試練 開始
辛い時の心も、小説とか日記とかエッセイとかに書くと晴れるのでオススメですよ。
カーマとの組手試練の日になった。
朝早くに目が覚めた私は日の出を眺めながらストレッチをした。騎士団の制服を着用して水を1杯飲む。
昨日はただひたすらに体の休息に努めて、イメージトレーニングを脳内で繰り返した。
脳内での試行回数を重ねて、勝てたビジョンはただのひとつもなかった。
近づけば密着状態での肘打ちなどの打撃、少し離れれば投げと関節技、もっと離れれば私の間合いでは届かないうえに蛇腹剣が飛んでくる。
それに彼女にはサキュバス由来の異能を持っている。精力吸収と精力断絶。
時間をかければ負ける。それでいて倒すためには時間がかかる。
これをミトラ様は30秒で沈めたのだ。
「はぁ……。」
ため息しか出ない。
朝食を食べ、キーロンと試練を受けるために演習場へ向かった。
極北支部の裏手には演習場があり、普段は神霊兵の戦闘訓練を行う場所である。
ほぼ運動場のような見た目であり、バァナの出現条件と揃えるため地面は土と砂で出来ている。
既にシスター=カーマは演習場で腕を組んで待っていた。
「よく寝れたかしら。」
「お陰様で全快です。」
無意識のうちだろう。お互いに殺気立たせた空気を纏っていた。
「よろしければ、位置について。」
キーロンがその空間を切り裂くように私たちの真ん中に立つ。
位置に着く。カーマと目が合った。
カーマの目は意外な事に優しい目をしていた。私はどんな目をしているのか。強い目をしているだろうか。怯えているだろうか。
どんな目をしていても私は……!
「位置に着きましたね。では始めます。ルールは無用、ただし殺害と擬似神性解放を禁じま……。」
「待って。」
カーマがキーロンの言葉を遮る。
「擬似神性解放はしてもいいわ。」
「はい?」
キーロンが呆けた声を上げる。
「そんなことをしたら実力を測れませんし、貴方がタダではすみませんよ!?」
「あら、そうかしら。でも大きな怪我もしないで勝つから大丈夫よ。」
カーマはさも当然かのように言い放った。
私は負けじと言い放つ。
「たしかに前回は解放状態の私を制圧できたかもしれませんが、万全の状態の私を舐められては困ります。」
「なら、示してみなさい。」
カーマはキーロンにアイコンタクトをすると構える。半身で左手の平を前に出し腰の横に右手の拳を添えるような構え。キーロンもそれを見て呆れたように顔を横に降ると私の方を向いた。
「リンド様、準備はよろしいですか?」
私も構える。
「ええ、いつでも構いません。」
キーロンは右手を頭上に振り上げた。
「始め!」
ダンッ……!!
お互いに地面を踏みしめ、急接近する。
カーマの方が背が高く、リーチが長い。つまり超近接戦闘であれば逆に私の方が分があるはず。
カーマの間合いに入ると同時に右の拳が顔に飛んでくる。拳を頬にかするほどギリギリでかわすとそのまま懐に飛び込み、鳩尾に正拳突きを放つ。
拳が当たる直前でカーマの左手が真下に振り落とされる。正拳突きを逸らされたが、そのまま振り抜き腹を狙う。しかし威力が乗らない。
それにしても……。
「硬い?!」
当たった拳に返ってくる感覚は巨木を殴ったような感触だった。
「鍛えてるのよ。」
カーマは涼しい顔をしている。
間合いを詰めたまま次の拳を放とうとした時だった。
「カはッ……!」
強く貫くような痛みが左胸に走った。呼吸ができない。左の視界がグラつく。
肘打ちだ。カーマは伸ばしきった右腕を畳み込むように曲げ、そのまま肘を突き出したのだ。
私はよろめきながら後ろに飛び下がった。着地と同時に膝を着いてしまった。
「接近しきってしまえば理があると思った?」
カーマは追撃せず、腰に手を当てて私を見ている。
「言ったでしょう?ミトラに体術を教えたのは私だって。」
左胸に残る痛みに見て見ぬふりをしつつ立ち上がり、急いで呼吸を整える。カーマと目が合う。
カーマはふふん、と微笑み、飛んでくるように距離を詰めてくる。
急いで構え直し、攻撃を捌く準備を整える。
それを見越したかのように、構えた腕に飛び蹴りを繰り出された。
当たる寸前でガードするものの、後ろに吹っ飛び背中から地面に落ちる。すぐに起き上がり、反撃のために飛び込む。
カーマがニッコォと笑う。まるで玩具を買い与えられた子どものような笑顔だ。
無性にムカついたので、飛び込みざまそのまま笑顔の顔面に拳を叩き込む。
顔面には当たったが、ピクリとも動かない。拳に衝撃が返ってくる。肩まで痛みが走る。
ふざけてる。これじゃ本当に巨大な岩を殴っているのと変わらない……!
「うん、すっごく良い♡」
カーマは殴られた顔をさすりながら呟く。
「ミトラと同じくらいの力……。さすがね。」
「化け物……。」
口から漏れ出た。
「あらひどい、亜人差別かしら?」
変わらず笑顔で返してくる。
「そうじゃないことくらいわかってるでしょう……!」
姿勢を落とし、距離を詰める。足払いをかけるが後ろへ避けられる。すかさず距離を詰め、ひたすら殴る。何発かは捌かれるが構わず攻め続けた。
「なかなか……!」
そう言うとカーマは両手を組み、げんこつ落としを頭上から振り落とした。
当たれば致命的になるのが明らかだった。私は身体を翻し、掌底をカーマの左脇腹に叩き込む。
怯んだ隙に距離をとり、背負ったままの十字架を下ろした。
それを見たカーマが自身の太ももに手をそわせ蛇腹剣を手にかけた。
そこだ……!
先程の数倍の速度で懐に入り込む。
カーマが大きく目を見開き、驚いた顔をしている。それを横目に渾身の一撃を鳩尾にぶつけた。
さすがのカーマもよろけるが、彼女の腕がムチのように波打ちながら私の横っ面にブチ当たる。
クラりとする予想外のダメージを逃がすために、距離を取った。
「いいわね。さすが次期神霊騎士なだけあるわ。」
カーマは早々に体勢を整えたようだ。
「本気出してない人に言われても困ります。」
「あら、バレてたかしら。」
彼女はまだ異能を使っていない。精力吸収を使われながら戦闘をしていたら恐らく決着していた可能性が高い。
「貴方だって十字架を下ろしてなかったじゃない。見たところ重量はかなりあるはず。だからさっきのスピードで入り込まれたのね。」
驚いたわ。と、カーマはまた構える。
恐らく、実力は完全に負けている。彼女は驚いたと言ったが、あのスピードにも元々反応できるのだろう。それにいちいち攻撃が重い。まともに喰らえば次は立てる気がしない。
もう、手段は選べない。
「本気で行きます。」
「構わずにおいでなさいな。」
私は下ろした十字架に手を触れる。
「擬似神性、解放」
十字架が展開き、私を飲み込む。
この歳になっても厨二病は治らないものですね。




