昨日か明日の物語
彼女らは荒野の真ん中に位置する酒場にいる。
その酒場には客は来ず、店主と二人の妖魔が屯するのみである。
それもそのはず。この世界は「冥界」。
良き魂は神界に召され、悪しき魂は地獄にて練を積み輪廻を待つ。そのどちらにも不適合とされた、不浄の魂の吹き溜まり。所謂、悪魂のゴミ溜めである。
そして、看板にはこう書かれている。
「孤高の魔女」と。
「おかわり」
赤角の少女、天夜童子は空いたグラスを店主に差し出す。
「私も」
同じく九つの尾を携える人型の妖狐の少女、白詰も同様に。
「アナタ達ね、最近はあまり仕入れも良くないんだかラ、ちょっとは遠慮しなさいよネ」
酒場の店主、月蝕の魔女はため息混じりにグラスを受け取ると、自分の酒を煽る。
「もうちょっとだけ、飲みたい」
「天夜ちゃんは可愛いわネ、どれだけでもあげちゃう」
「えー、アタシもいいだろ」
「白ちゃんはネ、もう少し味わいなさい。受けたそばから空にしちゃって」
イクリプスはやれやれと言った具合に酒を注ぐ。
「酒なんてな、酔えれば何でもいいんだよ」
「アナタは酔わないじゃナイ、全く。」
「けちけちすんなって。どうせただ酒なんだから」
「そのただ酒もなかなか作れなくなって来たから困るんじゃナイ」
イクリプスはため息一つ、吐く。
「おかわり」
「はいはーイ。天夜ちゃんは何杯でもいいのよ〜」
「はぁ、うっぜ」
白詰はそう言うと、背もたれに完全にもたれかかって天井を仰ぐ。
いつもと変わらないワザと古びた意匠を出している、シミの大きさも埃の位置も何一つ変わらない魔瘴によって人工的に再現された天井だ。
「なぁ、なんで最初は殺し合いしてたのに、一緒に酒飲んでんだっけ?」
「あラ、白ちゃん遂に頭がきちゃった?前までは3日に一回しかきいてなかったのに」
それを聞き、ワザと大きなため息を吐く白詰。
「いやさぁ、平和だな、と思ってさ」
「冥界でそんなこと言うなんて、なかなか皮肉の効いたいい冗談じゃナイ」
冥界とは本来、悪辣すぎたり規格外すぎて神界からも管理を見放され輪廻から外された魂のゴミ箱だ。
冥界で死んでもすぐ様、冥界で蘇り終わる事ない死と闘争を繰り返す荒れた世界の筈なのだ。
「じゃあ死合いする?」
天夜童子の一言に、粟立つ。
無論イクリプスも、言い放った天夜童子自身もだ。
剣呑な空気に包まれる。
天夜は自らの得物を、白詰は妖炎を、イクリプスは魔術による硬質化を、それぞれ用意する。
白詰は立ち上がる。
二人に背を向けたまま。
衝撃でグラスが揺れる。
カランカラン
グラスは底の円線をなぞりながら回る。
次第に音の感覚が狭まる。
と、同時に緊張が高まる。
カランカラン
誰に仕掛ける、どの様にしかける、頭は勝手に思考し闘争の高揚を迎え入れる。
カラン
もうグラスの回転は幾ばくもなく止まるであろう。
カンカンカン
カンカン
カン
「へっ、こんな地獄みてぇな所にも酒場があるとは渡に何とかだぜ」
唐突に店の扉が開かれる。
下卑た声が店内に響く。
が、男の姿はない。
あまりに魔が悪すぎたのだ。
天夜童子の目にまとまらぬ刹那の一閃が、九尾白詰による必殺の滅炎が、月蝕の魔女による慈悲の無い魔掌が、入り口だった場所ごと望まれざる客を消滅させている。
「おい、久しぶりの魂だったのに、消しちまったら意味ねぇじゃん」
「わざわざ殺してくださいって時に入ってくるかしラ」
「面白くない。邪魔された」
白けてしまった、とばかりに三人は元の位置へと戻る。
「あ〜あ、せっかくの酒の原材料だってのに、勿体ねぇな」
「まぁ、また来るわヨ」
「おかわり」
三人の何気ない一日は今日も過ぎてゆく。
彼女らが神界に討ち入る、一日前か一日後、もしくは百年前か一千年後の話である。
冥界の時の流れは、現世とも神界とも異なるのだから。




