第71話 湖の悪魔 作戦会議
ダンジョンに入った俺達は、エレクトロードパイソンに対抗するための作戦会議を行っている。
俺達のことは、向こうにはまだ気付かれていない。
ダンジョンの入口を切り離してしまえば襲われることもない。
このアドバンテージを活かして、奴に目にもの見せてやるのだ。
「しかし、作戦と言っても、あいつに弱点なんてあるのか?」
(無いな! あったら、とっくの昔に反撃しとるわ!)
「だよな……」
はい、いきなり手詰まり感が露わになりました。
俺は『鑑定』した結果、接近戦は駄目、遠距離攻撃も有効じゃないと判断した。
状態異常を使った搦め手も、『状態異常耐性』のせいで決定打にならないだろう。
そして、極めつけはフロゲル絶賛のあの巨体だ。
あいつの前では、キバやビークでさえ丸呑みにされかねない。
『鑑定』が無くても実力差を感じているのか、キバは無言で俯いている。
(な? ワシが言ったとおりやろ?)
「まあ、そうなんだけど……ドヤ顔してる場合じゃないだろ」
フロゲルは開き直ってるが、エレクトロードパイソンの対処は前向きに検討しなければいけないと思う。
なぜなら――
「魔の攻勢って、魔獣が凶暴になるんだよな?」
(お、おお……そうやで。もしかして、気付いた?)
「じゃあ、フロゲルも気付いてたのか」
つまり、このまま放っておけば、今は湖で寛いでるエレクトロードパイソンも、魔の攻勢が始まると暴れ出す可能性があるのだ。
凶暴化したエレクトロードパイソン……虐殺者の称号に見合った働きをしてくれるだろう。
そうなった場合、森に住む獣人に甚大な被害を出すのは明らかだ。
今回は放置したとしても、問題の先送りに他ならない。
俺の考えを感知しているのか、フロゲルもキバ同様、俯いてしまっている。
前向きな意見……誰か、発案してくれないかな……。
「あれ? マスター、何してるんスか?」
ビークだ。
ダンジョンの本格始動までは暇人のビークが、大広間から顔を覗かせている。
同僚のランディとアーキィも一緒のようだな。ちょうど良い、三人寄れば文殊の知恵と言うし、作戦会議に参加させてみようか。
……
「ふーん、大変ッスね」
失敗した。ビークめ、こいつ他人事だ。
説明した時間を無駄にしたかもしれん。
ランディとアーキィは真面目に考えてくれてるってのに……!
「動きを止める方法を考えるべき」
(いやいや、あのでかさを拘束するのは至難の業や。蛇やし、縛るとかはできへんやろうな)
「魔術は有効なのですか?」
(いや……ワシは『水魔術』を使えるけど、あいつに効くとは思えへん。あんたも『水魔術』使えるみたいやな?)
「はい、アクアバレットだけですが」
(そうかそうか、時間があったらワシの『水魔術』を見せたってもええんやけどな)
「アーキィだけ、ずるい」
蜥蜴と蛙が話し合う姿は、何とも珍妙だ。
見様によってはメルヘンチックとも言える。
フロゲルも俺の眷属に対して全く警戒せずに接しているし、何なら意気投合しそうなぐらいだ。
それでも妙案は浮かばない。と言うか、脱線してる気がする。
「あの……ちょっと良いッスか?」
「ん?」
「さっきから聞いてたら、そのエレクトロードパイソン? を倒すような話みたいッスけど、何でなんスか?」
こ、こいつ……聞いてなかったのか?
「ああ、違うッス! 間違えたッス! 何か取りに行くんスよね? だったら、そいつを誘き寄せてる間に取りに行けば、別に倒す必要なんて無いんじゃないッスか?」
――!!
全員が一斉にビークの方を向く。
俺も含めて、誰も気付いてなかったようだ。
その顔は冷水をぶっかけられたように、目を見開いている。多分、俺も同じ顔だろう。
確かにビークの言うとおりだ。
俺達の思考は魔獣=倒す、みたいな固定観念に囚われていたのかもしれない。
一見、馬鹿っぽいビークが妙案を叩き出したのは悔しいが、この案は候補として挙げても良いと思う。
フロゲルも一本取られたことにゲコゲコ笑っている……んだよな?
「じゃあ、どうやって奴の気を引くか考えようか」
とは言っても、俺の中で答えは出ているんだけどな。
囮役は前回もやった。まさに『囮』を使って。
今回も、その作戦でいこうと思う。
「キバ、今回はキバの背中に乗せてもらって良いか? かなり危険だけど」
「その役目、是非とも我に!」
今回はルズでは駄目だ。
エレクトロードパイソンの敏捷は進化したキバでも振り切れるか分からない。
戦闘になる可能性があるなら尚更だ。
勿論、戦闘するつもりなんて微塵も無いけどな。
あとは、件の箱とやらを回収する係を決めないといけないのだが……。
(分かっとるって。それはワシが行く)
「良いのか?」
(当たり前や。そもそも、ワシが湖に置いてこんかったら良かっただけの話やったんや。それに、他の奴はどんな形の物かも知らんのやしな。ワシやったら見たら分かるし、何処らへんにあるかも分かる。これはもう、ワシしかおらんやろ)
これで役割は決まったな。
「自分達は何かした方が良いッスか?」
ビークは間の抜けたことを言い出したが、ビークにやってもらうことは……無いな。
むしろ、手を出されると被害が大きくなるかもしれない。
それはランディとアーキィも同じことだ。
こいつらは作戦に参加させないことにした。
「本当にヤバくなったらダンジョンに逃げ込むから、大広間からこっちには来ないでくれよ」
「分かったッス。大広間で誰も入らないように見張ってるッス」
あとは何を準備するか……。
〈キバに『付与』を推奨します〉
(うおお! 何や何や!?)
フロゲルが支援者の声に驚いている。
見ていて痛快なほどの慌てっぷりだ。
「今の声は支援者だ。声しか聞こえないけど、ちゃんと存在してるから」
(おお……そうなんか。ビックリして何か出そうになったわ)
フロゲルの世迷い事は放置するとして……。
(何を『付与』すれば良いんだ?)
〈スキル『逃走強化』と『脚力強化』です〉
あったな。今回の作戦におあつらえ向きだ。
じゃあ、早速『付与』するとしよう。
「キバ、『逃走強化』と『脚力強化』を『付与』するから、じっとしてろよ」
「と、逃走ですか……」
不服そうだ。
まあ、如何にも逃げますってスキルだしな。キバには恥ずかしいのかもしれない。
尻尾もしゅんとなって、哀愁漂う姿となっている。
それでも、万全を期すためには必要だ。
「マスターがそう仰るなら……」
「後で違うスキルに変えてやるから」
「キバだけ良いなー」
うっさい! 子供か、お前は!
俺はビークにイラッとしながらも、キバを宥めてスキルを『付与』した。
ここまで準備すれば大丈夫かな?
結局、エレクトロードパイソンの討伐については後回しになってしまうが、チャンスは今回に限ったものではない。
万全を期して挑む方が良いだろう。
「じゃあ、最後に作戦を整理するぞ」
とは言っても、やることは単純。俺とキバが陽動、その隙にフロゲルが件の箱を回収する。
端的に言うと、それだけのことだ。
言葉にすると簡単なんだけど、実行するとなると上手くいけるかどうか……。
いや、弱気は駄目だ。
絶対成功させる。この気概が大事なのだ。
(この作戦が上手くいったら、パーッと宴でもしよか? トードマン秘蔵の美味いモン食わしたるで)
コラ! それ、フラグ立つやつだ!