幕間 ―???編 密会―
物言わぬ人形に案内されて、私は一つの部屋に入る。
煌びやかな装飾が施された調度品の数々、壁には高名な画家が描いたであろう絵画が飾られている。
私と彼が顔を合わすのは、決まってこの応接室なのだ。
真紅の絨毯の上には、テーブルを挟んで一人掛けのソファが二つ。
私は片方のソファに腰掛ける。
気分的に……上座にしておこう。
私がソファに腰掛けると、目の前のテーブルに白いカップが現れる。
中身は……紅茶だ。
カップから立ち上る香りが芳しい。
この屋敷の主であり、今日、私を呼びつけた男の能力……。
私が座ると同時に『創造』するようにしていると言っていたな。
あの男の顔を思い出すと気分が悪いが、せっかく用意してくれたのだ。いただくとしよう。
……甘い香り。これは乾燥させたフローティアの花から作られたお茶なのだろう。
「へえ……君のそんな顔は、初めて見たかもしれないね」
紅茶の香りに気を取られ、男の気配に気付かなかったようだ。
この屋敷の主が、音も無く姿を現した。
私とテーブルを挟んだ正面のソファに腰掛けている。
男は一見すると何処にでもいそうな二十代の優男、その顔には人当たりの良さそうな笑顔が貼り付いている。
いや……この笑顔は私の裏をかいたことによる、喜色の笑みだ。
迂闊だった。
懐かしい記憶を呼び起こす香りにつられ、私は自然と口角が上がっていた。
まさか、このような恥態を晒すことになろうとは……。
屈辱を表に出さないよう振る舞う私をよそに、男は指をパチンと鳴らした。
次の瞬間、私と男を囲むドーム状の黒い障壁が現れる。
「君との話は聞かれるわけにはいかないからね。念のために防音させてもらったよ」
いつものことだ。
この屋敷に、人と呼べる存在は一人もいない。
屋敷を徘徊するのは、男が『創造』した人形だけ。
ある時は番兵として、ある時は召使いとして働く心を持たない人形達……。
そんな人形に聞かれたとしても、口外されることなど無いだろう。
それでも、この男は万全を期す。
神経質とも取れる性格によって、男は長い年月を生き延びてきたのだ。
「それで……どういった用件でしょうか?」
私は屋敷に呼ばれた理由を尋ねた。
この男が私を呼ぶ理由……心当たりがあるが、私は存ぜぬ態度を取ることにした。
「せっかちだね。久しぶりに会えたのに、もう本題かい? 積もる話もあるだろうに」
「私にはありません」
「やれやれ……」
男は両肩を竦め、仕方無いといった様子で口を開く。
「実はね、核を一つ駄目にしてしまったみたいなんだ」
「みたい? ……確認はしてないのですか?」
「ああ、例の森の適当な洞窟に放り込んだだけだからね。細かい場所なんて覚えてないよ」
まるで、取るに足らないことと言わんばかりだ。
核とは魔力を凝縮した結晶であり、魔石とは比較にならない魔素を内包している。
一つの核を『創造』するのに、膨大な魔力と五十年以上の月日が掛かるはず。
それほど貴重な核を、この男は適当な洞窟に放り込んだと言い放った。
「これに関しては、僕も戯れが過ぎたと反省せざるを得ないね」
「とても反省しているようには見えませんが?」
「これでもしてるんだよ? 核には転生者の魂も『付与』したんだしね。勿体無いことをしたと思ってるさ」
「そうですか。それと私を呼びつけたことに、何の関係があるのでしょうか?」
「ははっ、関係なんか無いよ。でも、気になるだろ? いくら下らない魂とはいえ、転生者の自我を持った魔窟が破壊されたんだ。誰の仕業なのか調べる必要がある」
私にとっては調べるまでも無いのだけど……。
まあ、適当に話を合わせておくとしよう。
「エルフでは? あの森にはエルフが住んでいます。エルフ以外に考えようが無いかと思います」
「まあ……十中八九、エルフの仕業だろうね。魔人や魔獣では魔窟を破壊する方法なんて無いだろうし。人間の可能性も無いだろうね。核に取り込んだ彼が、運悪くエルフに見つかったと考えるのが自然かな。そうだとしたら、エルフにも被害がでてるはずだよ。オウルベアとはいえ、特殊個体もいたんだし、切り札も与えておいた」
切り札……核を暴走させる悪趣味なものだ。
この男は、それを切り札と笑いながら話している。
私は決して顔には出さないが、男の発言に嫌悪感を感じていた。
気分が良いのか、男はさらに続けている。
「しかし、無造作に選んだ魂が特殊個体を『成形』できるとは思わなかったよ。『創造』の下位スキルなのにね。そこだけは評価しても良かったかな? うん、やっぱり僕は反省すべきだ」
やはり反省の色は見られない。
それどころか、嬉し気ですらある。
ともかく、私はこのままこの男の与太話に付き合うつもりは無い。
「それでは、私に核を破壊した者を探せと言うのですね? 方法はどうしましょうか?」
「ああ、それは任せるよ。君が直接赴いても良いし、ヤパンの獣人あたりをけしかけても良い。面倒なら森の生物を皆殺しにしてくれても構わないよ」
この男の顔を見ているだけで、胸の中で何かが渦巻いていく。
不快な気持ちを抑え込むためにも、この話はさっさと切り上げることにしよう。
「分かりました。森の近くの街で適当な者を見繕います。適任者がいなければ、私が直接向かいます」
男は狂気じみた笑顔から、元の人当たりの良さそうな青年の顔に戻して私に答えた。
「うん、任せるよ。君ならエルフに遭遇しても問題無いだろうし。むしろ、エルフを生け捕りにして欲しいぐらいだ。奴らは面白い実験の材料になりそうだしね」
「……生け捕りが困難だと感じたら、速やかに排除します」
この男の趣味に使われるぐらいなら、死んだ方がマシだろう。
生きていることが苦になるぐらいなら……私が楽にしてやる。
「うーん……仕方無いね。君の安全の方が大事かな」
「そうですか。話は以上ですね? それでは、私は失礼します」
「あらら、ちょっと待ってよ」
そう言うと、男は立ち上がり私の背後に回ってきた。
不快なことに私の体を抱え込むように腕を伸ばしている。
……やめてもらいたい。
「君の安全が大事って言うのは本当のことさ。僕達は長い付き合いなんだしね。それこそ、家族だと思ってるぐらいさ」
やめろ。
「君がさっき言っていた、森の近くの街って……あそこのことかな?」
「あそこ?」
「おっと、君でも分からないことがあるのかな? どうしようかな……? 教えないでおこうかな?」
……。
「教えていただかなくて結構です」
「冗談だよ、怒らないでくれ。森の近くの街と言えば、カラカルが思い浮かんでね」
カラカル……私が向かおうと考えている街の名前だ。
「カラカルには僕の部下が潜んでいるんだ。近々、祭りを開く予定でね。だから君が訪れるなら、巻き込まないようにして欲しいんだ」
「巻き込まれる、ではなくて?」
「君は巻き込まれても問題無いだろ? 僕は部下を心配してるんだよ」
この男が心配してるのは祭りの方だろう。
どのような祭りかは知らないが、大方の想像がつく。
「最近、良い材料も手に入らないし、困ってたんだよ。それならいっそのこと、邪魔してくれてる原因を排除しながら材料も手に入れよう……ってね。後のことを考えると、カラカルを橋頭堡に森を攻めるのも面白いね。先の失敗が無ければ森から徐々に侵食もできたけど、順番が逆になっただけさ」
なるほど……しかし、思うように上手くいくだろうか?
男は望むままに事が進むと信じているが、既にイレギュラーは発生している。
この男はまだ知らないのだ。
「何だい? 君も嬉しそうだね?」
「そんなことはありません」
いけない。また顔に出ていたようだ。
万が一にも、この男に向けて笑顔を浮かべたなどと思われたくはない。
「話は以上ですね? 私はすぐにでも準備に取り掛かりますので、失礼します」
「本当につれないね、君は」
男の両腕を払い除けて、私は席を立った。
黒い障壁をすり抜け、そのまま部屋をあとにする。
部屋を出る時に見た男の顔は、優男でもなく子供のような無邪気な笑顔だったが……私は知っている。
この笑顔によって、どれだけの生物の命が散らされてきたかを。
屋敷を出れば周囲には誰もいない。
私は重要な仕事をする前に、必ず行う呪いがある。
首から吊り下げたペンダントを額に当て、私は祈る……。
(お父さん、お母さん、必ず自由にしますから)
今まで何度も繰り返した誓いを胸に、私は歩き出す。
向かう先はカラカル。
運命の交差する場所へ……。