原ひより専用スペシャルパフェ~僕の愛を君に捧ぐ~’・・・5980円!?」


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