第70話 湖の悪魔 偵察
(本気で言ってんのか?)
フロゲルは真剣な表情で俺に返す。
今の今まで頭を抱えて困った様子だったのに、その変化は凄まじい。
でも、俺も本気だ。
(ああ、俺に渡す物が何か知らんが、大事な物なんだろ? 『呪い』についても気になるし、できることはやっておいた方が良さそうだ。だから、まずはその悪魔を見てみたい。対策はそれから考えよう)
(そうか……)
フロゲルは目を閉じて、何か思案しているようだ。
(確かに……待ってるだけじゃ、あかんわな……。よっしゃ! 分かった! ワシが案内したるわ!)
「ゲコッ!?」
周りにいたトードマンが鳴き出した。
自分達の族長の決定に驚いているのだろう。
(お前ら心配すんな、見るだけや。あいつの恐ろしさはワシが一番知っとるからな)
「ゲ、ゲコ……」
「マスター様も無茶なさらないでください」
「分かってる。無茶するつもりは無いよ」
と言うか、いつも無茶するつもりなんて無いんだけどな。
まあ、遠くから見るだけなら危険は少ないだろう。俺には『遠視』もあることだし。
いざという時は、さっさとダンジョンに逃げてしまえば良い。
何も心配することは無いだろう。
「なあフロゲル、もう普通に話して良いか? そっちの方が楽なんだけど」
(ワシは考えてること分かるし、好きなように喋ってくれて構わへんで? 他に何も無ければ、行こうや)
「分かった……って、ここから遠いのか?」
(湖まで、一日ってとこやな。途中、どっかで夜営することになるけど、構わんやろ?)
一日で着く距離……キバに乗せてもらえば、すぐに着きそうだな。
「俺に移動の当てがある。取りあえず、外に行こうか」
(当て……?)
……
俺達はフロゲルに案内してもらい、洞窟の外に出た。
外は変わらず森の中、アモルからは、そう離れていない場所のようだ。
俺は手頃な地面に、ダンジョンの入口を繋げる。
(……何やこれ?)
「ん? 俺のダンジョン」
流石に百九十年生きてるフロゲルでも、これにはお目に掛かったことが無いようだ。
他のトードマンと同じように、目がダンジョンに釘付けになっている。
「マスター、お呼びでしょうか?」
入口からキバが現れた。
俺の考えを察した支援者が、先に呼んでいてくれたようだ。
手間が省けて助かる。
「キバ、今回も背中に乗せてもらいたいんだ」
「なんと……! 身に余る光栄です。さあどうぞ、我の背に」
キバは喜んで、背を低くしてくれている。
フロゲルは騒いでいるけど、何か問題でもあるのか?
(ちょ、ちょっと! どういうことや!? あんた、魔獣の配下がおるんか!?)
めんどくさい……けど、説明しないといけないか。
「こいつはキバ、俺の家族だ。背中に乗っても大丈夫だから、さあ行こう」
(何でそんなに、適当な説明すんねん……)
とか言いながらも、フロゲルは俺に倣ってキバの背に跨がっている。
順応性が高いようで何よりだな。
俺が合図を送ると、キバは軽やかに駆け出した。
進化したことで、以前より動きに無駄が無いように感じる。
それでも風圧はとんでもない。俺とフロゲルは身を屈めながらキバの背中にしがみつく。
(ぬおお……長生きしてるけど、狼の背中に乗ったんは初めてや……!)
(そうか、それは良かったな……!)
お互いに思念を送れるから、こんな状態でも会話ができる。
キバには予め、向かう方向を指示しているし、今のうちに質問してみようか。
(なあ、フロゲルは誰から指輪をもらったんだ?)
(おお、言ってなかったな。あれはワシが十歳ぐらいの時――)
(要点だけ頼む)
(何や、せっかちやな。人間や、人間からもらったんや)
(人間?)
ここにきて、人間が出てくるとは思わなかった。
(でもまあ……多分、普通の人間じゃないやろな)
(どういうところが?)
(全部や。大体、森の中に人間が来ること自体、珍しいんやで? そんでもって、トードマンのワシに指輪と伝言、それと変な箱を預けて去っていったんや。どう考えても普通じゃないやろ? 全身がローブで包まれてて姿は分からんかったけど……声を聞く限り、女やった。ワシの記憶は確かや、間違い無い……多分)
多分って何だよ。
しかし、俺としてはそんな得体の知れない奴からもらった物を、大事にしてるフロゲルも普通じゃないと思う。
いや、もしかすると、それを見極めてフロゲルに託したのか?
(そんで、『思念で話ができる者が来たら、さっきの伝言と箱を託してくれ』って言った後、目の前ですっと消えたんや。今にして考えても、ホンマに何者か分からん女やったな)
うーん……謎の女?
百八十年前なんだから、普通の人間だったら生きてるわけないだろうな。
そもそも、その女とやらの意図が分からん。
フロゲルの言う変な箱に、何かの手掛かりがあるのだろうか……。
(おっと、そろそろ湖が近いで。ちょっとスピード落としてもらってええか?)
フロゲルの思念に応えるように、キバは速度を落とす。
進路の側を流れていた川は、幅が広がり終端が近付いていることが見て取れた。
湖の悪魔とやらに見つかってしまうと本末転倒だ。俺達はキバから降りて、ここからは歩くことにした。
(いや、ホンマ早いな。見たこと無い狼の魔獣やし、森の魔獣違うんやろ?)
「我はマスターの下僕、有象無象とはわけが違う」
「二人共、警戒しろよ。湖が近いんだろ?」
(そうやった。ここから先はあいつのテリトリーや。気を付けな)
じゃあ、俺は『遠視』を使うとするか。
キバとフロゲルは『直感』や『万能感知』があるんだし、近くに気配があれば気が付くだろう。
俺は立ち止まった場所から湖を『遠視』する……。
視界がズームアップ……1キロ程離れた位置に湖が見える。
予想よりも大きな湖のようだ。
今の位置からでは河口近辺しか視認できず、湖の向こう側まで見えないな。
左右についても、森の木々が視界を阻んで細部までは見えない。
「慎重に近付くぞ」
川沿いに歩いて近付く。
周囲から魔獣の気配はまるでしない。
(ここらへんの魔獣は、あいつがおるせいで湖に近付かんのかもしれへんな)
「分かるのか?」
(いや……でも、五十年前は多少は魔獣が徘徊しとったんや。水場は生き物が集まるからな。それが今では、ワシの『万能感知』にも全く何も感じられへん。あいつの気配以外はな……)
「湖の悪魔の気配が感じるのか?」
(ああ、ビンビン感じてるで。ヤッバイ気配がするわ。間違いなく、この先にあいつがおる。嬉しくないけど、元気しとったみたいやな)
フロゲルから緊張していることが伝わってくる。
警戒を強めた方が良さそうだ。
ゆっくりと歩みを進めること、十分……。
『遠視』が無くても、湖が展望できる位置にまで来た。
河口付近ともなると森は開け、湖全体を見渡すことができる。
そして、俺は一匹の蛇を見つけた。
湖の畔で日光浴をするかのように、寝そべっている一匹の蛇。
フロゲルが恐れているとは思えない程に無防備な姿だ。
種族:魔獣・魔蛇、エレクトロードパイソン
称号:特殊個体、虐殺者
生命力:915 筋力:881 体力:1010 魔力:482 知性:241 敏捷:533 器用:337
スキル:温度感知、鱗硬化、発電、噴射、状態異常耐性、再生、耐圧、滑走、威圧
ユニークスキル:無呼吸
湖の悪魔……想像よりも遥かに化け物だ。
特殊個体なのは予想していたが、まさか、ここまでとは……。
見た目は蛇。ただし、大きさが異常だ。
近くに生えている木と比較してみると、胴の直径は2メートルを超えているだろう。
全長は何メートルあるんだ?
〈推定、30メートルです〉
……ありがとう。
とにかく、大きさ以外に普通の蛇と違う特徴といえば、頭と背中に生えている赤黒く艶のある突起物だ。
左右、対になるように頭から尻尾まで等間隔に生えているように見える。
これは多分、『発電』に関係しているのだろう。
トードマンの戦士が黒焦げになったのは、これが原因だと思う。
どれ程の電撃か知らないが、俺も近付けば同じ運命を辿ることになるだろうな。
(フロゲル……あいつが湖の悪魔なんだな?)
(そうや、あいつや。ワシが危ない言うのが分かったか?)
(ああ、正直嘗めてたよ。こんな化け物とは思わなかった。あいつを見てたら、オウルベアや魔窟が可愛く見える)
(あんたがどんな奴を相手にしてたか知らんけど、正面切って戦うのはアホのすることや)
フロゲルの言うとおりだ。
生半可な策では、奴に通用しないだろう。
俺達は作戦会議をするために、ダンジョンに撤退することにした。




