第75話 お願いします、支援者さん
〈了解。先程、マスターに起きた現象について説明します〉
支援者は俺の要望に応えてくれるようだ。
その声は俺以外にも届いているらしく、フロゲルと長老も支援者の言葉を静かに待っていた。
〈マスターが先程『解析』を試みた『希望』……それは情報の結晶ともいえる物体でした。『希望』の有する情報量はあまりにも莫大であったため、『解析』によって得た情報は核の演算領域へ甚大な負荷を与えました。その結果、『化身』との接続が不安定となり、マスターの自我のみが切り離される事態となったのです。このままではマスターの自我に影響を与えると判断し、私の独断で『解析』を中断しました。勝手な判断をしたことについては謝罪いたします〉
うーむ……ということは、さっきの空間に支援者が現れなかったら、俺はやばかったかもしれない。
(むしろ、俺は礼を言わないといけないんじゃないか? 確かに意識が吹っ飛ぶぐらいのことが起きてたんだし、支援者は良い判断してくれたと思う)
〈……了解。続きを説明します〉
何となく、支援者がほっとしたような気がする。
〈先ほど『解析』した結果、判明したことは……ほとんどありません。『希望』には膨大な量の情報が存在していること、それを『解析』しようとすれば、その負荷にマスターが耐えきれないことだけが判明しています〉
(えーっと……それって、『解析』することが間違いだったってことか?)
〈否定。『解析』が最適解だと判断します〉
むむむ……方向性は正しい。けど、俺がショボすぎて答えに辿り着けないってことなのか……。
それじゃあ、どうしろと?
『希望』は俺の手に余る物体だったら、俺以外の奴が受け取るべきだったとでも言うのか?
ここまで来て、本当に相応しい人物の登場を待つのも悔しいな。
肝心の『希望』は『分解』してしまったわけだし……って、あれ?
俺の『収納』の中に、まだ『希望』が残っている。
『分解』する前と何も変わらない状態のままでだ。
〈マスターが『解析』できた情報は全体の1%にも達しておりません。すなわち、『分解』した量もそれに等しいものです〉
さっきので1%未満かよ……。
これは頑張ってどうにかなるものでもなさそうだ。
〈提案。私が『希望』を『解析』します。その場合、マスターの自我に影響を与えることは無いでしょう〉
(支援者が? それで何とかなるなら頼みたいけど、支援者は大丈夫なのか? 負担を一方的に引き受けるとか、そういうことは……)
〈必要以上の負担が掛からないように『解析』を調整しますので、心配無用です〉
『解析』って加減できるのか……。
支援者って、明らかに俺よりスキルの扱いが上手いよな。
(分かった。いつものことだけど、支援者に任せる。何か申し訳無いな)
〈それは言わないお約束です〉
たはは……ジョークで返されるようになったか。
ともかく、これで『希望』をどうするかは決定した。
「えっと……聞いてのとおりだけど、何か質問はあるか?」
(そうやな……『希望』が謎だらけなんは分かったし、さっきの……支援者さん? に任せんとどうにもならんっちゅうことは分かった)
「そうですね。どうやら、我々にはできることは無いようです」
コテツは完全に蚊帳の外になってるけど、フロゲルと長老が納得してくれたなら、あとは支援者の経過報告を待つことにしよう。
長老はできることは無いって言ってたけど、それは『希望』についてのことだけだ。
他にもやらないといけないことは山のようにある。
……
俺は会議室にノアやキバ、ビークに来てもらった。
ついでだし、このまま簡易的な会議をすることにしたのだ。
参加者が揃ったところで、フロゲルの紹介からだな。
「じゃあ、改めて紹介するぞ。トードマンの族長、フロゲルだ」
(なんや、こういうの久し振り過ぎて恥ずかしいな。えーっと……ただいま、紹介に預かったフロゲルや、ピッチピチの百九十歳やで!)
また、そのネタか。誰も受けてないぞ。
(っていう冗談はここまでにしといて、先に言わなあかんことがあったな)
そう言うと、フロゲルは俺に正対し、真剣な面持ちで俺の目を見つめている。
(マスター殿、トードマン族長として同胞の仇を討ってもらったことを感謝します)
唐突に頭を下げるフロゲルに、俺は面食らってしまった。
言われるまで忘れていたが、エレクトロードパイソンは湖に住んでいたトードマンを虐殺していた。
フロゲルにとってはまさに仇敵なのだ。
成り行きとはいえ、エレクトロードパイソンを仕留めた俺にトードマンの長として、礼節を持って感謝の意を表明してくれていた。
「頭を上げてくれ。俺の方こそ礼を言わないといけない。ずっと『希望』を守り続けてくれてたんだからな」
(ほんま、ありがとうな!)
頭を上げたフロゲルは、笑顔で右手を差し出している。
どうやら握手を求めているようだ。
俺は思い切ってフロゲルの右手を掴むと、フロゲルも力強く握り返してくれた。
こんな気持ちのこもった握手は初めてじゃないか?
俺は自然と笑顔になっていたようだ。
そして、フロゲルは俺の右手を握ったまま宣言した。
(ワシらトードマンは、あんたらと生きることに決めたで! ええよな?)
フロゲルの右手に一層力が込められている。
絶対逃さんと言わんばかりだ。っていうか、こいつ握力どんだけあるんだ? クソいてえ!
「分かった! 分かったから、そんなに強く握るなって!」
(言質取った! そんなわけでコボルトの皆さんも、マスターの部下さん達もよろしくな!)
握手って、この世界じゃ力技で相手に承諾させる手段なのか?
あー……痛かった。俺も誰かに頼む時は、この方法使おうかな……。
俺は痛む右手をさすりながら、情報の擦り合わせを行うことにした。
俺達からは、ヘルブストの森で起きていた魔窟の脅威について。
フロゲルからは、『希望』と呼ばれた箱を手に入れた経緯について。
ついで……というわけではないが、俺のダンジョンとしての能力も改めて説明しておいた。
何かする度に、いちいち説明を求められるのも面倒だしな。
フロゲルはトードマンの族長ということで、俺がダンジョンそのものであることも説明した。
やはり、初対面から何かを感じていたらしく、驚いたというよりは合点がいったという様子だ。
俺がダンジョンということを知らなかったコテツの方が驚いていたけど、それはまあ良いか。
説明の後、俺はフロゲルの頼みでエレクトロードパイソンの躯を『収納』から取り出すことにした。
それには会議室はあまりに狭すぎる。俺達は大広間に移動していた。
大広間の一角がエレクトロードパイソンの体で埋め尽くされると、集まっていた者達から驚嘆の声が上がる。
湖の悪魔と称され、伝承されるほどに恐れられていたのだ。
今日、この時に初めて目の当たりにした者がほとんどだった。
コボルトの長老であっても、目を大きく見開いてエレクトロードパイソンに見入っていた。
「これが湖の悪魔……。失礼ですが、本当にマスター様がお一人で?」
「いや、俺じゃなくて支援者が、だな」
『鑑定』できる長老からしたら、エレクトロードパイソンを倒せる力は俺には無いと見抜けるだろう。
隠すつもりなんて毛頭無い。人の手柄を取る奴は最低だ。
俺は素直に白状しておいた。
『収納』から出したついでに、そのまま解体してもらうことにしよう。
肉を食うのは気が引けるが、鱗や皮、体液など使える素材は多そうだ。
特に、弾丸として発射してきた角や背中の突起は、武器にも利用できるかもな。
「フロゲルは、こいつをどうしたい? 何か希望はあるのか?」
(いや、こうやって仇の亡骸を拝めただけで十分や。これでトードマン本来の役目を果たせるんやしな)
「本来の役目?)
(そうやで。トードマンが水の神獣様から与えられた役目は二つ、西に広がる海からの敵を警戒することとモルゲンの湖を守ることや。まあ、レーベンの壁があるおかげで、海よりも湖を守ることが主になってるけどな)
「長老が言っていた使命ってやつか。湖がモルゲンって言う名前なのは初耳だけど」
〈それでは、地図に湖の名称を表記します〉
支援者の言葉とともに、会議室に備え付けられていた地図が大広間の壁に移し替えられた。
地図には既に『モルゲンの湖』と書き記されている。
よく見ると、今回の作戦で判明した地域も書き足してくれているようだ。
それを見たフロゲルが感嘆の声を上げている。
(凄いな……。森を把握するために作ってんのか?)
「そうなんだ。トードマンにも協力してもらえると助かるんだけど」
(ええで! 何や、面白くなってきたな! ワシの仲間を呼んでもええか? 今回の件も教えたらなあかんしな!)
「そうだな……じゃあ、コボルトとトードマンが仲間になったってことで、宴でもするか! そう言えば、フロゲルはトードマン秘蔵の美味い物を食わせてくれるって言ってたよな?」
(覚えとったんか! よっしゃ! すぐ用意したるわ!)
トードマン秘蔵か……どんな食べ物が出るんだろうか。ちょっと楽しみだ。