ドッペルゲンガーの遺言
「さて、これで今回の件は無事終了ということで」
「良かったね」
「ええ、本当に」
さすがにあのまま死体を放置するという訳にはいかないので、警察に白骨死体があるという連絡をした。もちろん、森下先輩がこのことを隠していたのは伏せて。
「大分疲れているわね」
「ええ、事情聴取に使う椅子は固すぎます」
警察に白骨死体に関する報告義務を果たした僕は、当然事情聴取を受ける結果になる。
何故あんなところで穴を掘っていたかを聞かれた時は、
「埋蔵金を掘り当てようとしていたら、たまたま見つけました。いやーこんなこと、本当にあるんですね」
このセリフで誤魔化すのは非常に苦しいとはわかっていたが、それしか思い浮かばなかったのだ。もちろん、十分怪しまれ、十二分に疑われた。長時間に渡る僕の弁明の結果、何とかその日の内に帰ることはできたが、疲労感が半端ではない。
後日また呼ばれることは確実だろう。
本日は月曜日の放課後。大野さんと僕、厳丈先生は部室に集まっていた。大野さんは僕を労わるためにお茶を出してくれたが、飲む気力もありゃしない。
今回の件が解決したことにより、森下筒治さんがコックリさんの紙から退いてくれたので、気を取り直して本題、コックさんを呼び出す作業を行う次第である。
「で、今回の件についての報告を全て聞いたわけだが、真相は?」
「真相?」
大野さんは怪訝な表情を厳丈先生に向ける。
全く、この人は・・・
「報告は大野さんが帰った後でもいいのでは?」
「大野も今回の件に関わっている。というか、関わり過ぎている。真相を知る権利はあるんじゃないか?」
この件に関しては黙っていたほうがいいとは思うが、厳丈先生が普段よりも強気な口調だったので、ここは僕が折れることにした。
ため息を1つ入れ、大野さんに聞く。
「・・大野さんが知りたいというのなら」
「知りたい」
彼女はそう即答して、僕のほうに体を向ける。
厳丈先生の関わり過ぎているというのは大げさな感じがするのだが、年長者の意見を尊重して、僕も姿勢を正して彼女に話す。
「まず1つ。僕は彼女に嘘をついてしまいました」
「嘘?」
「はい。死体が地中で白骨化するのにかかる時間のおおよそは、先日僕が言った通りです。ですが、あくまでおおよそです。目安であり、平均的なもので、全てに当てはまるとは言えません。死体がどのような状態で遺棄されたのか、地中の状態、天候、その他様々な事柄で、白骨化するまでの時間は変わってきます。僕みたいな素人が、あの場でちらっと見ただけで、死亡推定時期を断定することはできません」
「じゃあ、なんで断定なんてできたの?」
大野さんは不思議そうな顔をこちらに向ける。なんとも答えづらい質問だ。
「仕事を円滑に進めるための嘘です」
「嘘・・」
森下先輩もよく調べればこのことに気づけそうなものだが、彼女にはそんな余裕はなかった。ならば、都合のいい答えを用意してやればいい。
誰もが楽な、納得できる答えを選んだ。
「そうです。嘘も方便というでしょう」
「けど、そんな」
「今回の依頼はあくまでコックリさんについてで、森下先輩の件はそこまで重要ではありません。そこまで構ってられません。あの答えが1番収まりがよかった。ただそれだけです」
冷たい言い方であるが、僕はボランティア団体でもなければ正義の味方でもない。それに、今回はそこまで時間に余裕があるわけではないのだ。
「筒治さんに直接聞いたところ、彼は誰も殺してはいないとおっしゃていました。ならば、彼を信じることにしましょう」
それが真実か、はたまた孫娘を傷つけないための嘘かはわからないが。
「・・・わかった」
わかったと言いつつ、大野さんは未だに納得していないようだったが、この話はこれでおしまいなのだ。これ以上の真実は知る事ができず、知る必要もない。冷めた言い方かもしれないが、所詮は他人事なのだから。
「・・・」
「・・・」
「さて、いつまでも暗い雰囲気で黙りこくっていても仕方ないだろ。さっさとやるぞ」
厳丈先生のその一言で、僕と大野さんは俯いていた顔を上げ、目の前にある十円玉に人差し指を乗せる。気まずい雰囲気は残っているが、ここで足踏みしていても仕方ない。
「今回は当たりで頼むぞ」
厳丈先生は笑いながら僕にそう言うが、僕に言われたところで何とかなるはずもない。こればかりは本当に、神のみぞ知るというやつなのだから。
「「「コックリさん、コックリさん、おいでください」」」
僕達は唱え、それと同時に十円玉が動く。
─あの・・・ここはどこですか?─
今回の出だしは好調そうだ。
この柔らかな物腰、例の素敵紳士さんかもしれない。そんな淡い期待を抱いた僕達だが、その期待はすぐに打ち砕かれる事になる。
─私、姉崎 百合っていうのですが─
「大野さんの相手が女性・・・百合ですか。ありですね」
「桜、こういうセクシャルな問題にはあまり触れないほうが・・」
「腫物に障るように扱わないで!」
今回現れたのは女性だった。確実に、大野さんの探している素敵紳士さんではないだろう。
「もしかして、これって前回と同じように彼女の抱えている問題を解決しなきゃいけないとか、そうゆう感じなの?」
大野さんは恐る恐る僕に尋ねる。
「・・・かもしれません」
こればかりは仕方ない。ランダムで呼び出しているのだから。
今になってこの方法が非効率的であることに気付いてしまった。厳丈先生あたりはこの結果に気付いていたかもしれないが、面白がって口を挟まなかったのだろう。その証拠に、先程から大野さんのリアクションを見てクスクスと笑っている。
教員免許を取る際、性格というやつは考慮されないのだろうか?
「それで、あなたは成仏していない方だと思いますが、何か心残りでも?」
─願いですか・・・特には─
僕はその言葉に思わず安堵した。今回は面倒なことになる可能性はなさそうだ。
「よかった」
大野さんも彼女、姉崎さんの言葉を聞いて安堵したみたいだ。
─強いて言うなら─
しかし、そうは問屋がおろさない。
「本当に聞かなきゃダメ?」
「まぁ、このやり方のデメリットですからね。受け止めましょう」
「何回受け止めなきゃいけないのよ」
「日本には神様だけでも八百万いると言われてますから」
「見つかる頃には学校から卒業しちゃうわよ!」
確かに、学生に与えられた時間には限りがある。このやり方を続けた場合、学校の卒業どころか、人生の卒業式に間に合うかも怪しいものだ。
「では、どうします?」
「姉崎さんには悪いけど、今回は大人しくここから退出してもらうって事で」
─私の・・─
「あれ、語りが始まっちゃう感じ?」
「そういう感じですね」
「ここまできたら聞くしかねぇだろ」
厳丈先生は諦めて話しを聞く姿勢になる。それを見て、僕達も降参するように話を聞く姿勢を整える。
─私の恋人に・・・伝えて欲しいことがあるんです。お願い・・できますか?─
声も聞こえず、どのような容姿かもわからないが、生前は恋に恋する乙女だったことが予想できる。絶対、確実に、100%、可愛らしい美少女だったに違いない。僕の、というか思春期男子特有の妄想力をフル稼働して、姉崎さんの姿を僕の脳内で再現する。
3Dで!
完全再現である!
何故か水着だが。
何故かグラビアアイドルのような魅惑的なポーズをしているが。
他意も悪意も、煩悩的な考えもない。
「ティッシュいるか?」
「風乃坂君・・」
僕の鼻から流れ出る正体不明の赤い液体に対し、とてつもなく失礼な疑惑を抱いているだろう方々の視線が痛い。冤罪だと声を大にして叫びたいが、物的証拠(鼻血を拭いたティッシュ)がある限り、僕のどのような主張も通用しないだろう。
僕は厳丈先生からティッシュを受け取りつつ、姉崎さんに話の続きを促す。
「で、その伝えたいことっていうのはなんでしょう?」
─私が死んで、あの人、とてもショックを受けてると思います。けど、私のことは気にしないで、幸せになって欲しいって・・そう伝えてもらいたいんです。私のことは忘れてって、伝えて欲しいんです─
「そんな彼とのことなど忘れて、是非僕とのお付き合いを真剣に」
「「空気を読め!」」
教師と依頼人からグーで殴られる。
大野さんも僕へのツッコミに対して、遠慮というものを使わなくなってきた。これに対し、彼女との距離が縮まったと喜ぶべきか、僕へ暴力を振るう人が増えたと悲しむべきか、非常に悩ましい問題である。
「教師としてお前に節操というやつを教えてやるべきかもしれないな。今すぐに」
「風乃坂君、乙女の純情をあなたの邪な心で汚さないで」
コックリさんのルール上、10円玉から指を離す訳にはいかず、その結果、彼らの冷たい目線、そして僕の正面から見る事ができないような評価から逃げることができない。
─あの・・・─
そんな僕の助け舟になってくれたのは、僕の将来の恋人かもしれない姉崎さんだった。しかし、その後姉崎さんが紡ぐ言葉に、僕達はこの日1番の衝撃を受けることになった。ある意味、白骨死体よりも。
「わかりました。引き受けましょう。あなたの恋人はどこにお住まいなんですか?」
─住所はわかりませんが、風乃坂高校の生徒です─
県外や国外と言われたら面倒だったが、その手の心配は杞憂に終わった。
これはありがたい。
「なるほど。お名前は?」
─私の恋人の名前は、篠原 ひよりといいます─
「・・・ちなみに相手の性別は?」
─女性です─
「「「・・・」」」
百合だった。