第87話 コテツの相棒、バルバトス
コテツに連れられてやって来た小屋は、内部の構造から厩舎として使用されていることが見て取れた。
そんな厩舎の一角、木製の囲いの中で佇む一体の魔獣。
「こいつがコテツの相棒?」
「コケッ!」
鳴き声も鶏にそっくりだ。
名称:バルバトス
種族:グレートファウル
生命力:41 筋力:45 体力:42 知性:32 魔力:27 敏捷:68 器用:24
スキル:持久力強化、脚力強化、方向感覚
草原にいたランドモアも地面を走り回る鳥だったけど、あっちは見た目はずんぐりむっくりの小さいダチョウのような魔獣だった。
しかし、目の前にいるバルバトスはダチョウではなく鶏に近い。
体高は3メートルほど、俺とコテツは完全に見下ろされている。
一言で鶏といっても体は白くない。茶色い鶏である。
羽毛がふっくらしているせいで体の線は分かり辛いが、脚はごつく、脚力はかなり高そうだ。
赤く立派な鶏冠があることから、こいつは雄鶏なのだろう。
「旦那、オイラは荷車を外に出すから、バルバトスを外に誘導してやって欲しいニャ」
「えっ? 俺が?」
いやいや……初対面でこいつに近付くのは流石に怖いぞ。
いくらキバやビークの方が厳ついと言っても、動物は何をしでかすか分からない。
こいつの嘴で不意に突かれたら怪我しそうだ。
とはいえ、コテツは既に厩舎の隅に置かれた荷車を運ぼうとしている。
俺がバルバトスを連れて行かないと駄目か。
……蹴ったりしないでくれよ。
俺をじっと見つめるバルバトスの視線を気にしないようにしながら、囲いの扉を固定している閂を取り外す。
俺が扉を開けて外に出るよう促してみるが……バルバトスは一向に動く様子は無い。
「バルバトス?」
「……」
めちゃくちゃこっち見てる。
自分よりも背丈の高い鶏って、ちょっとしたホラーだ。
こんなことで時間を食っていても仕方が無い。悪いけど実力行使だ。
俺はバルバトスを後ろから押そうと近付くと――
「コケーっ!!」
「うおわっ!」
マジかよ! 本当に襲ってきた!
いきなり怒ったバルバトスが、俺の頭を突いてくる!
「痛っ! おい、やめろって!」
凄い勢いで迫り来るバルバトスの迫力に負けて、俺は思わず外に飛び出してしまった……。
「何やってるニャ?」
「あいつ、めちゃくちゃ凶暴じゃねーか! よく一緒にいられるな!」
「コッコッコッ……」
バルバトスも俺に続いて小屋の外に出てきたが、その様子はさっきと違って穏やかなものだ。
……何で?
「おかしいニャ。バルバトスは人を突いたりしないニャ。だからラビットマンもこいつの世話をしてくれるんだけどニャ。襲われたのは旦那が初めてニャ」
えー……俺だけ?
確かにバルバトスはコテツを突く素振りは見せていない。
むしろ懐いているようだ。コテツに頭を擦り寄せている。
コテツがバルバトスの頭を撫で回すと、目を細めて気持ち良さそうだ。
「それじゃあ、バルバトスにはいつものように荷車を引いてもらうニャ」
「コケッ!」
コテツは手慣れた様子でバルバトスに荷車を取り付けていく。
バルバトスも嫌がることなく、コテツに従っている。
程なくして、荷車がバルバトスに繋げられた。
荷車は馬車のような立派なものではなく、木製の簡素なもの。車輪まで木製で、人が乗るにはあまり向いて無さそうだが……。
「旦那は荷車に乗ってくれニャ」
「コテツは?」
「オイラはバルバトスの背中に乗るニャ」
「コッ!」
一鳴きすると、バルバトスはしゃがみこんだ。
「バルバトスは賢いから、オイラの言ったことを理解してくれるんだニャ」
どうやら、そうらしい。
「しかし、コテツはどうやってバルバトスと旅するようになったんだ?」
見た目は鶏でも、バルバトスはれっきとした魔獣だ。理由が無く従うとは思えない。
ちょっとした好奇心から聞いてみた。
「バルバトスは従魔なんだニャ。ヤパンでは魔獣を従魔として仕事させることが多いんだニャ。だから、オイラも商売の相棒としてバルバトスを雇ってるんだニャ」
「従魔? 魔獣を従わせるなんてできるのか?」
「何言ってるニャ……旦那もやってるニャ。スライムとか狼とか他にもいるのに、旦那はいつも変なこと言うニャ?」
言われてみたら確かに俺も魔獣を従えているけど、それにはちゃんと理由がある。
俺の眷属なんだから、従うのが当然といえば当然なのだ。
そう言えば……フロゲルの話の中で、魔獣を操る種族がいたっけ。
「もしかしてパーンが関係してるとか?」
「正解ニャ! ヤパンの従魔はパーンが取り仕切る従魔ギルドに所属しているんだニャ。オイラは商人ギルドの伝手でバルバトスを借り受けてるニャ!」
「コッコッ!」
なるほど、ギルドか……って、ギルド!?
最近すっかり忘れてたけど、ここって異世界なんだしファンタジーでお馴染みのギルドとか存在する可能性だってあったんだよな。
じゃあ、気になるのはあのギルドがあるかどうかだ!
「なあなあ、冒険者ギルドってあるのか?」
「冒険者ギルド? あるけど、すんごいマイナーなギルドニャ」
「マイナーなのか? 冒険者なんて、いくらでもいそうなのに」
「このご時世に冒険する暇人なんていないニャ。冒険者ギルドなんて名ばかりで、何でも屋が実情の下請けギルドなんだニャ」
そうか、そうだよな……。
俺も今ひとつ実感が無いが、この世界は三十年後の魔の攻勢で滅亡する可能性だってあるのだ。
そんな時に「冒険する!」なんて言うやつがいたら、空気読めなさすぎだろ。
身内だったら、間違いなく止める。
でも、冒険者という響きが俺の心をくすぐるのも事実だ。
ヤパンに行ったら、どんなところか見学しに行こうかな?
「ギルドの話も良いけど、早く乗ってくれないかニャ? じゃないと……」
「ああ、すまん。あんまりのんびりしてられなかったな」
既に周囲は暗くなり始めている。
俺としては、移動は日中だけに留めて夜は安全な場所で休む予定なのだ。勿論、俺のダンジョンに。
とはいえ、ここでダンジョンの入口を繋げるのはよろしくないだろう。
ラビットマンの集落の中だ。
番犬も遠巻きに見ているこの状況で、余計なことをして不信感を募らせるわけにもいかない。
できるだけラビットマンの集落から離れた場所。可能なら、森ではなく平原にダンジョンを繋げたいところだ。
それについては事前にコテツにも伝えてある。
そんな事情を加味して、コテツは日が完全に落ちるまでにここを離れようとしているのだ。
言い出しっぺの俺が邪魔するのも申し訳無い。さっさとコテツの指示に従おう。
さっきもらった野菜の袋を荷台に乗っけて……。
「よっ……と、乗ったぞ」
「ちゃんと乗ったニャ? んじゃ、バルバトス出発ニャ」
「コケーッ!」
コテツの合図でバルバトスは歩き出す。
キバとは違って、ゆっくりした足取りだ。
小屋から離れたバルバトスは、迷うこと無く森に向かって進んでいる。
俺は荷台の上から、遠く離れていくラビットマンの集落を眺めていた。
集落を守っていた番犬達も、ようやく来訪者が去ることに一安心といった面持ちのようだな。
(それじゃあ、さよならだ。迷惑掛けて悪かった)
相手は番犬だけど、別れの挨拶ぐらいはしておきたい。迷惑を掛けたのは本心だしな。
(オ前ハ変ナ奴ダナ。次ハ歓迎シテヤッテモ良イゾ)
(そうか、ありがとう。また来るよ!)
最後まで偉そうな犬だったが、不思議と悪い気はしない。
番犬のリーダーとは意外と仲良くできそうな気がする。
本当はヒマリ以外のラビットマンにも謝罪したかったんだけどな……。
最後まで小屋に籠もられてしまっては、それもできなかった。
結局、ラビットマンで知り合えたのはヒマリだけ。しかも、いきなり迷惑掛けるし、俺もテンパって禄な挨拶もできなかった。
次はもうちょっと交流らしい交流を持ちたいものだ……。
「旦那、次があるニャ。初めての顔合わせとしては十分じゃないかニャ?」
「あれ? 今、『思念波』漏れてた?」
「何となくニャ、旦那が今回の訪問を反省してるような気がしたんだニャ」
何だそりゃ、ただの勘か。まあ、正解なんだけど。
でも、コテツのおかげで吹っ切れたな。前向きに行きますか。
……。
さほど時間を経たずして、日は完全に落ちてしまった。
森の中は『夜目』が無ければ真っ直ぐ歩くことも困難なほどに暗闇に包まれている。
『夜目』のないバルバトスでは、これ以上の移動は無理だろう。
仕方無い、適当な場所を見繕ってダンジョンを繋げよう。
「ここなら大丈夫だな」
すぐ塞ぐとはいえ、明日はここから移動を再開する。
ラビットマンの集落から離れているとはいえ、万が一、誰かに見られたりでもしたら面倒だ。
人目の付かない木陰に入口を繋げることにした。
繋げた先は大広間。
バルバトスは戸惑う様子も無く、素直にダンジョンに入ってくれた。
「今日はこれで解散だ。コテツはゆっくり休んでくれ」
「分かったニャ。バルバトスから荷車を外したら、オイラは食事させてもらうニャ。バルバトスも一緒に行くかニャ?」
「コケッ」
そう言えば、そんな時間だな。
別に食べなくても大丈夫だけど、俺も夕食を食べに行くことにしよう。
〈マスターはこれから訓練です〉
(飯食った後で良いだろ?)
〈食事の必要がありません。早速、訓練を開始しましょう〉
マジですか、支援者さん……。
ここで駄々を捏ねると後が怖い。拒否する言葉が喉から出かかっていながらも、俺はダンジョン区画へ足を進めていた。