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アングラミュート 銀の弾丸  作者: 土野 絋
抵抗者たち
18/23

Succubus

冷たい窓ガラスがため息で曇る。

その窓ガラスには灰色の肌が写り、シスター=カーマの憂い気な顔が分かる。


「ミトラ……せめて私の手で……。」


はっ、と口と言葉を隠す。


殺したかったなんて……そんな物騒なこと、言ってはいけないわね。


神霊騎士団は宗教を取り締まる以外にも行っていることがある。

孤児院の運営だ。騎士団の中にはその孤児院の出身である者も沢山いる。


シスター=カーマとミトラ・ドラースは同じ孤児院で育った。

その際2人に何があったかはまだ語るべき時ではない。


「あと少しだわ、あと少し集めれば……。」


そう言ってカーマは書斎の壁につけた本棚を棚ごと押す。がこり、という音を立て本棚が壁に沈み、引き戸のように横にずらした。


そこには椅子が1つとその椅子に座った人と同じ大きさの人形があった。


「もうすぐで、あなたを蘇らせられる……。」


座した人形を抱きしめ、耳元で、まるで愛を囁くように。


「待っていてね、ミトラ……。」


その人形はミトラ・ドラースそっくりだった。


そしてカーマが持つ感情は、吐き気のする程の純粋な愛だった。






仕立て屋ヴルトが裁ち鋏を手に取った。


「このヴルトが神霊騎士の仕立て屋を担当している理由は知っているか?」


「いえ……、そもそも騎士団の中であなたの存在は有名ですが実状は機密事項なので。」


「そりゃね、あたしのことが広く知られたら色々とややこしいからね。」


まぁ見てな、と鋏を生地に近づけた。


ぐにゃりと鋏を持つ手が揺らぐ、揺らぎはヴルトの全身を覆い、そして呟いた。


「神性解放」


ずしりと空間の重力が増す。リンドはただ追いつかない頭で現在を整理する。


この重圧は!!神性のそれじゃないか!!


「これが知れ渡ってみなさいな、神霊騎士団は私の討伐をせざる負えない。」


そう言って鋏と生地が触れた瞬間、生地から服の型が落ちた。切れたのではなく、落ちたのだ。


「あたしはこのトゥシミールで仕立て屋として、この街の繁栄の担い手として信仰を得たのだ。結果がこの神性というわけさね。」


「な、なるほど……、確かにこれは機密事項にするべきですね……。」


カカッとヴルトが笑った。


「騎士様の服はだいたい3日ほどかかる、それまではゆっくりと滞在していくがよい。」




仕立て屋を後にして、しばらく歩いていた。


こんな長閑(のどか)な街で行方不明者か……。

しかもほとんどが若い男と言う。


シスター=カーマ……その特異な肌色から分かるように純粋な人間では無いと言われている。

彼女の正体は褐色というより灰色に近い肌の色持つ亜人、サキュバスでは無いだろうか。


サキュバスと若い男の行方不明者、その関係性は……。


簡単に察しが着き、自然と眉間にシワが寄る。

そして同時によからぬ事を考えたことに頬を赤らめる。


ダメだ、想像力豊か過ぎた。自分でも恥ずかしい……。


「あら?神霊兵の方ですか?」


声をかけてきたのは、同じく神霊兵と思われる少女だった。


「ええ、リンド・アーキマンと申します。本部から挨拶参りに。」


「なら貴方が次の……。」


「ええ、神霊騎士です。以後よろしくお願い致します。」


すると、その少女が私を足元から値踏みするように見た。


状況を説明しよう。

今話しかけている少女は私よりほんの5センチレーデルほど背が高い。


え、このちんちくりんが次の神霊騎士?

神霊騎士団のトップ?大丈夫かしら?

え?!こんな状態から入れる保険があるんですか?!


うぅ……泣いちゃう……。さっき泣いたから涙腺が緩い……。


「背は小さいんですけど、頑張りますからァ……。」


涙目になり、神霊兵の2人に気を使わせてしまうリンドだった。




「神霊騎士様のコートを作りに来られたのですね。」


「ええ、先程採寸して頂きました。あっ、こちらのハンカチ洗濯してお返し致します。」


涙を拭くために神霊兵から借りたハンカチを綺麗にたたみ、スカート部分のポケットに入れる。


「ああ!お気になさらず、こちらで洗濯はしますから……。」


「申しわけないのでさせてください。また泣いちゃいますから。」


「ああ……お願い致します。」


目が涙でスースーするのを感じながら雑談を続けた。


「そういえばお名前を伺ってませんでしたね。」


「すみません!名乗りもせずに……。」


「いえいえお気になさらず。」


「私、キーロンと申します。」


お願いします、と勢いよく頭を下げる。


「キーロンさんは今はパトロールの最中ですよね?」


「いえ、ちょうど終わって詰所に戻るところです。」


「そうだったんですか、パトロールはいつも1人で?2人1組で回るのが普通ではないのですか?」


するとキーロンは少し眉間にシワをよせた。


「そうしたいのは山々なんですが、ここの所起きている行方不明者の件で人手不足でして……。」


行方不明の話は神霊兵にも少なからず影響を与えている。


このような事件の管轄は本来、機動隊が行うことである。

しかし、1年前の王の急逝により内情はかなり変わった。


王からその息子である見た目は10歳の王子に変わった。まずこの歳に政治は気が狂っているとしか思えないが、この王子は政治を行えるほど頭の回転も教養も申し分なくあった。


要はこの王子が1番気が狂っていたわけだが。

しかしこの王子の政策は無茶苦茶なものであった。


まず、ベリィの封鎖。実際は厳しい検問をした上で入都出来るというもの。しかし、入都できるものはベリィの運営に重要な商人のみ。

それ以外は検問すらなく門前払い。これは出る際も同じである。その為、ベリィは完全封鎖都市となっている。


次に兵器の製造。今までも行ってはいたものの、基本は自衛のためである。しかし、現在の兵器製造は他国侵略の為。近い将来、ファントムエイジャ……つまり隣国の華国やその隣の島国である日帝国に侵略するつもりだろう。


そして今現在、このトゥシミールでも影響を及ぼしている機動隊。

これは全てベリィに招集され、神霊騎士団は仕事が無くなった。ベリィでの神霊騎士団は要らぬものとしているようである。


奴隷制は1歩のところで私やテレシアが止めた。


なぜあの王子に政治を任せているのか、再三テレシアや私は反対したが、完全なシカト状態であった。


「でもですね!!」


キーロンはパッと顔を明るくした。


「カーマ様はこの状況でも常に私たちが疲弊しないように気にかけてくださるんです!」


「シスター=カーマはとても、皆さんから信頼されているのですね……。」


「えぇ!とっても!」



程なくして私たちは支部についた。

キーロンは深くお辞儀をし、書類仕事に行った。


相も変わらず、支部は人気(ひとけ)が無かった。

恐らく、ここには私とキーロン、シスター=カーマしかいない。

人手不足はかなり深刻と見てよさそうだ。


そうだ、シスター=カーマに報告だけでもしておこう。

ついでに、私が泊まる部屋がどこなのか尋ねなければ。


支部の1番奥、支部長室に向かう。

コンコン、とノックした。返事は無かった。


居ないのだろうか、もしかしたら気づいていないだけ?

何となく、扉を開く。そこには誰もいなかった。


居ないのか。これからの時間をどう過ごそうか。また、街へ出て見回るか……?


支部長室に入って左側、そこにはびっしりと本が詰まった本棚がある。


「……?」


リンドは本棚を見て違和感を感じた。


真ん中の本棚だけへこんでいる……?


右端と左端の本棚は壁にピタリとくっついて設置されている。にも関わらず、真ん中の本棚だけは少しだけ壁側に沈んでいる。


まさか、ね?


本棚を恐る恐る片手で押し込む。

がこ……、と沈む。


「……!?」


本棚が沈み、横にズレる。


そこには一つだけ椅子が置いてあった。



「何を、しているの?」


後ろからねっとりとした声が聞こえた。急いで振り返る。

そこに居たのはシスター=カーマだった。隣に黒いベールを顔にかけ、顔の分からない背の高い神霊兵を連れていた。


「申し訳ありません!仕立てで3日かかるそうなのでそれまで泊まる部屋を尋ねたかったのですが……。」


じとりと汗が首筋を伝う。


「いらっしゃらなかったので勝手に入ってしまいました……。」


あはは、と無理やりに笑う。


「そうですか、それで本棚の仕掛けに気づいたのですか?」


「少しだけ本棚が壁に沈んでいたので気になって……。」


「そうですか。」


シスター=カーマは普通にしていた。

しかし……。


なぜそんな底のない闇のような目ができる……?


「そこは私が1人になりたい時に入る場所なのです。あまり他の子達には気を使わせたくないので、隠していたのですけど……。」


見つかってしまいましたね、と微笑んだ。


十字架に挟まれた背中が汗でびしょびしょだ。シスター=カーマからは明らかに異質な威圧(プレッシャー)を感じる。


「部屋の案内は後で行いますので、しばらく隣の部屋で待っていただけませんか?」


そう言うと隣の神霊兵の肩に手をかけ。


「少しだけこの人とお話をしなくては行けませんから。」


静かにそう言った。


「そうですか、勝手に入ってしまい申し訳ありませんでした。」


私は頭を下げ、扉へ向かう。

途中、部屋に入っていくシスター=カーマと神霊兵とすれ違う。


「すみません、お尋ねします。」


私は思わず口を開いた。


「なんでしょう?」


「今、この支部は人手不足です。恐らく今、ここには1人の神霊兵と、私と貴方しかいないと思われます。」


後ろに背負った、十字架のベルトに手をかける。


「その上でお尋ねします。隣の方はどなたです?」


ずしりと空気が重くなる。


「先程、パトロールから戻ってきたひとですわ。」


「そうですか……。」


恐らく、戦闘になる。


「その方だけ、その子、とは呼ばないのですね。」


フッ、とシスター=カーマは鼻で笑った。


「なんだ、全部分かってるんじゃないですか。」


そして私を指さし。


「殺せ」

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