蛹
センスがあるなら欠片でもいいから欲しい。
「殺せ」
黒いベールの神霊兵が殴りがかってくる。
私は神霊術を詠唱、黒いベールの神霊兵の周りの空間を固定する。ぎりぎりのところで固定し拘束できた。
「さすが、神霊騎士様ね。」
シスター=カーマは微笑む。
「この神霊兵もどきが何か確認します。動いたら、分かりますよね?」
効かせられるだけの凄みをシスター=カーマに効かせて、黒いベールに手をかけた。
「……ッ!?」
嘘だ。嘘だ、こんなところにミトラ様がいるなんて……?!
「申し訳ないけれど、貴方がかけた神霊術がもうすぐ解けるわよ?」
ギギギ……とミトラ様の関節が軋む音がする。
そんな簡単に解ける神霊術ではないはずだ、時間経過で拘束力が弱るとはいえこんなに早く……?!
「ミトラ様!!私が分かりませんか?!」
「無駄よ、ただの人形だもの。もう少し落ち着きなさい。」
かなり精巧に造られているようで、ほとんど本物と違いがない。
でも確かに人形の”眼”をしていた。
「自動人形か……。」
「その通り、そしてもう一つ。」
気づかないの?と左の掌を私に向ける。すると、いきなり体が重くなり膝をついてしまった。
そうか……、彼女は……!
「精力吸収か……!」
「やっと気づいたの?サキュバスの十八番よ?」
ガキンッ!!と人形の拘束が解けた。
人形の拳が頭上に迫る。
「せりャァァァァア!!!」
リンドは人形の拳を右の逆手で受け、人形の肘関節を左手で押し上げながら立ち上がり身を返す。人形は部屋の扉に叩きつけられる。簡易的な背負い投げと肘関節の破壊である。
「カッ……!」
しかし、すぐに脱力し四つん這い状態になる。
戦闘中でも吸われるのか!
「乱暴ね、でももう少し頭を使ったら?」
人形が立ち上がる、そこで先ほどの背負い投げが悪手であることに気が付いた。
後ろにカーマ、前方に自動人形。つまり挟まれたのである。先にカーマを潰そうにも、人形の機動力を見るにそれは厳しい。
使うしかないのか?!十字架を?!
「見たところ十字架が奥の手の様だけど、私はその十字架の力をミトラで見ているから無駄よ。」
するとカーマは自分の足を添わせる様にスカートをたくし上げ、棘のついた短剣を太ももにつけたホルダーから取り出す。
いちいち色っぽいなクソ。
カーマは太ももから出した短剣を首にマフラーを巻くように大きく振る。剣は棘が着いているところ一つ一つに節があり、振ることでそれが伸びた。蛇腹剣と言われるものであろうか。
……間合いが分からない!!
即座に姿勢を落とし、頭の上スレスレを避ける。
この蛇腹剣には弱点がある。
ひとつは操作が非常に難しいこと。これは訓練や鍛錬でどうにかできる。ただ、1番の弱点は蛇腹剣そのものにある。
それはこの蛇腹剣というものが構造的に強度が足りないということ。例えば私が節の間にナイフの刃でも立てたものなら、そこから先端はどこか遠くに飛んで行くだろう。また、短剣に戻す場合、節の間に砂利でも挟まったらお終いだ。そして振ることで伸びるという機能はそもそも短剣としての機能を失っている。
「蛇腹剣は振りながら刃を立て無ければならないのですから、その剣の節の一つ一つがいつも最善の動きをしていなければ武器としては欠陥品です。」
私は後ろから迫る人形の攻撃を捌き、カーマの剣撃を避けながら、そう言った。
「その通り。だけど私がそこを考じてないと思ったの?」
蛇のようにうねった剣が空中でピタリと止まる。
神霊術の空間固定か……。
空中で止まった刃が再び私の顔面を狙う。
剣撃を避け、わざと隙を作る。人形はそこを見逃さず、私の頬っつらへ右のフック。
「そこです!」
腰を落とし、人形の腰を腕いっぱいで掴む。そのまま荷物を肩に上げるように後ろに投げる。
カーマの方へ人形を飛ばす。カーマは人形を迎え入れるように抱きしめ、受け止める。攻撃が通ると思わなかったが、挟み撃ちの状態を打開したかった。
掴んだ腰の位置、ヒップラインまでミトラ様そっくりだった。
「クソムカつきますわ。」
「愛らしいでしょう?」
ふふ、と口元を弛めて彼女は8の字のように剣を回す。
人形はメカニックに拳を構えた。
「貴方、その体術はミトラに教わったのでしょう?」
「それがなんだと言うのです?」
「私はそのミトラに体術を教えたのよ。」
ビュンッ……と蛇腹剣が部屋全体を埋めるように横から飛んでくる。その切っ先を後退して避ける。間合いは掴んだ。
「間合いを掴んだだけで、満足しないでちょうだい。」
剣の切っ先が視界から消えた時、目の前にいたのは真っ黒な神霊騎士団制服の肘だった。
顔面に肘がめり込む。
「……ッ!」
扉に叩きつけられ、視界がぼやける。
ぼやけた視界で黒がどんどん埋めつくしていく。それは神霊騎士団制服の黒が近づいていることを指している。
視界が完全に黒くなる寸前で右に転がるように避ける。
これ以上受けたらヤバい。
「手は抜かないわよ。」
避けた先、拳が右の二の腕を襲う。おそらく人形の手だろう。
「あッ……。」
腑抜けた声が喉から漏れる。
体勢を整えようと膝を着くが、頭が床から離れない。顔面へのエルボーが脳震盪を起こし、起き上がれなくなっていた。
「降参したらどうかしら?神霊騎士サマ?」
カーマは冷たい声で語りかけた。
ジャララ……と蛇腹剣が床を這う音がする。
「まだ……、まだ……。」
「ん?」
「まだ、立たなきゃ……。」
背骨から波立たせるように頭を上げようとするが少しだけ浮いて、床にゴン……と頭をぶつけるのみだった。
「頭はまだ床で寝ていたいようだけれど?」
カーマは変わらず私を煽った。
「しかし、弱いわね。もう少し強いのが来るのかと思ったのだけれど。」
「ぐゥァ……。」
声にならない。鈍痛が頭中を伝播する。
ミトラ様が、守りたかったのは。きっと、私たちの平和な暮らしだったはずだ。騎士団の中にこんな奴がいてもミトラ様は御していたんだ。神霊騎士はそうでなくちゃ……いけないんだ。
「立たなきゃ……立たなきゃ……。」
痛い。重い。でもやらなきゃ、またベリィを、私たちを襲った不幸が。
目をひん剥いて、カーマを睨む。
「お前みたいな奴が!ミトラ様を!くそあほを!!皆を!!無茶苦茶にしていくんだ!!」
「まさか、貴方もしかして……!?」
胸のベルトを外す。十字架を床に落とし、もたれるように私の体を倒す。
とっても、みっともないけれど。それでいいや。
「ぎじ……しンせい……かイほう……。」
絞るように呟く。
十字架はパタパタ……と展開する。もたれた体を展開した十字架の中に落とし入れる。
そして十字架は私を包み、中に私は篭った。
強力なのに使わないのは、使うのにデメリットがあるから。もし失敗したら、絶対に私は再起不能になる。
「ミトラ、ハウス。」
人形は頷き、本棚の後ろへ帰っていく。
バチッ、バチッ……。
十字架が人型に近くなる。
「ミトラとは違う十字架にしたのね。」
頭は朦朧とするが、立てる。
「いえ、同じ十字架です。使い方が違っただけで。」
体にまとわりつく十字架はやがてゴムのような伸縮性を持った。そして、体の大部分を堅い鎧で埋め尽くす。
「白銀……いや、誓約の十字架。骸骨格モード。」
頭を覆う堅い真っ白な仮面をつけ、首に巻きついた布は風になびいた。
「まさか騎士鎧になるとは思いもしなかったわね。」
カーマは蛇腹剣を元の場所に納め、拳を構えた。
この戦いでカーマは初めて汗をかいていた。
今回の骸骨格モードが想像しづらい方は、画像検索で「謎のヒロインXX」検索してもらえばわかりやすいかと。あんな感じです。