陰謀と鬼と代償
チンチラ飼いたい。
「お前は、帝国に殺されるんだよ……!!」
殺すようにして囁いた声は俺の頭にただの疑問を植え付けた。
「は?」
「だよな、俺だって、は?って気持ちだからな。」
とりあえず付いて来い、とカウラは王宮から離れようと歩く。
「ちょうどミトラ様の葬儀があった後から噂は挙がってたんだ。」
俺の方を見ずに歩き続ける。
「ヴァルナがバァナを使って、機動隊を麻痺させた後にミトラ様を殺したんじゃないかって。」
「そんなことする訳─!!」
「分かってるさ、誰だって。」
「だからこうやって逃がしてんだよ。」
十字路に当たり、カウラは覗き見るように周りを索敵する。
「裏道でもあったら楽だけどな……。」
少し愚痴をこぼすカウラ。
「つまり俺は国の裏切りモンか?」
「そういうこった。」
行くぞ、と十字路を横切る。
「ヴァルナはこれからベリィを出ろ。そのまま国から逃げな。」
「なんでそこまで……。」
「この国にいる限りは命を狙われるんだ、しょうがねぇだろ。」
足音を殺し、外へ急ぐ。
ふと疑問を覚えて俺は足を止めた。
「何やってんだヴァルナ、時間ねーんだぞ。」
「有難いけどな、そんな事しなくていい。」
「え?」
カウラが眉間にシワを作りながら首を傾げる。
「俺は逃げないよ、このまま─」
「死ぬってか?」
カウラはため息をついた。
「言うつもりは無かったけどな、お前1人だけだとか思ってるんじゃないだろうな?」
「仲間がいるだろ的なことかよ、綺麗事はもう少しマシなところで使え。」
「違う、お前の家族が全員居なくなったと思ってるんだろって事だ。」
「何言ってんだ?」
とりあえず歩けよ、と言ってからカウラは続けた。
「王宮の近くに最近できた建物知ってるか?」
「ああ、確か建設の時は一時的に警備もした所だよな?」
よく分からない施設だったが、確か何かの研究の施設だったはずだ。
「そこだ、研究所らしいんだがあまりにも中身が不透明でな、少しだけ調べたんだ。研究所に出入りしてる研究員らしき人にも聞いたりしてな。そしたらちょうど昨日、ミトラ様の葬儀が終わってから急に慌ただしく動き始めたんだよ。」
「何が言いたいんだ。」
「まぁ最後まで聞け。怪しいと思ったから1人仲のいいやつに聞いたんだよ。」
そう言ってカウラは小さく殴るモーションをした。
それダメな聞き方だと思うが。
「そしたらゲロったよ。よく知らない赤子の研究をしてるってな。」
「赤子……?」
「お前の娘の遺体は見つからなかったんだろ。」
俺は唾を飲み込み、ぎゅっと拳を握りしめる。
「サティの事か……?」
「たぶん、まだお前の娘は生きてる……!!」
「で?どうなんだあの赤ん坊は?」
少年は隣のスキンヘッドの男に尋ねた。
「すみません……。実はまだ赤子の調査も始まっていないのです……。」
「何故だ。」
「あの神霊騎士が小細工を仕掛けておりまして。」
「母の愛情と言うやつか……。」
その少年は鼻で少し笑うと、
「およそ結界を神性で作ったんだろうな、それなら物理的な衝撃には弱いだろう?」
それを聞いて男は続けた。
「実は、結界と言いますか……。」
「結界では無いと?」
「まるでその……、琥珀のような結晶に包まれていまして……、今のところ打撃のような物理的衝撃は効いていません。」
「割ることは?」
「中の赤子ごと割ってしまう恐れもありまして……。」
「厄介な愛情を注いでくれたものだな……。」
少年は自分の眉をなぞるとため息をつく。
「一時的に計画を中止してヴァルナ・ドラースを探し、抹殺せよ。あやつが死ねばゆっくりと計画を進められる。」
「かしこまりました、王子の楽園の為に心血を注いで参ります。」
「頼むぞ、ラリー。」
「はっ!」
「だから!とりあえず逃げろって!!」
「サティが生きてるかもしれないのに国から逃げてられるか!」
ヴァルナはカウラを引きづるように歩く。
「くっそこの馬鹿力ぁ!!」
カウラも負けじと引っ張るが、やはり弾きづられる。
「手ェ離せよ!!」
「嫌だね!お前を助けるために動く人間が幾らかいるんだ!!お前の勝手に付き合ってらんないんだよ!!」
「じゃあサティを見捨てろってか?!」
「落ち着くまで待てって事だ!!」
ヴァルナは足を止めた。
「今守らなきゃ……いけないんだよ……!!」
ヴァルナは消え入りそうな、しかし強い意志を感じる声を出した。
「分かってるさ。ミトラ様のこともあるし、まだお前がそれに向き合えてないことも分かってる……!でも、今は逃げてくれ!!そうじゃなきゃ─」
助けられるものも助けられないだろ、とカウラもまた同じような声を発する。
「……。」
ヴァルナは黙った。興奮は冷めていないが、努力はしていた。
「ヴァルナ、今は大人しく逃げ──」
「緊急伝達!!ヴァルナ・ドラースが謀反を起こし脱走した!!繰り返す!!ヴァルナ・ドラースが謀反を起こし脱走した!!」
王宮内に張り巡らされた伝令管から警報と共に鳴り響く。
「カウラ……これも計画か?」
「いいや……!!こんな計画は無い!!今すぐ騎士団本部に逃げろッ!!俺は仲間と連絡を取り直す!」
ヴァルナは王宮から走り、外へ飛び出す。
そこにはもう既に機動隊が陣取って居た。
「ヴァルナ・ドラースを見つけたぞ!!」
王宮の庭に埋めつくした一面の機動隊に正義があるだろうか。
国にはそれなりに尽くしたつもりだった。
ミトラに拾われて鬼である俺を受け入れた国には感謝していたから。
「俺はなんでこんな仕打ちを……。」
ミトラは死んだ。娘は国に奪われた。俺の在った正義は反旗を翻す。
俺が何をしたっていうんだ?!
─ヴァルナ、君は何をするべきかな?
頭の中に知らない声が響く。
「俺は……。」
─君の根底にある感情を秘めてはいけないよ。それは原動力になる、君の足になる、それは君を……。
「強く……する……。」
─解放しろ、内なる鬼を。君の力を、それは全てを飲み込む力になる。
「嘘だろ……、王が死んだ……?」
「そうらしい、それをヴァルナに押し付けて謀反と言うことらしい。」
カウラと話す男はリウラ。
ハラリの側仕えをしている男だ。
「無茶苦茶だ……!!」
「それともう1つ、裏切り者が分かった。」
リウラは目を瞑り、ため息混じりに呟く。
「ハラリ総監だ……。」
「国も機動隊も腐ったのかよ……。」
「このまま俺は計画を進める。カウラはヴァルナの守ってくれ。あれは国をひっくり返す力を持ってる。」
「ああ、任せろ。たまに2人の時くらいは兄ちゃんって呼んでくれよ。」
「バカ言うな。」
「なんだよあの化け物……。」
機動隊の1人が腰を抜かし、震え声である男を見つめた。
その男は機動隊の内臓を素手で抉り、投げ捨てる。
手についた血を頬で拭う。
「ヴァルナ……、何やってるんだ……?」
その男の後ろにカウラが呆然と立っていた。
「血を……捧げろ……。」
ヴァルナはそう言ってカウラに飛びかかった。
モモンガも飼いたい。




