怨炎風飄
闇が染める神界の中で、その周囲だけは煌々としていた。
そこに立つ女は、天夜より少し歳上に見える。無論、人ではない。その頭に狐の耳を名残として残し、背後には九つの大きな尾が見える。
黒の装束に身を包みながら、髪や件の狐部は周りを照らす炎のように赤い。
彼女の名は、白詰。炎を操る九尾の妖狐である。
天夜らと共に神界に侵入し、怨炎の力を持って破壊の限りを尽くしている。
その双貌もまた紅く染まり、自らの仇敵を探す。
その周辺には瓦礫に混じり、神兵やら神界の住人だった『もの』が無惨に転がっている。
憎い...助けて、・・・様、
古き名が頭をよぎる。
誰の名前だったか、また顔すらも思い出せそうもない。
そして、恨みの炎そのものと化した彼女の願いは、何処へも届くことはないだろう。
渦巻く炎が周囲の魔力を焼き、紫がかった黒煙を上げている。
もはや目に映るものは全て恨みの対象にすら思えた。
その時である!
破壊の真中で立ち惚ける彼女の前に、一陣のつむじ風が現れた。
「おやおや!これは骨がありそうですね。」
その中から立ちいでる者は、周りを見渡し言い放った。
その者は尋常ならざる魔力を放っていた。
「誰だ、お前は」
白詰が苛立たしげに問いかける。
「わたくしは風を司る神・ウィンディアと申します。貴方様が暴れているエリアをお預かりしております、しがない神の末席にございます。多分な魔力をお持ちとお見受けします貴方様ならば、ここまで言えばおわかりでしょう。」
特殊ななりの鎧からは両の眼しか見えない。
しかし下卑た表情をしていることは存分に伝わる話し方で風神は答えた。
「よく見たら九尾の妖狐とは!これはこれは珍しい。」
ニタニタと言う音がまるで聞こえるような話し方で、風神が続けた。
だがそれも意に介さず白詰は返す。
「魔力の質が違う。貴様ではないようだ」
だが、殺す。
白詰の射殺すような視線にも、風神は飄々としている。
「まぁまぁ、そう殺気立たずとも...。いずれにせよ戦争しかありません。」
「死合いましょう。」
風神の目が細まり、隠された口角が釣り上がるのがわかる。
と、同時に両手を広げる。
大きく広げた掌に小さな旋風が舞うと、どことなく短剣が二振り現れる。
「ふん。戦狂いか。」
白詰が放った言葉ははたして、誰に向けたものか。
そのまま右手の先に魔力を集中させ、火球を作り出す。
知らず、嬉々とした表情に変わるなかで、思い出せぬ名に助けを求めた事すら忘れて、死累の山を増やさんとする。
彼女を癒すことができるのは、戦の狂気のみであった。