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第86話 赤い瞳のラビットマン

 

 少々荒っぽい歓迎ながらも、俺とコテツはラビットマンの集落への立ち入りを許可された。

 とは言っても、許可してくれたのは番犬であって、当のラビットマン達はいまだに姿を見せてはいないのだが……。 


 気を取り直して、改めてラビットマンの集落を見渡してみよう。


 やはり気になるのは、集落のほとんどを埋め尽くしている広大な畑だ。


 よく手入れされているのだろう、腰ほどの高さの柵に囲まれた畑には、細長く直線上に土を盛り上げた(うね)が並ぶように作られており、その(うね)からは、青々とした植物が所狭しと生えている。


 意外と言うか、何と言うか……実っている野菜は、どれもが俺にとって見覚えのある形状をしていた。


 トマト、トウモロコシ、ナスビ、ピーマン、カボチャ……。

 形だけは記憶にあるものと一致する。そう、形だけは。


「これ、本当に野菜か? デカ過ぎだろ」

「何言ってるニャ? 変なところなんて無いけどニャ」


 俺が驚いているのに反して、コテツは至って冷静なものだ。


 まあ確かに……俺は前世の野菜と比べて言ってるからな。コテツにとっては、目の前にある野菜が普通なんだろう。

 しかし、これを普通っていうのは違和感が凄いぞ。

 どれもこれも一回りや二回りなんてもんじゃない、軽く二倍以上はデカいのだ。

 大きさ以外は、特に目立った違いは無いんだけどな。


 気になったので、試しに『鑑定』してみると……。

 驚いたことに、野菜の名前も見た目と一致している。


 うーむ……だったら、あとは味が気になるところだな。


「なあコテツ、この野菜って分けてもらえないのか?」

「どうかニャ? 聞くだけ聞いてみようかニャ」

「頼む」


 大きさはアレだが、是非とも食ってみたい。俺の知る野菜と味が同じなら、なおのこと。

 そうでなくても、美味い野菜を食べたいのだ。


 コボルト達も野菜のようなものを育てていたりしたが、それこそ俺には見たことの無いものばかりだった。


 ゴツゴツした茶色の棍棒のような大根、いや牛蒡か?

 それに完全な球体のキュウリのような……あるいは甘い部分が全く無いスイカのような野菜だ。

 

 多分、あんな野菜では野生の魔獣も好き好んで食べようとしないだろう。

 そういう狙いもあって、コボルト達はやたらとごつい野菜ばかり育てているのかもしれない。

 いや……味よりも食べごたえを優先していただけかも。


 俺がそんな風に辟易もないことを考えていると、コテツが話し掛けてきた。


「旦那、このままラビットマンに挨拶に行くけど、ここはオイラに任せてもらえるかニャ?」

「それは勿論……でも大丈夫か? 完全に警戒されてるぞ?」

「仕方無いニャ。隠れていても外の様子は窺ってるはずだから、番犬の吠え方とかで外は危険じゃないことに気付いてるとは思うニャ。あとはオイラがどれだけ信用されてるかかニャ?」


 そうか、ラビットマンは臆病とはいえ、兎らしい立派な耳が付いている。

 コテツの言うとおり、音を頼りに外の様子を窺ってるのかもしれないな。


 最初は吠えていた番犬達も、今となっては全く吠えていない。

 俺の行動に目を見張らせてはいるものの、威嚇してくる気配は無いのだ。

 

 静かになったことで、幾分、警戒は和らいでる……と思いたい。


 ともあれ、コテツに連れられて辿り着いたのは一軒の小屋だ。

 小屋の前に立つと、コテツは扉を軽くノックした。

 そのまま、呟くように注意事項を俺に述べる。


「大きい声を出すと、ラビットマンが怖がるから静かにニャ」

「分かった」


 出だしで失敗しているからな。

 これ以上、ラビットマンに警戒されたくない。慎重にいこう。


 コテツのノックから幾許か遅れて、扉の向こう側からぼそぼそとした声が聞こえてきた。


「あ、あの……コテツさん……ですか?」


 蚊の鳴くようなか細い声だ。

 その声色から、若い女性という印象を受ける。


「そうニャ。コテツだけど、まずは謝らせてもらうニャ。番犬に吠えられるようなことをして申し訳無かったニャ」


 うっ……コテツが謝るなら俺も謝らないと……!


「あの……その件はご迷惑をおかけしました……!」

「……」 


 咄嗟とは言え、俺なりに謝罪したつもりだが……反応は無い。

 コテツに目を向けてみるが、コテツは依然、頭を下げたまま謝罪の意を示している。


 どう判断して良いのか分からず、俺もコテツに倣って頭を下げたままでいたが……。


「あ、あの……頭を上げてください……」


 扉が開く音がして顔を上げると、少しだけ開いた戸口からラビットマンの女性が顔を覗かせていた。


 『遠視』で見た時に農作業をしていたラビットマンのうちの一人。

 近くで見て初めて気が付いたが、瞳の色が赤い。この目もラビットマンの特徴なのだろうか。

 透き通るような白い肌、髪もきれいに真っ白なため、赤い瞳の存在が一際強調されていた。


 何にせよ、俺は神秘的なその目に思わず見入ってしまったようだ。


「そ、そんなに見つめられると、困ります……」

「えっ? あ、いや、その……」

「ごめんニャ。こっちはマスターっていうニャ。オイラと一緒に旅をすることになったから、ここに連れてきたんだニャ。そんで、この女性はヒマリさんニャ。オイラがラビットマンと取引する時はヒマリさんが窓口になってくれてるニャ」


 呆けていた俺の代わりにコテツが俺を紹介してくれた。

 そのままの流れでコテツは話を進めている。


「今回もヤパンに戻る前に立ち寄らせてもらったニャ。取りあえず、これは荷車の預かり賃と……迷惑料も兼ねてるかニャ?」


 コテツは笑いながら、肩に掛けていた鞄から中身を取り出していく。

 それを受け取ったヒマリも、自然と笑顔になっていた。


「わわ……すごいですね。こんなにたくさん……」

「旦……マスターのおかげで、魔石とか色々手に入りやすくなったんだニャ。だから今回は奮発させてもらったニャ」

「そうなんですか……ありがとうございます……!」

「あっ、うん、まあ……そうなるかな?」


 いかん、俺の駄目なところが出てしまっていた。

 ヒマリはどことなく困ったような笑顔をしている。それがよろしくない。

 その見た目も相まって、ヒマリから儚げな印象を受ける。


 俺の感性はコボルト化していると思っていたのだが、どうやら人間の感性も持ち合わせていることが発覚した。


 つまり、ヒマリを儚げな美人と認識してしまったことで、俺は完全にテンパっているのだ。

 こうなってくると、俺はヒマリを直視できない。


(コテツ、例の件、頼む)


 突然の俺の『思念波』にコテツは訝し気になったものの、すぐに本題を切り出してくれた。


「ヒマリさん、物は相談なんだけど、少しで良いから野菜を分けてもらえないかニャ?」

「野菜ですか……? 余り物で良ければ構いませんが……」


 コテツが俺を見る。

 言いたいことは分かってる。


 俺はコテツに頷いて返答した。


「それで大丈夫ニャ」

「分かりました。すぐ用意します……」


 よし! 思わぬ収穫だ。

 どんな野菜を用意してくれるのか、期待して待っていると……。


「これぐらいで良いですか……?」


 ヒマリが持ってきてくれたのは、野菜が詰められた革の袋だ。

 無造作に詰められてるので、何の野菜がどれだけ入ってるかは分からないが、量は凄まじい。


「こ、こんなにもらっても?」

「はい、大丈夫です……」


 本当に良いのか? これは余り物の範疇を軽く超えてる気がするぞ。

 俺の体と同じぐらいの大きさの袋だ。その袋いっぱいの野菜。コテツの手土産で対価になってるのかも分からないが、コテツとヒマリの様子を見る限り、もらい過ぎというわけでもないようだ。


 うーん……じゃあ、ありがたく受け取るか。

 もらって困るものでもないことだし、むしろ、本当にありがたいからな。


「それじゃあ、オイラ達は預けてた荷車を持っていくニャ」

「はい、いつもの小屋にありますので、ご自由にどうぞ……」

「ありがとうニャ。今度来る時は魔導具なんかも用意させてもらうニャ」

「それは助かります……!」


 どうやら、これでコテツの挨拶は済んだようだな。


 コテツが別の小屋に向かって歩き出したので、俺は後を付いていく。

 向かう先にコテツの荷車があるのだろう。


 その小屋は集落の端に位置し、他の小屋よりも一回り大きく、両開きの大きな扉が備えられた小屋だ。

 納屋……いや、家畜小屋なのかもしれない。

 小屋からは生物の気配が感じられた。


 もしかして、荷車って馬車や牛車のようなものなのか?

 俺はてっきり大八車みたいな人力の荷車を想像してたけど、確かにコテツみたいな小柄な体型だと、荷車を引いての旅路は厳しいだろう。


 コテツは躊躇わず、小屋の扉に手を掛けている。


「暫くぶりニャ。また頼りにさせてもらうとするニャ」


 開かれた扉の向こうでは、一体の魔獣が待ち受けていた。

 馬でもなく、牛でもない……哺乳類ですらない魔獣だ。


「旦那、紹介するニャ。オイラの旅の相棒、バルバトスニャ!」

「コケーッ!!」


 俺の前に現れたのは巨大な鶏だった。



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