ドッペルゲンガーの遺言2
翌日の昼、いつも通り部室で昼食を取りながら、僕は厳丈先生からの報告を聞く。
「篠原ひより、18歳。3年2組の出席番号11番。風紀委員、生徒会、学年主任から目を付けられており、風紀委員のブラックリストの中に‘不純異性交遊の申し子’としてその名を連ねている。一言でまとめるなら、問題児だ」
「あのお堅い風紀委員達のブラックリストの中に入っているとは」
我が校の風紀委員長は風紀の鬼である。
この学校の風紀を守るためだけに、命を賭けているような奇人だ。何が彼をそこまでさせるのかというほど苛烈に、熱烈に、なりふり構わずに学校の風紀を取り締まっている。
目についた風紀違反者は即座に確保、説教、反省文の3コンボを食らわせた後、職員室へと連行される。その手際の良さから、先生からは超絶優等生と、生徒からは裏番長としての評価をつけられている。
そんな彼の、そして彼が治める風紀委員の方々の行動力をもってしても御しきれない生徒達が、この学校には何人かいる。そうゆう人達が、風紀委員の管理するブラックリストに入っている。
ようするに、学校の厄介者だ。
しかし、それを違反者として、異端者として一括りにするのは如何なものかと僕は考える。それは個性と言われる素晴らしいものとも取れる。個性、つまりは個々、各々、1人1人。違って当然だということだ。
確かに‘不純異性交遊の申し子’と呼ばれるまでの個性はやり過ぎかもしれない。しかし、しかし、しかし、それは風紀委員の人達が勝手に付けているただの記号だ。真実は小悪魔系の、少しかっっっっわいいだけの人かもしれない。
まぁ、あの真面目が服を着たような風紀委員長に限って、‘不純異性交遊の申し子’と‘小悪魔系の女子’を間違えるとは思えないが。しかし、しかし、しかし、しかし、ちょっと変わっているくらいのことで社会から排除されるというのは、社会の、世界の発展の妨げになる行為かもしれないということを、読者の皆さんにだけでも分かって欲しい。
社会とは、世界とは、歴史とは、偉人、つまりは変わり者の偉業によって変革されたことは事実だ。凡人では考えつかない発想、異端な発想、これらがどれ程この世界に貢献してきたか。その事実に目を背けるのは・・
「ブラックリストNO,2、‘愛を求める自称霊能力覗き魔’風乃坂桜。同族として何か言うことはあるか?」
「そういえばそうでした」
「とぼけたフリをするな」
僕の社会に1ミリも貢献しない個性が爆発した結果、校内のブラックリストに名を連ねた事実はさておいて。
「今回はどういう風に伝えるんだ?」
「先日と同じく、真正面から」
「お前は先日のことを失敗と感じてないのか?」
「大丈夫です。不純異性交遊の申し子と呼ばれる方ですよ。男の僕ならワンチャンあると思うんですよ」
「そのワンチャンっていうやつが、今回の件に関することか、お前が篠原とお近づきになれる可能性なのか、どちらなのかじっくりと問いただしてやりたいところだが、他にこれといった策もねぇしな」
「では決定で」
厳丈先生の心配そうな顔を後目に、僕は午後の授業を受けるために教室に向かう。スキップしながら。
まったく、放課後が楽しみだ。
「はっはははは、ついに僕の時代が来ました!」
我慢しきれずに、僕は廊下で自らの下心を叫ぶ。
放課後、失敗を失敗と感じないという評価を頂いたばかりの僕が、3年2組の教室の前まで来ていた。ワンチャンに賭けてお近づきに・・・もとい、話を聞くために。
森下先輩の時のように、教室の前で待っていた僕だったが、案の定、お約束のように、僕への陰口が耳に否応なく入る。
「ストーカー?」
「あの人・・何で?」
「ロッカー兵器の開発者だよ」
というような陰口が聞こえるが、こんなことで挫けるようならとうの昔に覗きは引退している。強靭な精神、それが僕の数少ない長所の1つだ。
「覗き魔なんだよね?」
「え、うそ。キモイね」
「マジひくわ」
嘘ついた。挫けそう。
このまま彼女が出て来るのを待っていたら、精神に取り返しのつかないほどの傷を負ってしまいそうになる。
嫌でも聞こえてくる僕への誹謗中傷だったが、噂されているのは、どうやら僕だけではないみたいだ。
「そういえば、最近コックリさんの化け物の話聞かなくなったね」
「そうだね」
「何それ?」
「知らないの?放課後の教室で、コックリさんをやる子を襲うお化けが出るって噂」
「知らないわよ、そんな物騒な噂」
「3組の村上さん達も見たって。その幽霊見たさに、皆放課後にコックリさんやってるみたいよ」
「危なくないのかな?」
「大丈夫でしょ。所詮は遊びの延長線上みたいなものなんだから」
「そ、そうだよね」
どこもかしこもコックリさんだ。ブームはとうの昔に過ぎ去った過去の遺物かと思っていたが、我が校では今、現在進行形でブームみたいだ。何が聞きたいとか、何かを知りたいとかではなく、噂の幽霊とやらに、化け物とやらに会いたいという目的のために。
これは非常に危ない傾向だ。遊び半分でコックリさんをやるのは、前に言った通り危険なものなのだから。それがこうも頻繁に行われているとなると、いつかとんでもないことになりかねない。大野さんの時とは違う、危険な‘なにか’を降霊してしまうかもしれない。
「まぁ、この件は後で解決するとして、今は篠原先輩の件ですね」
篠原先輩に会うため、目の前の教室のドアに手を伸ばし、ドアを開けようとするが、
「篠原、待て!」
3年2組の教室から男の怒鳴り声が聞こえ、
「やだよ~だ♪今は先生に構っている暇ないの♪」
ドアが蹴破られる。
その結果、僕はドアの下敷きにされるというなんとも情けない目に遭うはめになる。さらに悪いことに、
「待て!」
見るからに・・というか、聞くからに熱血という肩書を備えていそうな男性教諭が、倒れたドアの上に乗りながら、篠原先輩を止めるために大声を上げる。それが意味するのは、僕がドアの重さプラス成人男性の体重を支えるという、なかなかの苦行を強いられるということを意味する。
「お、重、おも・・どいてくだ・・」
教育熱心なのはいいが、自分の下にいる生徒のことにも目を向けることを推奨したい。死角にいる僕を見るなんていうのは、土台無理な話なのは自分でも重々承知している。しかし、それでもそう思わずにはいられない。先生が今立っている場所の土台となっている僕としては、そう思わずにはいられない。
「篠原、俺を捨てるのか?」
どうやら教育熱心が彼を動かす原動力ではなかったらしい。教室の廊下で何を叫んでいるのだろうか、この教師は。これは僕が言えた義理ではないだろうが。
「先生と別れるなんて言ってないよ♪」
篠原先輩は僕の方を、というか先生の方に体を向ける。彼女の足はすらりと長く、細い。そしてモデルのような、女性なら誰でも羨ましくなるようなくびれを備えていた。
何故僕が語る篠原先輩の描写が腰から下かという説明をしておこう。別に僕が尻フェチとか足フェチという訳ではない。確かに女性の御尻や御御足は大好きだが、同時に胸や鎖骨、指、髪型、つむじから足の裏にかけて全て大好きだ。そんな僕が彼女の姿を何故見られないかと言うと、ドアの下敷きにされているからという単純明快な答えになってくる。
ローアングルで美人と噂されている彼女を見ることは嬉しい限りだが、なるべくなら、その美人と称される顔を拝顔したかった。
「今日は4組の神谷君とデートなの♪先生はまた明日♪」
「ほ、他にも男がいるのか!?」
「当たり前じゃない♪」
篠原先輩は明るいトーンのまま、声を大にして2股発現をする。
我が校の廊下は、衝撃的な発言をする生徒と教師しかいないのだろうか?
「そんな・・俺は君のために妻を捨てたのに・・君に頼まれて」
「私、浮気は許さないの♪」
「お前はしているじゃないか!」
「私は全員に対して本気よ♪」
とんでもない主張を、またまた我が校の廊下で高々と宣言する篠原先輩は、そのまま僕の視線から遠ざかって行く。
「俺は・・俺は・・俺は・・うぅ・・」
「先生、泣くのは僕の上からどいた後にしていただきたいのですが」
この後、先生が泣き止むまでの30分、ドアの下で重さに耐えるはめになった。