第76話 コボルトとトードマンの顔合わせ
ぬおお……忙しかった……。
宴にする決めた後、フロゲルの頼みで各地に住んでいるトードマンを迎えに行くことになったのだ。
俺とキバだけでは場所も分からない上に、警戒されて話を聞いてもらえるわけがない。
そこでフロゲルも同行していたわけだが……とにかく場所が分かりにくかった。
森に流れる川沿いに集中して住んでいるのは助かった。
ただ、トードマンは隠れ住んでいることもあって、族長のフロゲルでも正確な場所を今ひとつ把握しきれていなかったのだ。
それで良いのか? 族長が……。
なんてことを言ってても仕方無い。
フロゲルの記憶を基に、虱つぶしに一箇所一箇所探し回ったおかげで、何とか森に住む全てのトードマンを集めることができた。
元大集落……アモルに集まってもらった頃には既に日は傾き、宴の準備も完了している。
今回の宴はアモルで行う。
コボルトとトードマンの顔合わせという意味合いが強いため、どうしても広い場所が必要となる。
そこで、復興作業で空き地が多くなっているアモルに白羽の矢が立ったというわけだ。
参集作業を終えた俺とフロゲルは、会場となる広場に置かれたテーブルの席に着いて談話していた。
「しかし、良かったのか? 今まで住んでいた場所を放棄してもらって……」
(気にせんでええって。湖を追われて以来、洞窟に隠れ住む生活を強いてしまってたけど、本来はお天道様の下で暮らしとったんや。これを機に元の生活に戻る方がええ。まあ、若いもんは洞窟で暮らすのが当たり前になってるかもしらんけどな。それでも、わざわざ苦しい生活する必要も無いやろ)
今回のトードマン参集にあたり、フロゲルは各地のトードマンに住処を放棄して集まるように指示していた。
俺は予想外の発言に驚いていたが、フロゲルの中では既に決定事項らしく、トードマン達も族長の言葉に異論を唱える者はいないようだ。皆戸惑うこと無く、指示に従っていた。
ふざけた態度を取るフロゲルも、同族からの支持は絶大なんだろう。
今もトードマン達が止めどなくフロゲルに挨拶に来ている。
公言はしていないが、俺もトードマンが住処を放棄することに賛成だ。
各地の洞窟を回って分かったのだが、トードマンの生活はコボルトを上回るほど困窮しており、着る物すら不足していたようだ。
小さなトードマン――恐らく、子供だろう――が服を着ずに洞窟内をとことこ歩く姿を見た時は、思わず言葉を失ってしまった。
何とかしてやりたい……率直にそう思ったのだ。
聞くところによると、トードマンには生産系のスキルを持つ者がおらず、複雑な道具の生産ができないらしい。原始的な技術しかないと言った方が分かりやすいだろう。
流石に裸で歩き回られるのはまずいので、急遽ではあるが支援者に頼んで服になりそうな物を『創造』してもらった。
なので各地を巡った際にそのままダンジョンに入ってもらい服を支給、そのままアモルに移動という流れで参集を進めていたのだ。
集まってもらったトードマンは全員で六百人……コボルトよりも少ないな。
「それで……住む場所はどうするんだ?」
(まあ、湖の周りに集落でも作ろうかな? 元々住んでた場所やし、役目を考えたらあそこが一番ええやろな)
「じゃあ、俺のダンジョンも近くに繋げておこうか? 何かあったらダンジョンに来れば良いし」
(そりゃあ助かるけど、何から何まで世話になんのも悪い気がするな)
「常時繋げっぱなしってわけにはいかないけど、基本的には繋げるようにするよ。入口の余りがあと一つしかないしな」
(しっかし凄いスキルやな! 『思念波』が霞んで見えるわ。ダンジョンって言うんやて? こんな能力があったらやりたい放題やんか)
やりたい放題……か。
やろうと思えばやれるんだろうけど、色々と制約もある。
使い勝手は抜群とまではいかない能力だ。
しかしそれでも他人が持っていたら恐ろしい力だ。
現に、魔窟は大災害を起こしかねない勢いだった。
今更ながら、この力を好き勝手に使うことは危険だと思っている。
「マスター様、お疲れ様でした。フロゲル殿も」
宴の準備を取り仕切ってくれていた長老が、俺達に声を掛けてきた。
「長老、申し訳ないな……結局、コボルトへの説明は長老に任せる形になってしまって……」
「いいえ、それが私の役割ですから。まあ、もうすぐそれも終わりそうですけども」
「えっ? 何でだ?」
「ふふ……私もそろそろ、長老を引退しようと思いますので」
「ええっ!?」
ちょっと待ってくれよ! このタイミングで纏め役に引退されたら俺が困る!
「私は長老を引退するつもりですが、仕事を放棄するつもりはありませんよ?」
「ん? つまり……どういうこと?」
「マスター様不在の間、支援者様とお話させていただいたのですが、後進の育成を担う者が必要ではないかと考えたのです」
後進の育成か……人口が増えれば、確かに必要だな。
「私の後任にはマックスを任命するつもりです」
「マックスか……うん、大丈夫だろうな。あいつは多分、嫌そうな顔するだろうけど、たまにはお返ししてやろうか」
(ほほう……面白そうやな。後進の育成か……ワシも一枚噛ませてもらってもええか?)
「フロゲルが?」
(フッフッフ……ワシ、こう見えて戦闘技術には自信あんねん。なんつっても、トードマンはワシが手塩に掛けて『格闘術』と『槍術』を叩き込んだからな! コボルトにも戦闘技術、教えたるで!」
確かにアモルに来たトードマン達は、デフォルトかと思うぐらいに『格闘術』と『槍術』のスキルを持っている。『水魔術』もあることだし、そこらの魔獣に遅れを取ることは無いだろう。
しかし、フロゲルの戦闘技術ね……。
『鑑定』した限り、強いのは知ってるが能力値だけが全てでは無いだろう。
誰かと腕試しをしてもらいたいところだ。
「マスター様、この度はお疲れ様でした」
噂をすれば何とやら。タイミング良く、マックスが現れた!
ここはマックスにフロゲルの相手をしてもらおうか。
(ん? 何や、この兄ちゃんと試合しろって言うんか?)
「おっ、俺の考えを読んでたか。マックスはコボルトの戦士の指導をしてるんだ。フロゲルの実力を、ちょっと見せてもらいたいなー……なんて」
「マスター様? それはどういうことですか?」
(ええよ。そこそこやるみたいやし、怪我はせんやろ)
よし! フロゲルはやる気のようだ。
席を立ち、開けた場所に向かって歩き出した。
「私にあの者と試合えと?」
「勝手に話を進めてしまったけど……断ろうか?」
「まさか……! かなりの手練と見受けました。是非とも手合わせ願いたい!」
うおお……! マックスもやる気になってる。
こんなワイルドな笑顔のマックスは初めてかも。
「獲物はどうしましょうか? 木剣に変えたほうがよろしいのでは?」
(いや……使い慣れたもんの方がええやろ? ワシは徒手格闘でやるけど、気にせんでええよ)
フロゲルは右手で来い来いと合図している。
何と言うか……フロゲルのくせに様になってる!
マックスも挑発に乗るようなことは無く、腰のショートソードを構えてフロゲルに正対している。
その表情は感情が読み取れないほど静かなものだ。
(ええね! トードマンの中でも、ここまで静かに気迫を感じさせるもんはおらん。あんたがさっき聞いたマックスゆうコボルトやな?)
「そのとおり、私の名はマックス。コボルトの戦士です」
(クックック……ますます気に入ったで! ワシはフロゲル。トードマンの族長や!)
お互いに構えたまま、自己紹介する二人。
アモルに集まったコボルトもトードマンも、二人の試合に見入っている。勿論、俺もその一人だ。
マックスの構えは、何度も見たことがある正眼の構え。柔軟に対応できる万能とも言える構えだ。
ただマックスの場合、ここから拳や蹴りが飛んでくるので剣にだけ注意を払うと痛い目に会う。
俺は体験済みだからよく知ってる。
フロゲルの構えは……拳法というよりも合気道っぽいな。
半身になりながら左手は胸元から少し離した位置で開手、右手は腰元で開手するように構えている。
腰は落とし気味だが、力んでいるというわけでもない。
俺みたいな素人では、そこからどう仕掛けてくるのか分からない。
正面に立つマックスも、得体の知れない構えに攻めあぐねているようだ。
ただ正対しているだけなのに、マックスの方が押されているように見える。
マックスもそれを感じているのか、眉間に皺が寄っていた。
フロゲルの方はというと……相変わらず余裕の表情だ。
(そんじゃあ、ちょっと行ってみよか)
フロゲルは一歩、足を踏み込んだ。
しかし、その動きは流れるように滑らかだ。
一瞬で間合いを詰め、腕を伸ばせばお互いに触れることのできる位置にまで接近している。
フロゲルの接近に、マックスは対応できて……いる!
俺がフロゲルの動きを目で追っている時に、マックスは既に迎え撃つ姿勢を作っていた。
マックスはフロゲルが懐に入る直前に、袈裟斬りの形で剣を振り下ろしていたのだ。
――ドスッ!
「ぐはっ……!」
地面に倒れ伏していたのは……マックスだ。
その隣でフロゲルがゲコゲコ笑いながら佇んでいる。
フロゲルはマックスの剣に掠らせることも許さず無傷のようだ。
誰の目から見ても、勝者はフロゲルだな。
しかし、何をしたのか全然分からなかった。
いや……見えていたけどよく分からないのだ。
接近したフロゲルが体を捻ったと思ったら、マックスが前に回転して地面に叩きつけられた……ような気がする。
〈肯定。フロゲルがマックスの側面に回り、剣を持つ手を掴んで投げ飛ばしました〉
うーむ……フロゲルがやったことは、やっぱり合気道か護身術みたいなものだったのか。
ひょっとしたら、自ら前に出ることでマックスの攻撃を誘ったのかもしれない。
マックスにはダメージが残っているのだろう。立ち上がるのも辛そうだ。
(凄いな! 初見で受け身が取れるとは大したもんや! 普通やったら、気絶してもおかしくないんやけどな!)
「ぐ……咄嗟に身を捩っただけです……」
(それでもやで? 分かってても、それすらできんのが普通なんやから)
俺だったら、その普通の方だろうな。
マックスには悪いが、これでフロゲルの実力は証明されてしまった。
フロゲルの自信は実力に裏付けられたものだということだ。
(どうや? ワシがコボルトにも稽古つけたるで?)
「むう……是非、お願いしたいところです」
マックスは苦痛に顔を歪めながらも、どこか嬉し気に答えている。
その表情を見れば、フロゲルの申し出を断るなんて野暮だろう。
「それじゃあ、フロゲルにコボルトの……いや、俺達も稽古をつけてもらおうかな?」
今の試合を見て改めて感じたが、俺ってやっぱり素人なんだよな。
フロゲルみたいな実力者が鍛えてくれるなら、この機会を利用しない手は無いだろう。
どうせなら、皆して鍛えてもらった方が良い。
「特にあいつは厳しくしてやってくれ」
お前のことだよ! 空気読まずに一人だけ肉食ってるビーク君!