第63話 サプライズ?
結局、慰霊祭は夜まで続くこととなった。
聞くところによると、コボルトには祭りという概念が無いらしい。
ひっそりと暮らしていたのだから無理もない話か。
慰霊祭はただの食事会みたいなものだったけど、それでも楽しんでくれたようだ。
余裕があれば、もっと賑やかな祭りを行っても良いかもしれないな。
例えば……収穫祭とか?
そんなことを考えながら、俺がダンジョンに戻って行くと……。
〈マスター、お風呂の用意ができています〉
風呂!? ダンジョンに風呂!?
何それ、冗談じゃないよな? いつの間に風呂なんか用意したんだ?
〈お風呂は大広間、左手に設置しました〉
支援者が言う左手……。
入口から見て左だよな。そっち側には何にも『生成』してなかったんだけど……。
――あった。見知らぬ扉が。
土の壁に取り付けられた木枠に木製の扉が二つ。
扉には『男』と『女』の文字が書かれている。
マジか……。
と思いながらも、俺は扉を開けてみた。勿論、『男』と書かれた方の扉だ。
扉の先は景色が一変していた。
俺のダンジョンが土でできているのに対し、この部屋は板張りの部屋になっている。床も壁も天井も。
そこは、どう見ても銭湯の脱衣場だった。
壁には等間隔に仕切られた棚が備えられ、部屋の中央にはベンチが並べられている。
部屋が妙に明るいと思っていたら、補助核の機能に照度の調整なんてものがあったな。どうやら、それを実行しているようだ。
俺は目の前の光景が信じられなかった。
そりゃそうだろう。
いくら、俺のダンジョンが何でもありって言っても、知らない間にリフォームされてたら驚くわ!
俺は気を取り直して脱衣場の奥へ行く。
そして、服を脱ぐ――より先に、奥にある扉を開けた。
この扉も木枠ではあるが、ガラス張り両開きの引き戸だ。
何処からガラスを調達したんだ? という疑問も浮かぶが、どうせ瓶か何かを基に『創造』したんだろ。
そんなことよりも奥が気になる。
勿論、脱衣場の奥は浴室だ。
浴室の壁と天井は板張りだが、床には滑らかな石畳――タイルの代わりだろう――が敷き詰められている。
その奥には浴槽が構えられていた。木製の長方形の浴槽だ。
三十人は一度に入ることができそうなほどの広さがある。
浴槽には既に湯が満たされており、辺りは湯気が立ち込めていた。
その浴槽に巨大な影が二つ。先客のようだが……。
「あっ、マスター。来たんスね」
「来たんスね、じゃねーよ! 何してんだ、お前ら!?」
先客はビークとキバだった。
俺の知らない間にできていた風呂を、二人は満喫していたのだ。
こいつら、仕事はどうしたんだ?
「コボルト達が戻って来たので我らは引き上げたのです。ダンジョンに入ったところで、支援者が風呂に入れと言うもので……」
「す、すんませんッス……」
むう……そうだったのか。
支援者が労いのつもりで二人に風呂に入れと言ったんだったら、二人に非は無いか。
「あー……すまん、お前らが悪いわけじゃないよな。気にしないでくれ。他の奴らも入れてやれよ」
「御意」
はあ……何だか、どっと疲れた気がするぞ。
今日は支援者に振り回されっぱなしだ。
慰霊式から風呂まで、俺の知らない間に色々と話が進み過ぎている。
〈サプライズ、成功です〉
無機質な言い方で、成功とか言うな!
揚げ物を料理に出したのがサプライズだと思ってたわ!
あー、もう良い! 俺も風呂に入る!
支援者がやったことを、とやかく言っても始まらない。
方法はともかく、良い方向に進めてくれてるのは確かなのだ。
ただ……もうちょっと、俺に報告ぐらいして欲しい。
ほんと、頼みますよ。
〈前向きに検討します〉
それ、しないやつじゃねーか!
俺の記憶の変なところを再現しないでくれ!
俺は溜め息混じりに脱衣場に戻ると、大広間からコボルト達が次々と入ってくる。
支援者が風呂に入れと促しているようだ。
「あっ、マスター様、風呂って何ですか?」
「ここで何したら良いんですか?」
俺がゆっくり風呂に入れるのは、まだまだ後になりそうだ。
風呂の入り方を知らないコボルトに、入浴を教えることになってしまった。
コボルト達は風呂を知らない。そもそも、水浴びも積極的にはしないのだ。
森は水が豊富なわけではないから、体を洗うよりも飲むことを優先するのは仕方ないだろう。
川が近ければ水浴びもするようだが、そうでない場合は全くと言って良いほど体を洗うために水を使わない。
かなり不衛生だ。めちゃくちゃ汚い。
事実、俺がコボルト達と出会ったばかりの時は、結構臭っていた。
俺のダンジョンで水を賄うようになってからは、可能な限り水浴び程度はさせていたが、大量の湯を沸かすのは一苦労ということで風呂は諦めていた。
それが、ここにきて支援者が風呂を作ったのだ。
大量の湯をどうやって用意したんだろうか?
〈環境の調整で、水を四十度に調整しました〉
便利過ぎるな。
冷水にも熱湯にもできそうだ。
(絶対、熱湯にするなよ?)
〈了解。お約束ですね?〉
違うよ!
やっぱり、俺の記憶の変なところに影響受けてる。
こいつの場合、冗談じゃ済まされん事態になりそうだから怖いんだよな。
ともかく、俺はコボルト達に入浴の仕方を教えねばならん。
戸惑いながらも、コボルト達は俺に倣って裸になっている。
「ここに服を入れるんだ。自分の場所を覚えとけよ。あと、人の荷物を漁るのは禁止だからな。盗人は、ビークにつついてもらう」
「自分ッスか? 加減できる自信無いッスよ」
ちょうど風呂上がりのビークが目に入ったので、ビークを引き合いに出してみた。
コボルト達はビークの嘴を見て、顔が引き攣っている。
「盗まなければ良いんだ。脅しみたいなもんだから、そこまで気にするなよ」
「はぁ……」
とは言え、間違えたりもすることもあるだろう。
自分の荷物が分かる目印が必要だよな。
〈棚に、番号札の付いたストラップを用意しました〉
支援者の声は、皆に聞こえたようだ。
服を置いたコボルトが棚にあった番号札を見つけて喜んでいる。
そんなに自分の場所を覚える自信が無かったのか?
よく見ると棚にも番号が振られている。当然、番号札と同じ番号だ。
まだ鍵の再現は難しいだろうけど、当面はこの札で大丈夫だろう。
ストラップは首に掛けるのがちょうど良い。
他のコボルト達も、俺と同じように首に掛けている。
裸になったら、次は浴室へ突撃だ。
全裸の男供を引き連れ、俺は浴室へ入る。
洗い場らしいものは無いが仕方ない。
シャワーのようなものは、流石に再現できていないようだ。
幸いにも腰掛けと桶が大量に並べてあるので、それを持って浴槽の前に集合だ。
長方形の浴槽の前に、一列になって腰を下ろす。
ちょっと異様な光景ではあるが、これも仕方無い。
「あ、あの……マスター様?」
「どうした?」
「キバさんが寝てるのですが、起こした方が良いですか?」
「げっ! いかん! それ、逆上せてるんだ! キバを浴槽から出してくれ!」
キバの巨体を皆で引きずり出す。
くそっ! ただでさえデカイのに、湯を吸ってめちゃくちゃ重い!
何とか脱衣場までキバを運ぶには運んだ。
「えーっと……長時間、湯に浸かると、キバみたいになるから注意しろ。頭がぼーっとしてきたら、それがサインだ」
俺の言葉にコボルト達は真剣に頷く。
キバは普通に逆上せただけだから、大丈夫だとは思う。
脱衣場は涼しいし、隅っこに寝かせておこう。
「マスター様、風呂というのはそんなに危険なんですか……?」
「違う。全然、危険じゃない。これは悪い例だ。風呂は気持ち良いものなんだ。しかも疲労回復、健康促進、病気の予防にもなる。是非、皆には正しい入浴を知ってもらいたい」
風呂に変な誤解されたら、たまったものじゃない。
多少誇張したが間違ってないし、別に良いだろ。
気を取り直して、俺達は浴槽の前に一列に並んで座った。
さて、どうしたもんか。
体を洗う道具が一切無い。ボディタオルどころか、石鹸も無いのだ。
そもそも、コボルトの毛深い体をどうやって洗えと言うのか。
犬なら手でワシャワシャすれば良いけど……。
(支援者、何か妙案とか無いか?)
〈現状ではありません。掛け湯をしてください〉
残念……言われたとおりにしよう。
俺が掛け湯をして浴槽に浸かると、それを真似てコボルト達も続く。
湯を体に掛けること自体初めてなのか、誰もが変な声を上げている。
湯船に浸かると、さらに変な声が木霊する。
「うほー……」
「ぬはー……」
「……」
何か、微妙だ。
折角の久しぶりの風呂だと言うのに、おっさんの喘ぎ声が周りから聞こえるのだ。
それだけ気持ち良いのかもしれんが、俺は気持ち悪い。
しかも、同じ浴槽にぎゅうぎゅう詰めになっている。
ぶっちゃけ最悪だ。何だ、これは?
次々と浴室にコボルト達が入ってくるし、のんびりなんてしていられない。
ちょっと浸かっただけで、俺はすぐに上がることにした。
じっくり堪能するのは、また今度だ。
全員に風呂を知ってもらうために、俺は入浴管理に徹しよう。
ある程度したら次の組と交代させる。それを繰り返す。
重ねて思う。何だ、これは?
風呂の入浴時間を決めないと、毎回こんな風になるぞ。要検討だな。
入浴を管理していて気付いたが、湯船から出ると途端に乾いている。
それは俺にも言えることだった。
〈全て『収納』しています〉
よくこんな細かいことできるな。素直に感心する。
しかも、浴槽の湯も瞬時に張り替えている。
湯は常にきれい。上がった瞬間、完全乾燥。
どんな科学でも不可能かもしれない。できるとしても、わざわざしないだろうけど。
女湯の方は、支援者が説明してくれてるみたいだし、向こうも問題は無いようだ。
まだまだ課題はあるけど、風呂は大成功だな。
サプライズ……俺に対してだけじゃなくて、コボルトに対してもサプライズだったのかもしれない。