魔王討伐〜もしも勇者が社畜で、聖女が子持ちのパートさんだったら〜
ようやくここまで来た。この魔王城で、奴を倒したら平和になるんだわ。
魔王城の再奥に、二人の男と女が辿り着いた。
二人は所々破けたボロボロの服で、煤けた顔をしている勇者と聖女だった。
満身創痍。二人を表現するにはそんな言葉がぴったりで、勇者においては立っているのがやっとの状態だ。
「大丈夫?勇者?」
ちょっとイラついた口調の聖女である。
「……あまり大丈夫でない……」
濁った目をして勇者は答える。
「そう。ではここは私に任せなさい!」
イラつきMAXの聖女は言う。
「いや、聖女、ちょっと休憩を……」
8時間連続労働で休憩が欲しいと呟く勇者は無視された。
「大丈夫よ!任せなさい!」
毎度のことながら聖女は全く話を聞いてない。
「え? いや、え?」
勇者に反撃する体力は残っていなかった。
勇者は、休憩するか、体力を回復して欲しかったのだが、聖女に聞かなかったことにされた。
力関係は、聖女>勇者である。
そしてあろうことか、勇者を無視して聖女は怒鳴った。
「出てきなさい魔王!」
聖女が叫ぶと、突然地面が揺れ、大扉から黒いマントを羽織った大男が出てきた。
「ははははははははは。よくきたな、勇者と聖女よ! 我は魔王、この世界を破壊する魔王だ! 人間などゴミグズのように滅んでしまえ!」
現れた大男から膨大な魔力を感じる。
恐ろしいほどの威圧感をもって、現れた男は魔王だった。
それに対峙するのは満身創痍の勇者と聖女。既に勇者は「これムリなんじゃね?」と怠そうに床に座り込んでいる。
しかし聖女はノリノリだ。
「そうはさせないわ!私があなたを浄化してみせる!」
シャキーンと人差し指を魔王に向け、聖女は豪快に言った。
「ふはは! 笑止千万! お前達など一捻りで潰してみせる!」
魔王も聖女への返答のように、グワッと両手を大きく広げ、宣言した。
しかし勇者は怠そうに座ったままだ。
座り込んだ勇者を無視して聖女は一歩前に足を踏み出した。
「行くわよ!!」
聖女は巨大な魔法陣を展開し、魔法を詠唱し始めた。
「させるか! 僕A! B! 魔法陣を破壊しろ!」
そう言った瞬間、耳をつんざくような音が聴こえてきた。
ジリリジリリリリリリリリリーーーーーン。
とても緊張感のない場違いな音である。
皆が音の発信源を探していると、呑気な聖女の言葉が聞こえた。
「あ、ごめん。パートの終業時間がきたわ。今日のバトルはここまでね」
音の正体は聖女はアラームだった。聖女は腕時計で時間を確認しながら何気ない口調で言った。
「子供、向かえに行かなきゃいけないんで、今日はここまで」
「は?」
魔王は、顎が抜けそうな程、驚いた顔をしていた。
「は? じゃないわよ。ここに来るまで、お泊り保育利用してるんだから、これ以上延長できないのよ。じゃあ、後は勇者さんで対応おねがいしまぁーす。お先に失礼しまーす」
そういうと、展開していた魔法陣を消し去り、聖女は颯爽と魔王城の大広間から出て行った。
後に残ったのは、勇者と魔王一味。
静寂が空間を支配する中、おもむろに勇者が言った。
「あー。すまないが、俺も、今月の残業時間が超過していて、これ以上は国王陛下に怒られるんだ。
今日のバトルは終了してもいいか?」
「は?」
魔王は相変わらず間の抜けた顔をしている。
「いや、は? じゃなくて、残業は月40時間迄なんだよ。今月ギリギリなんだ。超過したら、始末書だぜ?」
「へ?」
「じゃ、そういう訳で、また何日か経って来るんでヨロシクな」
ったく、無駄に魔王城が遠いから、行きも帰りも時間がかかるんだよな。交通費も出ないし。いっそのこと王都の隣に建ててくれよ。とブツブツ言いながら勇者も去って行った。
二人の出て行った大広間は、静寂が支配していた。
王都から魔王城までどんなに急いでも数日かかる。
残された魔王は、腑に落ちないながらも呟いた。
「今度は、我が、二人を迎えに行った方がいいのかの?」
静寂に包まれた大広間に魔王の声がこだましたが、その答えは誰も持っていなかった。