誓約の十字架
あぁ!設定の説明が多すぎる!!
これは!良くないんじゃないか!!
あぁ!!
神性とは信仰の力を集約したものである。
私や、ヴルト様のような神性を得た者は人という枠を超え、現人神として人ならざる力を持つことが出来る。
この国では、王だけが持つことを許された力であり、それ以外は全て異端とされている。
では神霊騎士に宿る擬似神性は異端なのか。
答えはイエスだ。
擬似神性とは、特例で神霊騎士のみ許された力であり、同時に異端でもある。
神霊騎士団は異端でありながらバァナの討伐のため大きな力を持ち、信仰と権能を持つことを特別に許されたのだ。
ミトラ様とヴァルナが亡くなって少しした後、次代の神霊騎士は誰にするべきかという話がテレシア達から上がった。
私は先々代の神霊騎士も務めた東部支部長のセツノ様が筆頭候補だと思っていたが、なんと各支部長が神霊騎士の候補から降り、本部から推薦された私が神霊騎士に選ばれた。
これは騎士団創設以来初めての極めて特殊な事例である。
こうして、私は戸惑いながらも次期神霊騎士となったのだった。
しかし困ったのはここからで、神性を少しばかり得た私は権能を決める必要があった。
神性解放で得られる権能は自分の願いが元になる。圧倒的な力を持ちたい、誰かを守りたい、これらの願いが権能として形作られるのだ。
私はミトラ様が居なくなるなんて思いもしていなかったから、願いも何もいつも通りミトラ様の近くにいて、ミトラ様のようになりたかった。
赤い後ろ髪を三つ編みにしたミトラ様の背中を追いかけて行きたかった。
権能は、何にしようか。
困った私は助けを求めるように騎士団本部の神霊騎士の部屋、ミトラ様の部屋に向かった。
そこには前と変わらない部屋があって、ミトラ様が嫌そうな顔をしながら書類を眺める姿を幻視した。
心に少し暗い影が生まれたが、そんな感情を持ち続けていられるほど私には時間がなかった。
誰もいない部屋には、黒鉄の十字架と白銀の十字架が寄り添うように置いてある。
ミトラ様の権能は黒鉄の十字架を介して発現するものだった。バァダバァナの封印戦ではその姿を見て戦慄したものだ。
白銀はミトラ様の分身のような十字架で、黒鉄の使用を躊躇ったミトラ様が新しく作った十字架。
白金の十字架は神性を流せば敵と味方を瞬時に判別して、ミトラ様の手の届かないところに攻撃しに行った。
戦場でのその姿を見て、私も白銀のようにミトラ様の手足の代わりになりたいと少しばかり嫉妬していた。
少しだけ埃が乗った机、何本かの真っ黒なナイフ。鼻の奥がジンとする。
神霊騎士になるなら、私はミトラ様のような神霊騎士になりたい。
目の周りが熱くなる。振りほどくように頭を横に振った時、白銀が呼んでいるような気がした。まるでミトラ様がそこにいるかのように感じたのだ。
自然と身体が白銀の近くに向かっていく。
気がつくと、白銀に抱きついていた。白銀の十字架が淡く輝き始め、光が私を包んだ。
あたたかい。
私の胸と頭の奥がピリピリと痛み始めた。
その痛みもあまり不快ではなくて、新しい何かが根を張って私に溶け込むようだった。
光が収まると白いぴっちりとしたスーツを身にまとった私がそこにいた。
これが最初の権能の発現だった。
これは運命だと思った。
きっと私の為にミトラ様が贈ってくれたのではないかと思う。
発現したあと、白銀の意匠が変わっていた。
ミトラ様のように強くなることを誓って、私はこの十字架に「誓約の十字架」と名付け直した。
誓約の十字架、私の神霊騎士の証。
私は、絶対的な力を示し続ける必要がある。
──────────────
「擬似神性、解放。」
誓約の十字架が展開く。
液体のように体にまとわりついて、私を飲み込んだ。
バチッバチッと火花が散って、私の体のシルエットになっていく。
擬似神性を得てから、私の体はすでに人を超え始めている。
明らかに力も強くなった、体の動きも数倍速くなった。
それでも、まだ彼女に勝てない。
「覚悟、してくださいね。」
骸骨格モードはパワーやスピードを今よりも跳ねあげる。
「覚悟してあげる。」
カーマは変わらず笑顔だった。
バンッ!!
足裏からのブースターによる爆発音と共に私はカーマに急接近した。
彼女の視線はまだ私が先程までいた場所を見ていた。
まだ私が移動したことを認識できていないようだ。
認識出来ていない今のうちに!!
背後に周り、目一杯の力で殴りつける。
「あ゙ッ?!」
カーマが見た目に似合わない声を上げて吹っ飛び、地面をバウンドしながら土煙をたてて転がっていく。
やりすぎたかもしれない。と、後悔をした瞬間。土煙の中から黒い影が飛んでくる。
視界がカーマの血走った目で埋まった。
……?!
驚きと恐怖で思考がフリーズ。そして体全身に鈍痛と衝撃が走り回る。
足が地面から浮いている。私が後ろに飛ばされていることに気づいた。目の前に誰もいない。
カーマはどこに?!
「ここよ。」
背後からの声と共に鈍痛と頭蓋が軋む音がする。浮いていたはずが、地面に叩きつけられ身体が跳ね上がる。浮いた身体の腹を蹴り上げられた。
あまりのスピードに情報が追いつかない。
蹴り上げられた空中でブースターを点火し、かろうじて受け身をとり着地した。カーマは既に目の前まで迫っている。
ぶつかりざま、手四つで組み付く。お互いの顔が目の前にある。
「ちょっと本気出しちゃった。」
そう言って、カーマは口元だけ笑わせている。
「くっ……!」
肘と足裏からブースターを起動させ、カーマにタックルするようにぶつかる。
彼女を押し飛ばし、全ブースターを使って超加速で詰め寄る。
拳を握りしめ、拳が彼女の身体にぶち当たったときの衝撃に備えた。
カーマは受け身を取りつつ、体勢を立て直しながら右の手の平をゆらりと差し出した。
精力吸収!
それでもそのまま、拳を打ち抜くだけ!!
「手数が少ない。」
カーマはそう言って、私の射程圏内に一歩踏み出した。
バチンッ!
超加速で移動していた私の顔面をゆらりと出した右手で仮面越しに掴む。とてつもない握力で顔面の骨がギチギチと音を立て、仮面が割れる。
あの速度の私を片手で!?
驚きのあまり、カーマに掴まれている顔からとてつもない汗が吹き出す。それを払うかのようにそのまま地面に叩きつけられた。
バァンッ!!
「カハッ!」
肺の中の空気が全て抜ける程の衝撃。息を吸いこもうとしても、喉の肉が巻き込まれるような感覚で呼吸ができない。
地面が窪むほどの力だったのか、地面の形に沿って体が歪んだ。
「ほら、大した怪我しなかったわよ。」
涼しい顔をしたカーマが私の体を跨ぐように立つ。
「降参なさい。」
「ま……だ……。」
まだ上手く息ができないが吐くように答える。
「そう。」
まるで親のような優しい顔をして、彼女は拳を私の腹に突き落とす。
「ア゙ァっ!!」
胃が口から出てしまうのではないか、そんな苦しみが喉から鼻から頭へ駆け抜けた。
「降参、なさいな。」
死ぬかもしれない。焦点が定まらない。
もがくように手をばたつかせながら、おそらく彼女の足首であろう何かを右手に掴んだ。今出せる全力で握り込む。
「いやだ……。」
彼女はその行為を静かに見守り、また拳を私の体に叩きつけた。
ごぷっ。そんな音を立てて、口と鼻から何かしらの液体が出て来た感覚がした。溺れるようでより呼吸が出来ない。
まだ、まだ。
手の届かないギリギリのところで意識が転がり落ちていくように感じる。
視界が暗く、色彩がモノトーンに落ちて、落ちて……。
死ぬ?
どこか諦めのような、絶望のような感覚が頭を刺激して、ふと夢を見た。
神霊騎士団の孤児院で育って、支援要員で戦場にでて、ミトラ様と出会って、補佐として沢山一緒に仕事して、バァダバァナ相手に狂気を感じるほど立ち回るミトラ様を見て、ミトラ様が神霊騎士になって、旅から帰ってきたと思ったら結婚してて、寂しいけどちょっと嬉しくて、それで。
ミトラ様は死んだ。
胸にぽっかりと穴を開けて死んだ。
くそあほも、おんなじように死んで。
辛くて、辛くて。毎晩泣き疲れて寝るような1年を過ごして。
それで、いいの?
急に頭の真ん中から背骨に熱い液体が流れるような感覚。そして背骨から全身に熱が走った。
誓ったんだ、強くなるって。
カーマは自分の足下で嘔吐しながら意識を失った小さい神霊騎士を眺めていた。
ミトラに次を託された女はこんなものか。
「がっかりね。」
「カーマ様……!」
キーロンが駆け寄ってくる。
「やりすぎです!早く横を向けないと窒息して死んでしまいます!」
「そうね。」
跨いでいた足を戻して、しゃがみこむ。リンドの体に触れて横に向けようとした。
熱い……?
触れた体が発熱している。触れ続けるのも躊躇うほどの熱。
彼女の纏っている白いスーツが一部変形し、うねうねと動いている。
そして、腕はゴテゴテとした篭手に変わり、それに合わせて全体が重装の形へ。しばらくするとまた元の形に戻っていった。
変化を、している……?
ぐちゃぐちゃに血と吐瀉物で汚れたリンドの顔が静かにこちらを向いて、目が開く。私をじっと見ていた。
ただその目は焦点が上手く合わないようで、右へ左へ眼球がグリグリ動いている。
「みと……ら……さま……。」
まだ、やる気なのか。
掴まれたままの左足首に圧痛を感じた。思わず立ち上がった。
「つよく……なる……ので……。」
ギシギシと左足首の関節が痛む。危ないと判断し、振りほどこうとする。
それでもなお、離すことなく握りしめていた。
「いかないで……。」
私はそれを聞いて振っていた足を止めた。
彼女も、なのよね。
私はまたしゃがみ直して、頭を撫でながら言った。
「もういいのよ。」
そう言うと、リンドはそのまま眠るように意識を失った。
纏った白いスーツが変形を止めて十字架の形に戻っていく。
十字架になった後、ぱかんと開いて裸の彼女が出てきた。
私は鼻と口周りに着いた吐瀉物を手で拭い、静かに抱き上げた。
「カーマ様……。」
「試練は終了、結果は不合格。私はこのまま彼女を部屋に連れて行くわ。」
私は歩いて、その場を後にしようとした。
「カーマ様……!」
後ろからキーロンが呼ぶ。歩みを止めて、振り向きはしなかった。
「ハンカチは……お持ちですか……。」
「ええ……、心配しなくても大丈夫。」
私は彼女の自室まで抱いて行った。
途中ぽたりと涙が出て、リンドの肌に落ちる。
別に、神霊騎士になりたくないわけじゃない。
ただ私はミトラ以外にありえないと思っていたから、推薦された小さい女の子に少しばかり意地悪しようかと思って候補を降りただけ。
でも彼女も、私と同じで。
リンドをベッドに寝かせ、汚れた顔を用意した濡れタオルで拭いた。
貴方もきっと私と同じようにもがき苦しんだのよね。
私はハンカチで自分の涙を拭った。
そういうこともあるよね。