第67話 会議 ヤパンとの交流
「じゃあ、最後の議題だ」
会議も長くなると、だれてくるな……主に俺が。
しかし、俺にとっては最後の議題が本命なのだ。気合入れて行くぞ!
「薄々気付いている者もいると思うけど、俺は人間の国……ヤパンとの交流を持とうと思っている」
「……」
あれ? 反応無し?
もっと、こう……「そんなことできるか!」とか「ふざけるな!」とか反対の意見が飛び交うかと覚悟していたんだけどな……。
「マスター様が人間の国に興味がおありになること、交流を持たれようとしていることは、既に聞き及んでおりますよ。この場にいるコボルト……いえ、森に住むコボルトは、マスター様のお考えに反対する者などおりません」
長老は温かい微笑みを俺に向けてくれている。
もの凄く良い笑顔だが……俺には視界内で引き攣った顔をしているコボルト達のことが気になって仕方が無い。
マックスは口を手で抑えてくつくつと笑っているように見える。
俺の知らないところで何かあったのだろうか?
「ところで、マスター様……コボルトにとって、人間の存在は得体の知れないものなのです。よろしければ、人間の国に興味を持たれた経緯をお聞かせ願いますか?」
長老の言うことも、もっともだ。
協力してもらう以上、情報を共有するのは当然のことだ。断る理由も無い。
ただ、俺の前世が人間というのは伏しておこう。このタイミングだと混乱させる事態になり兼ねないからな。
「勿論だ。俺が人間の国と交流を持ちたい理由は色々あるけど、まずは技術の交流かな?」
技術と聞いて、コボルト達の耳が一斉に動いた。
やっぱり、コボルトは職人が多い。技術という言葉は聞き逃せないようだ。
「俺はレーベンの壁を作った人間の技術に興味があるし、魔導具にも興味がある。皆、見てみたくないか? 自分達の知らない技術がヤパンには存在するんだぞ? 俺は見てみたい」
誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。
構わず、俺は続ける。
「それだけじゃない。文化にも興味がある。衣、食、住……見たことも無いものの方が多いだろうな」
コボルト達は、各々が想像を膨らませているようだ。
興味深気に思案している。
ここで、最後の締めといこうか。
「俺はコボルトの技術はヤパンに負けていないんじゃないか、って思っている。まあ、実際に比べたわけじゃないけど、俺は皆の仕事ぶりにいつも驚かされているからな。あながち、間違っていないだろ?」
同意を求めてコテツを見る。
コテツも同じ考えのようだな。大きく頷いて、俺に続いた。
「旦那の言うとおりニャ。コボルトの技術はヤパンの職人に負けていない。それどころか、勝っているぐらいニャ!」
森とヤパンを往復するコテツの言葉には説得力があるな。
コボルト達は言われ慣れてない賛辞の声を耳にし、戸惑いながらも嬉し気である。
「だから俺は、コボルトの技術をヤパンにアピールして、コボルトは凄いってところを見せつけてやりたいんだ。もしかしたら、コボルトを見る目が変わるかもしれない。いや、変わる! 俺はそれを確信してるからヤパンと交流を持ちたいんだ!」
……我ながら、熱くなり過ぎた。
本音とは言え、言ってしまってから、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
「マスター様、ありがとうございます。そこまで仰っていただいて、我々が及び腰となるわけには参りません。コボルトの総力を以て、事に当たらせましょう!」
やる気になってもらえて何よりだな。
総力なんて……とも思ったが、コボルト達はウズウズした様子で目を輝かせている。
職人魂に火を点けてしまったようだ。
交流について、納得してもらえたなら、次はヤパンの説明をしないとな。
「と、言うわけでコテツ君の出番だ。ヤパンについて知っていることを教えてもらえないか?」
「覚悟しとけって、こういうことだったのかニャ? まあ、旦那がオイラの話に興味津々だった時から、こんな予感はしてたけどニャ」
呆れた様子ながらも、満更でも無さそうだ。
コテツは席を立ち、地図の前まで歩み出てきた。
……
ヤパン……正式名称、城塞王国ヤパン。
英雄王マキシマーがヘルブストの森を横断するように建設を指示したとされる、レーベンの壁の延長線上に位置する国。
城塞王国と言われる所以は、その見た目にある。
首都であるヤパンは森から続くレーベンの壁に囲れており、外敵の侵入を阻んでいる。
その堅牢さ故に、建国されてから百八十年の間、一度も魔獣の侵攻を許していない。
それは魔獣に限ったことではない。
ヤパンに害なす者と認識されれば、種族に関わらず、二度と足を踏み入れることは許されないとされている。
ヤパンの存在意義は、魔の侵入を阻むことが絶対。内部から綻びを生み出さないために、あえて厳しい処置を施しているという。
ヤパンの国土は、ドゥマン平原の南部とヘルブストの森の南東部までおよんでいる。
国を支える資源は、ドゥマン平原の豊穣な大地から得られる農作物であり、それが交易の要となっている。
ヤパンは、さらに南に位置する国……錬金国家イグリスとの交易を経て、魔導具や魔鋼製の武具などを手に入れているのだ。
錬金国家イグリスは国の食料自給率が低く、そのほとんどをヤパンからの輸入に頼っている。
豊富な農作物と、希少な魔導具の交易……お互いにとって、これほど有益な存在はいないのだろう。
ヤパンの統治態勢として特殊なところは、建国以来百八十年の間、国王が不在な点である。
絶対君主制でありながら、国王が代替わりしない。
それは、英雄王マキシマーがヤパンにとって唯一無二の王であり、その帰還を信じて疑わない国民の総意によるものだという。
では、その間は誰が政を担うのかというと、宰相が政治を取り仕切っている。
魔の攻勢以来、宰相の尽力によってヤパンの平穏が維持されているのだ。
そして、ヤパンを構成する国民の多くが獣人だ。
人間が約三割、残りがケットシー、パーン、ラビットマンで占められている。
コボルトについては、一割にも満たない。
少ないということ、能力が他の種族に比べて乏しいことが、コボルトの立場を低いものとしてしまっている……。
……
「こんなところかニャ?」
「あれ? 人間よりも獣人の方が多いのか?」
「そうニャ。英雄王マキシマーが人間だったこともあって、『人間の国』と呼ばれることも多いけど、代々、宰相はケットシーだし、あまり気にするところでも無いニャ」
城塞王国、錬金国家……気になる言葉は色々あるけど、一番聞きたいことは――
「コボルトって、奴隷にされたりするのか? あとは尻尾を狙われたりとか……」
「奴隷!? それは無いニャ! そんなことしたら国を追放されることになるニャ!」
「でも人間って、そういうことするんだろ?」
コテツは眉を顰めながら思案している。
その表情が変わること無く、口を開いた。
「もしかしたら、『テンプルム』の人間の情報とごっちゃになってるかもしれないニャ。人間の国はヤパンだけじゃなくて、テンプルムを指す言葉でもあるしニャ……」
「テンプルム?」
「人間至上主義を掲げる国ニャ。あっちは旦那の言うとおり、獣人を見つけたら、問答無用で襲いかかってくる危険な奴らニャ!」
つまり、俺が以前聞いた人間に関する情報は、そのテンプルムという国の凶行のことだったのか。
だとすると、ヤパンに住む人間に警戒する必要も無いのかもしれない。
「あっ、そうだ。さっき言ってた『イグリス』っていう国はどうなんだ? 交流が持てるなら持ちたいところなんだけど……」
「イグリスは無理だニャ。あっちは限られた商人にしか、入国が許可されていない国だからニャ」
それは残念だ。
魔導具や魔鋼製の武具……興味あったんだけどな。
ともあれ、ヤパンとの交流の懸念事項であった、人間の危険性が低いことが分かったなら、それで良しとしておこうか。
それだけでも大分、気が楽になる。
あとは誰が、いつ、ヤパンへ向かうか、ってところか。
「コテツはいつ頃、ヤパンに向けて旅立つ予定だ? それに合わせて、こっちも準備するから」
「オイラのことは気にしなくて良いニャ。ここは居心地が良いし、のんびり休ませてもらうから、旦那が出発したくなったら、その時に声を掛けてくれニャ」
「ん? 俺が行くって言ったっけ?」
「顔に書いてあるニャ。自分が行く気満々なくせにニャ」
コテツの言葉に同意するようにコボルト達が笑っている。
キバ、ビークも大きく頷いている。
ノアも……ぷるんと震えて、笑っているようだ。
俺って、そんなに自由人? いや、自由人だな。実際、好き勝手やってるし、公言もしてる。
コテツも、ああ言ってくれてるんだし、お言葉に甘えるとするか!
「コテツ、ありがとう。できるだけ急いで準備するから、それまで待っていてくれ! 頼りにさせてもらうからな!」
「分かったニャ! でも、長めの休暇が欲しいから、そんなに急がなくても良いニャ!」
ヤパンとの交流を成功させるためにも、明日から準備に取り掛かるとしようかな。




