怨炎風飄 結
今まさに首がはねられようかという瞬間、白詰の身体全体から爆炎に変わった魔力が放たれる。
あまりの威力の高さに、白詰自身が焼かれる。
並の妖魔であれば、その身を維持することが難しい【自爆】となんら変わらなかったであろう。
「ぐうっ、何を」
風神は思わずたじろぎ間合いをあける。
なんと無茶を、あれでは自傷とかわらぬ!
思案に引かれる。僅か刹那。だが、
瞬時、そこに追撃する白詰。
しまった!
そして再び戦慄する。
目に映るは、妖魔。
その顔は醜く笑っていた。
「この戦は楽しい?風神さまぁ!」
爆炎纏った拳に殴られ、風神ら後方に吹き飛ばされた。
馬鹿な。まだこれ程の力が!
瓦礫から這い出て、揺らぐ意識の中で視線を戻す。
そこには、弾丸の如く飛び来る炎魔。
魔力とも殺気ともつかぬ邪気は、風神の気胆を大きく抉ぐる。
もはや...
これまでか...
飛びかかりざまに、蹴りつける。
風神は地面に叩きつけられら俯き伏せる。その衝撃により周囲の地面は隕石孔が如く爆ぜる。
身動きの取れぬ風神に向かい伸ばされた両の手から、無数の魔弾が放たれた。
大して距離も取らず放つ魔力により、白詰自身すら焼き焦がす。
しかし彼女はお構い無しに攻撃を続けた。
上がる塵炎が視界を、轟く爆音が聴覚を、焼ける魔力が嗅覚を、それぞれ奪った世界でなお、白詰の狂ったような高笑いは微かに響きわたる。
その顔は醜く笑っていた。
一通り魔力を出し払い、満足げに肩で息をする。
突っ伏した風神はピクリとも動かない。
「神さまが死んだふりしちゃダメですよぉ?」
風神の首元を掴み、滞空したまま持ち上げる。
地面に足がつかず、力なく垂れ下がっている。
「ちょっとだけぇ、お話聞かせてね」
言いつつ、そのまま回し蹴りを叩き込む。
風神は後方に飛ばされ、大の字で瓦礫にめり込む。
再び白詰が飛来する。
「ねぇ『時と裁きの神』って知ってる?」
白詰から戦いの狂騒は失われ先ほどとは別人、いや別魔のように問う。
その声は酷く冷酷で、もはや戦いの終わり見て、この場に興味も無いかのようだった。
もう、笑みは消えていた。
「地に伏した時は...既に...力は残ってなかった...はずですが...」
風神は死に絶え絶えの状態で、なんとか言葉を繋ぐ。
しかし、
「質問してるのはコッチだ」
白詰は苛立ちながら、零距離から魔弾を放つ。
瓦礫は粉微塵に飛び散り、風神は地に崩れてしまった。辛うじて開かれた目の焦点はずれ、虚空を見つめている。
「これでも将神...我が軍の情報を...話すはずが...ありません」
途中で風神は咳き込み、体中の裂傷から魔力が吹き出た。もはや長くはないだろうと自ら悟っている様子である。
「あの時...力は残ってなかったはずです...この風神が見まごうはずがありません」
残された力で無理やり仰向き、白詰の両眼を見返す。
「冥土の土産、と言ってもここが冥土か」
面倒だ、とばかりに頭をかく。
そして再び、魔弾を放たんと力を込める。
「私は、恨みと魔力が合わさりあって産まれた九尾だ」
「【神】を恨んで無ければ、アンタの勝ちだったろうさ」
容赦無く攻撃を繰り出した。
それを受けた風神の体は魔力となって霧消し、周囲を包んでいた戦闘の重圧も消え去る。
そして風神がいた場所を見つめ、バツが悪そうに続けた。
「初めはちょっと、楽しみすぎたよ」
そして白詰はその場を去った。怨敵【時と裁きの神】
を討つため。
最後に一陣の風が舞い、そして消えた。
「私も少し、楽しんでしまいました」
その囁きは、再び復讐に燃える白詰には届いてはいないだろう。
後に残ったのは、主を失った炎のみであった。