月蝕、その日 結
交錯を過ぎ、両者、背を向けあう。
月蝕の魔女は片膝片手を地につけ、役神は斬り通った時の姿から変化はない。
...
「これにて終幕ぞ。月蝕の」
幾ばくかの沈黙の後、役神はこぼす。
「...ふふ、そうね。今夜も楽しめたわ」
肩で大きく息をしながら月蝕の魔女は答えた。
その視線は、地を見据えたままだ。
間もなく魔女が立ち上がる。
戦闘の疲労か消耗か、少しふらつき、足取りも重い。
反対に、役神の胸に大きな十字傷が現れ、魔力が際限なく溢れ出す。
役神はそのまま、
くく、
と笑みを吐き出すと、前のめりに倒れ込んだ。
「見事。刹那、十一の連撃、よくぞ捌ききった」
そう。最後の交錯の瞬間、役神は11の斬撃を見舞った。上位の指揮官兵でも、一閃としか捉えられぬであろう。
しかし月蝕の魔女はこれを、まるで玉将を詰めるかの如くとても丁寧に受け流し、更には十字の魔撃を返したのである!
「愉しき時は過ぎ、終幕ぞ」
最後の力を振り絞り、仰向け大の字になる。
我、首はねい。我、胸を貫け。とばかりに。
そこに魔女は静かに歩み寄る。
「ふふ、これは提案」
「もう少しだけ暴れてみない?」
その顔は、すでに悪戯な笑みに戻っていた。
「ようわからん。が、生殺与奪は貴様にある。」
「この命...好きにせい」
一息置き、続ける。
「...腹割く力も残っておらぬわ」
その不敵な笑いにも諦めが混じり、力が入っていない。
「それじゃあ、契約成立ね」
魔女が右手をかざすと、小さな円形の魔法陣が現れる。
それは等速で空を動き、過去神の手元まで訪れる。
「神をも従えようとは、まっこと豪胆!」
「まぁ、我は神崩れだがの」
相変わらず笑いながら、力を振り絞って魔法陣に触れると、周囲が黒い光に包まれる。
「名無しの神さまへ、最後に名前をあげる」
「貴方の新しい名は【陽割切】。光払う、私の一番刀よ」
役神改め陽割切は、天を仰いだまま満足そうに頷く。
「敵に敗れて名を削がれ、再び相まったその敵に従属するとは、なんたる屈辱。」
「...それもまた戦の愉悦也」
「戦とあらば、この陽割を呼べ。必要あらずとも馳せ参じる」
そこまで言うと、陽割切は魔法陣に吸い込まれる様に消え、その魔法陣もまた月蝕の魔女の手元に帰ると、瞬時に姿を消した。
「ふふ、またよろしくね」
空に向け呟くと、大きく一度息を吸う。
周囲のの魔力を取り込み、魔女の傷はみるみる消えた。
そして、
「...あの2人は大丈夫かしら?」
必要ないと分かっていながら、心配をもらすと荒塵と化した神界へ歩みを戻した。