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第65話 会議 地図を作ろう

 

「それじゃあ、会議を始めるとするか」


 俺の体を取り込もうとする玉座から抜け出し、皆の前に立つ。

 元々、俺が司会進行をするつもりだったのだ。

 ココが不服そうだが、知ったことではない。


「この場を借りて先日の慰霊式のお礼を言わせてもらうよ。皆、ありがとうな。おかげで上手くいったよ」


 皆は身を竦めるように謙遜しているが、俺の言葉は本音だ。

 お礼に続けて、皆に尋ねてみる。


「本題に入る前に、何か意見がある者はいるか?」


 すると、最前列からすらりとした手が上がった。


 ――長老だ。


「マスター様、報告したいことがあります」

「報告?」

「ええ、先日、マスター様から命じられた、コボルトに呼び掛ける件についてです。お気付きになられたかもしれませんが、既に各地のコボルトがこの地に移住を始めています」


 どうりで最近、見知らぬコボルトが多くなった気がしていたわけだ。

 この会議にもそんなコボルトが参加している。

 新参者であることを遠慮してか、隅っこの席に座って様子を窺っていた。

 事前に聞いていたかもしれないが、自分達の長老が俺のような子供に謙ってることが信じられないといった面持ちだ。表情に困惑と緊張が入り混じっているように見える。


「それで、どのぐらい集まりそうだ?」

「私が把握している集落が全て集まると、およそ千人はいるはずです」


 千人……多いのか、少ないのか分からん。

 既に集まってる人数と合わせると千五百人ぐらいということか。

 今のままだと住居が足りないことだけは、はっきりしている。

 それについても、今日の会議で話し合う必要がありそうだ。


 長老の他には特に意見も無さそうだし、本題に移ろうかな。


「それじゃあ、まずはこれを見てもらいたい」


 そう言って、俺は正面に位置する壁一面に、貼り付けるように板を『収納』から取り出す。

 その大きさは縦3メートル、横5メートルといった巨大な板だ。


 板の表面には絵が描いてある。

 染料を使って描いた絵。とは言っても、板の中心部分にしか描かれておらず、板の大きさに対して不釣り合いな大きさの絵だ。


 その絵についても、ほとんどが緑で塗りたくられ、そこに黄色い点が三つ。あとは、青の線が緑を横切るように描かれている。しかし、この絵は未完成。

 何故なら――


「俺は地図を作りたいと考えてるんだ」

「地図?」


 コボルト達の頭から、ハテナが浮かんで見える。

 長老ですら地図のことを知らないようだ。

 流石に行商をしていたコテツは知っているようだ。

 ヤパンにも地図があるのかもしれないな。


「旦那、地図って言っても、どうやって作る気ニャ?」

「そうだな……取りあえず、今の状態の説明からするぞ」


 俺は指示棒――って言っても、ただの木の棒なんだが――を取り出し、順番に黄色い点を指す。


「これは、俺達のいる場所だ」


 黄色い点は三つ、一つは最初に整備した集落で、次はグラティア、最後が大集落だ。

 位置と方角は、ほぼ正確。支援者(システム)に描いてもらったんだし、間違いない……多分。


 続いて、青い線を指す。これは川だ。

 スパッと切れているように描かれてるのは、単に知らないだけ。

 緑の部分がやたら多いのも、森が広がっているという推測で、暫定的に塗ってある。

 つまり、この絵は俺の行ったことがある場所を中心に描いてあるのだ。


 絵の上端の部分には、横一閃に黒い線が引いてある。

 これはヴェルトの壁。俺が最初にいた場所だ。

 随分と前の気がするが、一か月ちょっとしか経ってないんだな。こうして見ると、懐かしくなってきた。

 平原は無地のまま、そこまで色分けする必要も無いだろう。


「今はこんなところだ。ここから地図を広げて行く。皆でな」

「なるほど……。地図は土地を把握するためのものなのですね」


 長老のまとめに感嘆の声が上がる。

 説明としては十分みたいだ。

 次は方法なんだけど……。


「これについては、『方向感覚』を持つコボルトが中心になってもらう」


 『方向感覚』……ココが持っているのを端から見ていて便利だな、とは思っていたけど、クーシーから手に入れて分かった。これは超便利だ。


 方向、方角が分かるのは予想してたが、距離まで分かるのだ。

 どうりで、移動中にあとどれぐらいかの距離を把握してるわけだ。

 これがあれば、方角と距離の両方が分かる。

 地図を作るだけなら、これで十分だろう。

 正確な測距など求めても仕方無い。道具も技術も無いのだからな。


「編成は採集の時と同じ。コボルト、コウガ、コノアの三人一組だ。今度から、コウガに乗って移動できるし、担当地区は追って指示する。人選は……マックス?」

「承りました。明日から取り掛かれるよう、手配しましょう」


 話が早くて助かる。

 次は予てから考えていた、アレだ。


「じゃあ、次。地図の話に続くけど、土地に名前を付けたい。何か候補はあるか?」


 俺の言葉で、どよめきが起きている。


 流石にいきなり過ぎたかな?

 コボルトには土地に名前を付ける風習が無いんだし、これはハードルが高いか……。


 と思っていたら。


「はい! あります!」


 ピンと伸びた手がある。

 元気良く返事をしたのはココだった。


「えっと……私達の集落だった場所を『サナティオ』はどうですか?」


 私達の集落……一番北に位置する場所。

 ココに案内してもらって訪れた最初の集落だ。


「サナティオって言うのは?」

「はい、花の名前であるんですけど、癒しと言う意味です」

「――採用!」


 即決だ。何と言っても、響きが好きだ。

 『癒し』と言うのも俺の感性にグッと来た。これに決める。


 俺が即採用した勢いに飲まれてしまったのか、会議室は静まり返っているが、決める場所はまだあるぞ。


「大集落はどうする? このまま『大集落』で通すか?」


 ……。


 一瞬、皆が息を飲む音がした気がする。

 その直後に、次々と手が上がっていく。

 ココのおかげで、意見を言いやすい空気になったみたいだな。

 取りあえず、目の合った者の意見を聞いてみるか。


「よし、ルーク。何がある?」

「は、はい! 『フグリ』です! これも花で、意味は信頼です!」


 『信頼』か、良いかもしれない。

 ただ……何かが引っ掛かる。『フグリ』……。


 ん? フグリって、アレか!

 こいつは公衆の面前で、何を言っとるんだ!

 却下だ! 却下!


「ルーク、お前、アウト」

「えっ? 駄目ですか?」

「駄目、却下」


 自分でも不思議なぐらいの片言で、ルークを一蹴する。

 今ので俺の不興を買ったと思ったのか、他の者が一斉に手を下げた。

 しかし、次のターゲットは決まっている。


「アビィ、さっき手を上げてたな?」

「えっ? あの、その……」


 完全に目が泳いでいる。その仕草にグッと来る。

 ヤバい……。アビィを困らせるのが癖になりそうだ。


 そんな俺に、ココはあり得ないほど冷たい眼差しを向けてくる。

 間違いなくバレてる。そして、軽蔑されてる。

 おかげで正気に戻れたようだ。


「何でも良い。取りあえず言ってくれ」

「は、はい。アモル……はどうでしょうか?」

「アモル? 由来はあるのか?」


 俺の問いに対して、アビィは狼狽え出した。

 答え難いなら何故手を挙げていた?


 そんなアビィの様子を察したのか、ココが手を上げて発言した。


「マスターさん、『アモル』は愛の花です!」


 愛……。

 アビィは『愛』と言葉にするのが恥ずかしいようだ。

 両手で顔を隠して、黙り込んでしまった。

 人間なら耳まで真っ赤になっているだろう。


 予想外に純情なアビィは置いといて、アモル……決定だ。


「じゃあ、大集落は『アモル』に決める。長老はそれでも良いか?」

「ええ、勿論です。素晴らしい名前をありがとう、アビィ」


 これで俺達の住む場所の名前が決まった。

 早速、地図に記された黄色い点に名前を記す。


 『グラティア』、『サナティオ』、『アモル』……。


 いいね! 俺達の土地という実感が湧いてくる。

 自然と会議室は拍手に包まれていたが、俺はこれを手で制した。

 もう一つ、決めたいものができたからな。


〈マスター、これです〉


 支援者(システム)が俺の手に持たせるように、花を『収納』から出してくれた。

 この花は土地の名前の由来、グラーティア、サナティオ、アモルの花だ。


 青白く、可憐で小さな花、感謝を意味する『グラーティア』。

 淡い緑で、素朴ながら甘く優しい香りの花、癒しを意味する『サナティオ』

 薔薇によく似た淡紅色の花、愛を意味する『アモル』


 この花で決めたいものとは――


「俺達のシンボルを創ろうと思う」


 当然、会議室はざわめきで満たされる。

 俺だって、ほとんど思い付きで言ってるからな。

 デザインなんて全く考えてない。どちらかと言えば、俺がデザインを考えるよりもコボルトに考えてもらった方が圧倒的にセンスが良いのだ。


 例えば、ナナが作ってくれた腕輪なんかがそうだ。

 今も身に付けてるが、見れば見るほど俺のセンスが霞んで見える。俺には作ることもデザインすることもできない逸品だ。

 あとは……花の冠もあったな。


 ん? 花の冠……?


 俺はふと思い付いて、以前作ってもらった花の冠を『収納』から出してみる。

 潰れてしまっているが、処分するのが忍びないので『収納』したままでいた。

 この冠で試したいことがあるのだ。


 すぐ側の机の上で、手に持っていた花を潰れた冠に乗せてみると……。


「おおっ! 閃いた!」


 これで良いんじゃないか? あとは潰れてない状態にしないとな。


 きれいな状態にするため、俺は目の前の試作品を一旦『収納』する。

 そして、『分解』……。


支援者(システム)、できるか?)

〈マスターのイメージに沿って『創造』します〉

(じゃあ、イメージだけしてみるから、あとよろしく)


 俺は既に、支援者(システム)の方が『創造』が上手いことを認めている。

 それなら、こうやって手伝ってもらった方が早い。

 別に……悔しくなんか無いよ!?


〈これで、よろしいですか?〉


 俺の前にある机に、先程『分解』した花の冠が再び現れた。

 勿論、新品の状態でだ。


 この花の冠は、以前ナナに作ってもらった花の冠に、サナティオとアモルの花を組み合わせてみた物だ。

 月桂冠のような冠が、美しい三色の花に彩られている。


 予想どおりの出来……いや、予想以上に見事な出来だな!


「この花の冠をシンボルにしたいんだけど、良いかな?」


 俺は皆にも見えるように、冠を両手で掲げた。

 この動作が大袈裟だったのかもしれない。


「うおおおお……!!」


 突然、会議室が歓声に包まれた。

 コボルト達は立ち上がり、興奮を抑えられないようだ。


 と言うか、こいつら急に叫ぶの止めてくれないかな。

 いつも、ビックリするんだよ。こっちは……。


「あー、ストーップ! ……賛成で良いんだな?」

「ええ、素晴らしいです! 旗まで作られるとは」


 旗? 知らんぞ?


 ……と思っていたら、視界の端に広げられた布がちらついた。

 地図となる予定の板に貼り付けられた布。

 今まさに俺が持っている花の冠が見事に描かれたそれは、正しく旗だった。


支援者(システム)……)

〈シンボルに相応しく、旗を『創造』しました〉


 俺のさっきの行動は何だったのか……。

 花の冠を両手に掲げてドヤ顔してるって、自分で想像して恥ずかしくなってきた。

 でも、確かにこの旗は素晴らしいと思う。

 花の冠が円を模して描かれ、三色の花がバランス良く装飾された絵だ。

 それで、この円の中心のシルエットは……?


〈マスターの横顔です〉


 勘弁してくれよ……お前は本当に俺を恥ずかしい人にしたいようだな……。



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