アンジャッシュ
「……ん。」
光がいきなり脳細胞を刺激した。私は寝ていたようだ。
「あ、起きましたか……。」
パタリと本を閉じる音。横の少女が水の入ったグラスを私に渡した。
起き上がろうとすると、肩甲骨と股関節から激痛走る。
「いッ……!たぁ……。」
横にいる金髪の少女から手渡されたグラスから冷たさを感じながら、寝ぼけた視界で少女を見つめる。
その少女はキーロンだった。
「リンドさん、無茶しましたねぇ。」
キーロンはため息混じりに私が起き上がるのを手伝った。
ひきつる痛みを目を瞑り、眉間でで逃がしながら水を一口。
そういえば、なにがあったんだっけ……?私は神霊騎士になって、トゥシミールに来て、シスター=カーマに……。
「シスター=カーマは今どこに!?」
「ここにいますよ。」
部屋の扉から顔だけ出して覗いていた。
「お前っ……!!」
「安静になさい!!」
可愛らしいキーロンが出したとは思えない怒鳴り声に思わずビクッとした。驚いた反動で股関節が痛む。
よく見るとカーマも怯えていた。
「キーロンちゃん、あの……、ごめんね……?」
「カーマ様はもう少し私に相談してから行動してください!!」
「はい!すみませんでしたっ!」
え?支部長さんですよね?
「リンドさんはもう少し神性を上手く使えるようになってから権能を使ってください。」
鋭い眼光、口からは殺意を感じそうな芯のある声が鼓膜を揺らす。
こわい、キーロンこわい。
「えっと、申し訳ないんですが……。」
「なんでしょうかっ。」
キーロンこわい。
「記憶に間違いがなければ、私はシスター=カーマとその……。」
「死闘を繰り広げてましたよ。」
そう言って、キーロンは私にイラついた口調で説明するのだった。
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リンド、カーマが死闘を繰り広げていた時。
「ふふ……。」
キーロンは書類仕事にひと段落つけて、しっとりとしたクッキーをつまんでいた。
「美味しい♪」
このあとはお散歩でもしに行こうかなぁ。
ドゴォォォォォン!!
突然、上の階で轟音が鳴り響いた。
口からこぼれ落ちたしっとりクッキーなんて構わず、勢いよく席から立ち上がる。
続けて轟音が支部の中庭から響いた。
「ああ!もう!カーマ様って人は!!」
中庭に出ると、何か白く光る人型とカーマ様が戦っていた。
緑が美しい中庭が所々赤くなっている。
カーマ様の口からは血が流れ、顎からぽたぽたと血が滴り落ちていた。
「カーマ様!!」
カーマ様がこちらに横目を向けた。
「いいところに来たわね!キーロン!!」
手を貸しなさい!といきなり神霊術を詠唱し始める。
「ふざけ……!」
つい上司に乱暴な口になるのを抑え、腰からボーラを取り出す。
謎の白い人間がカーマ様に向かって拳を振りかぶる。
その謎人間はどう見ても足と肘からも火を吹いている。
あれと戦えと……?
「どうにでもなれ!」
とりあえずボーラを足目掛けて投げつける。上手く命中し、合金ワイヤが両足を絡め勢いよく謎の人間は顔からすっ転ぶ。
「よくやった!」
カーマ様は構造詠唱をし終え、最終詠唱を呟いた。
「精力断絶」
白い謎人間はその瞬間ピクリとも動かなくなった。
「カーマ様、こいつは何者ですか?!」
「ああ、彼女は……。」
バチンッ!奴の足に絡まったボーラが音を立てて千切れ飛ぶ。そして勢いよく立ち上がった。
「まさかまだ……!?」
腰からボーラをもうひとつ取りだし、投擲動作に入ろうとした時、カーマ様は私の手を止めた。
「いえ、もう大丈夫よ。」
謎人間の仮面はひび割れ、顔があらわになる。
「リンド……さん……?」
また、そのままリンドさんは倒れた。
身にまとっていた白のスーツが膨らみ、十字架の形になったと思うと、突然開いて裸のリンドさんが現れた。
「なんで、裸なんです?」
「そういう仕様なんじゃない?」
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なるほど、そんなことが……。と、私はベッドで頷いた。
「って、え?!」
勢いよく私は被っていた布団の中を除く。
「さすがに服は着せましたからね。」
説明を終えたキーロンは淡々と返す。
え、でもノーパンなんですけど。
「下着は用意しなかったわよ。」
シスター=カーマがぴしゃり。
「さすがに履かせられるのはなんか恥ずかしいでしょう?」
まぁ、確かに。いや!その前に!!彼女ははなにか企んでいるんだ!
「でもシスター=カーマは!」
「おそらくお互いに勘違いされてますよ。」
そう言うとキーロンがジト目でシスター=カーマを見つめる。
「カーマ様、だからあんな悪趣味のミトラ様人形はやめてくださいと言ったじゃないですか。」
「だって、どうせ作るなら可愛い方がいいじゃない?」
2人で何か話が始まったんだが。
「ちょっと待ってください!私に、私にわかるようにお願いします。」
「それもそうですね。それじゃあカーマ様、あとは任せます。私は支部長室見てきます。」
キーロンは席を立ち、部屋から出ようとしたが振り返った。
「そういえば、申し遅れましたが。私はキーロン、キーロン・スリッドレイ。副支部長です。」
「え?」
「それでは貴方達が壊した支部長室を見てきます。後で本部に弁償代を保証してもらいますからね。」
そう言ってキーロンは部屋から出ていった。
「彼女は若いけど私の補佐をしているのよ。」
カーマはキーロンが座っていた椅子に横に立った。
「最初に、勘違いであなたを殺そうとしたことをお詫び申し上げるわ。」
深く頭を下げた。
「私としては目が覚めた瞬間、死闘を繰り広げていた相手が敵ではないと言われても。」
「でしょうね、では簡単に説明するわ。」
そう言って椅子に座った。
「私はリンド・アーキマンが王のスパイだと思っていたのよ。」
「なんでスパイがよりにもよって神霊騎士になるんですか。」
「普通に考えて、あのベリィから来る次の神霊騎士に裏がないと思う方が不用心よ。」
カーマはゆっくりと目を瞑る。
「それに、ミトラは貴方を警戒しろと言っていた。」
「ミトラ様が私を……?」
意味がわからない。私はミトラ様の部下としてずっとお傍に居たのに。
「多分、私と貴方を引き合せるためね。貴方も私を警戒しろと言われたんじゃない?」
「ええ、その通りですが。」
「きっと、ミトラは全て想定済みだったのね。」
「すみません話の意図が分かりませんし、私は貴方を行方不明の犯人だと思っているんですが。」
カーマは少し視線を上に向け、少し考えた風な顔をすると。
「そういえばそうだったわね、失礼。私ってば考えが先走りすぎていて……。」
「私の予想では、街の男たちを攫ってサキュバスの貴方がよからぬ企みをしているのではと。」
「あらえっち。」
「ふざけないでもらってもいいですか。」
「実際はその逆よ、あのミトラちゃん人形で行方不明者を探していたの。そんな時に王都から神霊騎士が挨拶回りに来たものだから、なんかきな臭いというか。」
それで私を襲ったのか。
「貴方は貴方で私が怪しいと思っていたからあんなことになったのでしょうけど、実際は逆よ。」
「なら、ミトラ様が想定済みっていうのは?」
「王都が崩壊すること、あとは私たちの力が必要だから拳で語り合わせようみたいな。」
そんな馬鹿みたいなことミトラ様がする訳……!
「やりそうだな……。」
「でしょう?馬鹿げた考えはミトラのよくやることだし。」
カーマはただ普通に神霊兵として仕事をしていたのはわかった。
「ではあの人形は……。」
「あれは捜索用、私は人の精力を操ることができるけど、追跡することは出来ないの。だから人形に行方不明者の精力を覚えさせて方向だけ教えて貰っていたの。」
「なら人形じゃなくても……。」
「そこはミトラちゃん人形が欲しかったというか。いつかまた神霊兵として下っ端の時みたいに殺り合おうって言ったのに、くたばったから再現しようとかそういうことではないのよ?」
「つまりそれが本音と。」
「真相は迷宮入りね!」
何言っているんだこの支部長は。
「しかし、王都から私が来たっていうだけですぐスパイ容疑とは……。」
「そりゃそうじゃない。ミトラちゃんで行方不明者がいる方向を調べたら全部」
カーマは目を鋭くして、私を見つめた。
「王都ベリィを指さすのよ?」