帳の剣 結
「これは随分と暴れてくれたものだな。」
「...あんたの部下が吹っ飛ばしたんだ。」
雷光を纏って現れたサルダリアスの問いに、不服そうに天夜童子が返す。
互いが宮殿の屋根の突端に立ち、相手の隙を伺っている。周辺の空気は不穏を孕み、魔力の弱いものなら即、気を失いかねないほど重い。
「賊よ、狙いはなんだ。」
雷を纏った槍・サンダートライデントを天夜に向け、再び問う。
大方、神界を治める神器狙いだろう。
あれには、神をも殺す力がある。
と、返答への興味はすぐさま薄れ、戦闘に移ろうとした。
正味、サルダリアスにとって侵入者の目的などどうでもよかったのである。
重要なのは、目の前に敵がいる。部下では手に負えないと救援要請まで来ている。今ここで、自ら力を奮っても咎められる筋合いはない。
神が手ずから刀を振るうには、相当な理由が必要なのである。
こんなことは幾百年ぶりであろうか。
いささか不満なのは小ぶりの鬼1匹というところだが。
上位神兵隊で手に負えなかったのだからそれなりだろう。
などと考えながら改めて眼前の小鬼に目をくれる。戦闘欲求が徐々に強まる。と、同時に槍の魔力を高める。神界で作られた件の槍は神の尋常ならざる魔力にも耐えるのである。
漏れ出た魔力は雷と化して周囲を焦がす。
神兵達はすでに充分すぎる距離をとってある。彼らも戦闘態勢の神を目の当たりにするのは初めてだ。
「簡単にくたばってくれるなよ!」
サルダリアスが槍を突き出し天夜に向かって飛び出した。槍先から雷を纏い、小鬼を貫かんとす。
あまりの速度に大気を裂き、破裂音を轟かせ神界を白に染める。
その御身まさに、雷が如し!
この様は、指揮官ですら微かに追えた程度で、ほとんどの神兵には発射の瞬間すら感知できていない。
「...誠、恐ろしい。」
指揮官がボソりと溢す。その言葉には、事態収束による安堵感と、あまりの神の魔力の高さに自らの上官でありながら絶大な恐怖を感じている。
その感情は、自然の力に対してなす術なく平伏す感情に近いかもしれない。
確かに、あの小鬼もなかなかの者であったが...
とにもかく、事態は収束した。
僅かな瞬間にその様ことを感じながら、やがて目が慣れる。決着の様が、今、目に入るはずだ。
天夜の眼前が白に染まる。先程の問いが頭の中で反響する。
なにをいまさら。いや、神からすれば自分など有象無象の一つにすぎないか。
「目的か...」
誰にでもなく、天夜が呟く。その声は外見から想像する高さより幾ばく低く落ち着いている。
雷の槍は、自らを貫かんと迫りくる。距離はそう離れていない。
錆折れた刀、自らが「夜吸い」と呼ぶそれを相手に向けると、天夜の魔力を使い、淡く紫色の刃、失われていた剣先を整形する。
そしてなんと天夜は!自ら雷槍の突撃に向かっていった!
「...復讐だ」
交錯は僅か刹那。
雷神ですら認識できていない。
雷光の白が染める世界に一条の紫線が走ったことを、捕らえることのできた者はいないだろう。
白の世界が晴れる。
指揮官の目に映るのは、佇む小鬼と地に伏す雷神。
「馬鹿な!」
指揮官は目を疑う。
これは夢か。あの雷神様が。あの鬼の魔力はどれほど。いったいどの様な術を使った。
...まさか、神界か滅ぶ?
硬直した指揮官の脳内にあらゆる思考が押し寄せる。
だが、明確な答えなどもちろんない。
やがて天夜は動かない神に背を向け、神界の闇夜はと消えた。
「緊急事態だ...」
あまりの狼狽が部下にも伝染する。
「神界全域に伝達!侵入者は神と同等の力を持った魔物だ!」
指揮官に残された最後の権限の使用。
使い所を誤ったとならば魂は断罪され未来永劫、冥界を彷徨うこととなる。
だが、躊躇いはない。眼前で神が地に伏したのだ。
これは神界の危機である!
神界全体に放たれたアラートは、そこに住う者の脳内に直接届いた。
念波に含まれた不安、恐怖はさらに伝播する。
...神界の夜は、まだ訪れたばかりである。




