第80話 教えてフロゲル先生 魔術編
もう、ほんと勘弁してください。
昨日に続き、俺だけ実戦形式……。
コボルト達が羨ましい。
向こうは丁寧な準備運動の後、ウォームアップとしてランニング。それが終われば、基本的な体捌きの練習をしているようだ。
『格闘術』の体捌きは『剣術』に通じるところが多いらしく、誰も文句を言うこと無く素直に訓練を受けている。
ぶっちゃけ、俺もあっちに参加――
「マスター、よそ見してると当たるッスよ!」
「うぼあっ!」
当ててから言うな!
ビークの一撃で、俺は10メートル先の壁にめり込んだ。
いい加減、これにも慣れてきた。
空中を錐もみ状に吹っ飛びながら、景色を見る余裕すらできている。
そんな姿もすっかり日常茶飯事になったせいか、今となっては誰も見向きしなくなっていた。
……ちょっとは心配してくれても良くないか?
結局、俺は数え切れないほどの空中遊泳を楽しんで、今日の訓練も終わりを迎えた。
午後はフロゲルの講義が始まる。
俺はこの時間を楽しみにしていた……地獄が終わるからな。
……
会議室に講習参加者が集まっている。
コボルトが少ない……というか、全然いない。
いるのはランディ、アーキィ、そして俺だけ。
俺達に共通してることと言えば……。
(支援者さんに頼まれてな、魔術の基本を教えるように頼まれたんや。そんなわけで、今日は魔術について講義したるわ)
やっぱり魔術か!
俺は魔術も詳しく知らないからな。
これを期に、正式な魔術が使えるようになればありがたい。
(魔術……とは言っても、ワシは『水魔術』しか使えん。それに、独学やからな。そこで助っ人の登場や)
フロゲルが会議室の入口に向け合図すると、照れ臭そうに頭を掻きながらコテツが入って来た。
助っ人って、コテツのことなのか?
……そう言えば、コテツは『風魔術』が使えたな。
確か、『ウインドバレット』だ。
名前からすると、風の初級魔術なのだろう。
火災を消して回ってた時、コテツが「ニャ!」と言って力むと、ウインドバレットが破裂した気がする。
あれも魔術だよな。それについても教えてもらいたいところだ。
「何か場違いな気もするけど、オイラで良ければ協力するニャ」
(頼むで! 取りあえず、最初は基本から説明しよか。魔術を構成する要素からや)
そう言うと、フロゲルは迷うことなく俺の目を見ている。
(じゃあ、マスターに魔術を構成する要素、三つ答えてもらおか)
魔術を構成する要素?
答えられないと思って俺を当てたつもりだろうが、それなら分かるぞ。
「魔術のスキル、術式、発動の鍵だ!」
(何や、つまらんな……流石にそれぐらいは知っとったか)
ふはは……甘いわ! それ以外は何にも知らんけどな!
(じゃあ、魔術の属性は何があると思う?)
「属性? 火、水、風、土……かな」
あっ、フロゲルがゲコゲコ言っている。
くそっ、間違えたか……。
(いんや、それがワシも知らんのや。今、マスターが言った四つの属性はあっとる。でも、ワシには他にも何かある気がする。何か、こう……別の属性がな?)
別の属性? 光と闇とかじゃないのか?
(コテっちゃんは人間の国を行き来するんやろ? 何か知らんか?)
「コ、コテっちゃん? ……うーん、申し訳ないけど、聞いたことが無いニャ」
「光とか闇はどうだ? それっぽくないか?」
「それっぽいとか言われてもニャア……」
(まあ、ワシの気のせいかもしらんからな。今のは忘れてくれても構わん。そんじゃ、次行こか)
忘れろって言われても……気になって仕方無い。
当のフロゲルは、本当に気にせず話を進めるつもりのようだ。
(次は術式やな)
「ほうほう術式か……で、術式って結局のところ何なんだ?」
フロゲルは、ぱちくりと瞬きをして俺を見つめている。
所謂、「何、言ってんだ? こいつ」という顔だ。
(逆に聞くけど、お前はどうやって魔術を使っとんのや?)
「あっ、それ聞きたいニャ! 旦那は詠唱してるように見えないからニャ!」
(何やて? マスターは『詠唱破棄』があるんか?)
二人は何か興奮してるけど、『詠唱破棄』って何だ?
(それも知らんのか……『詠唱破棄』っちゅうんは術式を省略できるスキルでな、魔力さえ足りれば魔術が連射できるんやで? 魔術を使うもんは喉から手が出るぐらい欲しいスキルや)
何それ、欲しい! ……って言うか、フロゲルは俺が持ってると思ってるのか?
「俺も『詠唱破棄』なんて持ってないぞ」
「じゃあ、旦那はどうやって詠唱無しで魔術を使ってるニャ?」
どうやってって言われても、『創造』と接続してるんだっけ? 俺にもよく分からん。
〈マスターは術式を『創造』で代用しているため、スキルと発動の鍵のみで魔術を発動しています〉
支援者が噛み砕いて説明してくれた……のか? 俺にはまだ分からん。
しかし、フロゲルとコテツ、ランディもアーキィも理解したようだ。
何で、今ので分かるんだ?
「つまり、旦那は術式で組み立てる魔術のイメージを、元々持ってるスキルで代用してるってことかニャ?」
(そうやな、術式は魔術を形作る儀式みたいなもんや。ちょっと出鱈目な気もするけど、できてるんが証拠なんやろな)
「マスターならばできないことはありません」
「然り」
後半はデジャブだ。
お前らはノアとキバか? あいつらと同じこと言ってる。
どうでも良いので無視しとこう。そんなことより――
「いい加減、術式を説明してくれよー。俺だけ分からんって悔しいだろ!」
「子供みたいなこと言ってるニャ……」
見た目は子供だから良いだろ。
(自分で凄いことしとる自覚が無いっちゅうのも問題やな。ええか? 術式っちゅうのは各属性の魔術スキルで練り上げた魔力を形作る工程なんや。一言で術式って言うても色々ある。言葉だけちゃうで? ワシらトードマンは言葉を失っても、魔術を使えるんやからな)
そう言うと、フロゲルは両手を合わせ、ゲコゲコ鳴き出した。
それに呼応するように、フロゲルの目の前に水の塊が現れる。
何処からどう見ても立派な化け蛙だ。
……んげっ! ちょっと待て! 俺に向かって撃つつもりか!?
(アクアバレット!)
「――ぶふっ!」
フロゲルの放ったアクアバレットは、俺の顔面にヒットした。
威力は無い。バケツの水を顔面にぶっかけられた程度のものだ。
(誰が化け蛙や。で、どうや? 今のがトードマン流の術式や。言葉じゃなくても問題無いのが分かったな?)
トードマンはゲコゲコ鳴く。そう言えば、アクアリザードも喉を鳴らしていたな。
フロゲルの言うとおり、術式は一つに限らないのかもしれない。
「コテツは『風魔術』を使う時、何かしてなかったか? 『ニャ!』で爆発しただろ?」
「あれは各属性のバレットが持つ特性を発動させたニャ」
「特性?」
「ファイアーバレットなら当たった場所を燃え上がらせる。アクアバレットなら溜めて大きくできるニャ。ストーンバレットは形を変えられるはずだし、ウインドバレットは任意のタイミングで弾けさせられるニャ」
凄いな! アクアバレットはコテツに教えてもらって大きくできたけど、ストーンバレットにも形を変えるなんてことができるのか、今度やってみよ!
……といかんいかん、コテツの話はまだ続いてた。
「特性の話はもう良いかニャ? 術式の話を補足させてもらうと、ヤパンでも色んな術式で同じ魔術を使っていたニャ。文字や魔法陣、踊りや楽器なんかも聞いたことあるニャ」
ほほう……前者はイメージできるけど、後者はイメージできんな。
踊りや楽器? ゲームなら踊り子や吟遊詩人みたいなのが魔術を使えるってことなのか?
ちょっと見てみたい。
〈マスター……また脱線しています〉
(じゃあ、説明の纏めをお願いします。支援者さん)
〈……了解。マスターが理解しやすいように算数で例えます。発動の鍵が求める解であるならば、解を求める式が必ず同じとは限りません。式については各人の得意とするもので構わないということです〉
呆れられた上に、算数ですか……。
でも何となくイメージができてきたぞ。
(つまり、『5』を求めるために、『1+4』でも『1✕5』でも大丈夫みたいな?)
〈肯定〉
よっしゃあ! 支援者が説明してくれると分かりやすい!
いつもこれぐらい丁寧に教えてくれたら良いのに。
〈いつもしています〉
はい、俺の理解力が足りてないだけでした。
それはさておき、お次は新しい術を覚える方法が気になるな。
「じゃあ、新しい術式と発動の鍵を覚えるにはどうしたら良いんだ?」
(あー……それなぁ。ワシはトードマンにやったら教えれるけど、他の種族には教えれるかな? これはワシにも分からんわ。魔術を使える種族は生まれつきある程度の術式は組めるし、同じ種族にも教えれる。やけど、違う種族には試したこと無いからな……)
残念。フロゲルはお手上げのようだ。
なら、コテツは?
「オイラみたいに言葉で術式を組むなら、誰かに教授してもらえば覚えることができるニャ。でも、それでも時間が掛かるニャ。人によって、言葉に対するイメージが違うから、同じ言葉で同じ結果になるまで延々と修行が続くことになるニャ。あとは魔術書でコツコツ勉強するかぐらいニャ」
師匠の下で修行する……。
如何にも魔術っぽいけど、何か面倒臭そうだな。
それだったら魔術書っていうのを手に入れた方が簡単そうだ。
「コテツ、魔術書って何処で手に入るんだ?」
「ヤパンに行けば売ってるニャ。でも、凄く高いニャ。オイラは買おうとも思わないニャ」
ヤパンに行きたい理由が増えた。
金についてはその時に考えよう。
それよりも、フロゲルは講義を進めたくて仕方が無いって顔してるしな。
(最後は発動の鍵の話にするで。術式で練ったイメージを固定概念にして発現させるのが発動の鍵や。結局、これが無いと魔術にならんのやからな)
「そうニャ。どんな術式であっても、最後は放つ者の意思が必要ニャ。その意思こそが発動の鍵なんだニャ」
最後の締めは息ぴったりだ。
コテツの言葉で発動の鍵はすんなりと理解できたぞ。
鍵と言われるのに相応しい理由だな。
そして、発動の鍵と言えば俺の『分解』だ。
フロゲルの『水魔術』を『分解』させてもらえば、俺は簡単に新しい魔術を手に入れられる。
「なあ、フロゲル。ちょっと『水魔術』を――」
(あかんで。マスターの考えとることは分かっとる。楽に力を手に入れられるのはええんやけど、お前は力の扱いが未熟なんや。今できることを身に付けてない以上、不必要に新しい力をくれてやることはできん。いくら頼まれてもな)
いつになく真剣な眼差しのフロゲルに対し、俺は言葉を失った。
昨日、『分解』は邪道だと感じたばかりなのに、俺はズルをしようとしていたみたいだ。
「ごめん、俺の悪い癖だ。ついつい楽しようとしてしまう」
(自分を省みれるんやったら、ワシから言うことは無いな。まあ、焦らず、じっくり精進したらええ)
……
結局、今回の講習では、新しい魔術を覚えるには至らなかった。
しかし、魔術の成り立ちを理解できたのは良かった。
ランディとアーキィにとっても、ためになっただろう。
魔術書を手に入れたら、二人に新しい魔術を覚えてもらうのも面白いな。
それじゃあ、俺はこのあたりでお暇します。
午後の時間だけが俺の憩いの時間なのだ。
ちょっと遊びに行ってきます!
〈今日からは夜も訓練しますので、ほどほどに〉
何も聞こえない。支援者が何か言ってる気がするけど、きっと気のせいだ。
うん、そうに違いない。