第62話 慰霊祭
(支援者、今、何て――)
「やっぱり、最初の味見はマスター様にしてもらわないとね!」
いきなり俺のテーブルに、どん! と皿が置かれた。
ベルさんが持ってきたソレからは、鼻を擽る芳しい香りが漂っていた。
皿に盛り付けられた物体は、一口大に調理された肉だ。単純に焼かれただけではないことが見て分かる。
「これ、揚げてあるのか?」
「へえ……流石はマスター様だね、そのとおりだよ」
衣のような物で包まれているわけではないが、表面に何かまぶしているようだ。
きつね色になっている肉の見た目と、鼻孔を擽る香りに食欲を唆られる。
今までコボルトの料理と言えば、焼くか生の二択ばかりだった。
骨をそのまま齧る姿には戦慄を覚えたものだ。
ここにきて揚げ物が出たということは……。
「支援者さんだっけ? 声しか聞こえないけど、料理を教えてくれたんだ。あたしらもビックリしたよ。まさか、こんな料理があるなんてねぇ……」
「私もグリの実から油を作れるなんて知りませんでした。支援者さん、本当に物知りですよね!」
グリの実……ココからもらったことがある、でかいドングリだな。
前に油の作り方を支援者から聞いた時に、その名前が出てきた。
俺も精油して料理に使おうと思っていたんだけど、先にやられたみたいだな。
さっき、支援者が言ったサプライズってこれのことだったのか?
まあ、独占するつもりも無かったし……別に良いんだけどね。
「ほら、熱いうちに食べなって!」
ベルさんが催促してくる。
折角、出来立てを持ってきてくれたんだから、いただかないと失礼かな?
「それじゃあ、いただきます」
箸なんか無いので、用意された爪楊枝のような細い枝切れで刺してから口に運ぶ。
「――熱っ! はふはふ……」
「どうだい? 言われたとおりに作ってみたけど……」
――美味い! これはランドモアの肉か!
鶏よりも筋肉質だけど、歯ごたえが良くて食べごたえが十分だ。
調味料が少ないにも関わらず、味付けもされている。
表面に振り掛けられているのは……ナッツ類のようだ。荒く砕かれているので、噛むごとに香りが口の中に広がる上、ザクザクした食感が堪らない!
「めちゃくちゃ美味いよ、これ!」
「そうかい、そりゃ良かったよ。それじゃあ他の連中も待ってるから、あたしは行くよ」
「ありがとう、ベルさん!」
うんまー! 唐揚げとは違うけど、これはこれで美味いな! ナッツ揚げってやつか!
「マスターさん、私達も食べて良いですか?」
「ああ、すまん。食ってくれ」
「ナナもたべる!」
「ナナ、熱いから気を付けろ。ふーふーして食べないと口の中、火傷するぞ」
「ふー、ふー」
周りのテーブルでも、揚げた肉が振る舞われている。
熱い! 美味い! と感嘆の声が、次々と上がり出した。
コボルト達も見慣れぬ料理を堪能してくれているようだな。
「これ、熱過ぎニャ! 冷まさないと食べれないニャ……!」
「コテツは猫舌なんだな」
「当たり前ニャ、オイラは猫なんだからニャ」
コテツは四苦八苦しながら肉に齧り付いている。
ココもナナも気に入ったのか、皿に盛られていた肉がみるみる減っていく。
その光景を見ているだけで俺は満足していた。
「マスター様、本日はお疲れ様でした」
「マックス、大役お疲れさん!」
撤収作業を終えたマックスがテーブルに着いた。
ナナの隣に座って、皿の料理を興味深そうに見ている。
折角なんだし、マックスにも味わってもらわないとな。
「ほう……! これは美味い!」
「だろ? 俺もビックリしたよ。揚げ物が出てくるなんてな」
俺が食べるように促すと、マックスは一口齧って唸り声を上げた。
やはり、マックスも初めて食べたみたいだな。
いつも上品なマックスが、次々と肉を口に運ぶ姿は珍しい。
「いや、失礼……」
「ハハハ……気に入ったみたいだな。他のコボルトにも好評みたいだし、支援者に感謝しないとな」
「マスター様にもですよ。支援者殿は、マスター様を代行して知識を授けてくれているそうではありませんか」
「まあ、そうなんだけど……俺じゃあ、上手く伝えられないしな」
「それに、今日の式のためにノア殿達が我々の代わりに作業をしてくれている。それを指示したのもマスター様です。本当にありがたいことですよ」
今日はコボルトのための追悼慰霊式だ。
集落の警戒や復興作業もしなければならないが、コボルトにはできるだけ多くの者に参加してもらいたかった。
復興作業は中断すれば良いが、警戒はしておかなければならない。
代役を頼める相手はノア達しかいない。
快諾してくれたとはいえ、後で礼を言わないといけないな。
「ところで、俺は慰霊祭のこと何にも聞いてないんだけど、何かするのか?」
「いえ、この広場で食事をするだけです。支援者殿からも、葬儀の後はそうするものだと聞いておりますので」
なるほど、『通夜ぶるまい』か『精進上げ』みたいなもんか。
宗教としての意味に拘っても仕方無いけど、こういうものは取り入れても良いな。
周りを見ると、コボルトは思い思いの供養をしている。
中には石碑に花や木の実を供えている者もいる。
コボルトは礼儀作法を身に付けるのが早いのか、かなり様になっているし、細かい作法については後々説明していけば十分だろう。
「ところで、マスター様……」
「分かってる」
マックスが俺にしか聞こえない程度の小声で話掛けてきた。
(埋葬のことだろ?)
マックスは俺の思念を受け取り、小さく頷く。
あまり大きな声で言うことではないからな。
(大丈夫、マックスに頼まれたとおりにしたよ)
今回、慰霊式の準備をするにあたって、マックスから頼まれていたことがある。
コテツが鑑別してくれたおかげで、骨の身元が判明した。
やはり、殺害されたコボルトは魔窟に運ばれ、力に変えられていたようだ。
魔窟は俺と違って『吸収』しても亡骸は残るらしく、マックスの集落で行方不明になった者は骨となって発見するに至った。
身元不明の遺体もあるが、魔窟の犠牲者には変わりないのだ。慰霊碑の下で一緒に眠ってもらうことにした。
そして、マックスの頼みというのは遺体の埋葬について。
マックスは戦士の遺体を、俺に『分解』して欲しいと言うのだ。
ハウザーさんの遺体は俺が『収納』してある。
俺はココの願いを聞いて、『分解』するつもりだった。しかし、埋葬もするつもりもある。
ハウザーさんの遺体は損傷しており、尻尾が千切れてしまっている。
俺は、その尻尾は埋葬しようと考えていた。
マックスにそれを伝えると、それならばと戦士の遺体も同じようにしてくれと言い出したのだ。
俺は断ったが、流石に戦士の遺族からも頼まれてしまったら断れない。
ハウザーさんの遺体と同じく、一部を残して『分解』した。
一部とは言え、ちゃんと埋葬している。石碑の下で眠っていることには変わりはない。
(それで良かったんだろ?)
「ええ、ありがとうございます」
マックスは再び小さく頷いた。
これで、ようやく目的の一つが達成できたってところかな。
そう言えば、ハウザーさんの遺体を『分解』した時に不思議なことが起きた。
スキルを新しく手に入れていたのだ。
スキルを手に入れるのは『解析』すれば、いつも手に入れてるし、珍しいことではないのだが、どうもいつもと様子が違う。
情報として手に入れたんじゃなく、俺のスキルになっていた。しかもユニークスキルが……。
偶然なのか、何らかの理由によるものなのか……これについては支援者にも分からないらしい。
でも、俺には何となく分かる。
(ハウザーさん、この力……『不屈』の精神、確かに受け取りました。あとは、俺に任せて休んでください)
俺は心の中で、誇り高き英雄の冥福を祈った。