表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/238

第61話 追悼慰霊式

 

 コボルト達が集まる土地、グラティア。

 魔獣に蹂躙された土地は、復興の甲斐あって惨劇の傷痕は消え失せていた。

 かつて集落だった場所の一角に、命を賭した戦士を祀る石碑。並んで魔窟の犠牲になった者の魂を鎮める慰霊碑が建てられている。


 石碑の前の広場に、コボルト達は整然と並ぶ。

 俺は最前列に立ち、始まりの合図を待っていた。


「それではマスター様、始めます」


 マックスが俺に一礼し、石碑の前に出る。

 集まったコボルト達を代表して、追悼慰霊式を取り仕切ってくれるのだ。


 昨日、ココに葬儀を行うことを告げた後、どんな葬儀にしようか考えていた。

 式典のようなものにするべきか、簡素なものにするべきか……。

 そんなところにマックスが現れた。


「マスター様、支援者(システム)殿から葬儀の件を伺いました。不肖マックス、進行役を謹んでお受けします」


 俺は「は?」ってなってしまった。

 俺の知らない間に支援者(システム)がマックスに依頼していたらしい。

 しかも、式次第も既に完成させ、伝えていたのだ。

 支援者(システム)、仕事が早過ぎる!

 そして、マックスも――


「ただいまから、コボルトのために命を賭した戦士達、そして、尊い犠牲となった者達の魂の冥福を祈り、追悼慰霊式を挙行する」


 すげえな……。

 緊張なんて、微塵も感じてないみたいだ。

 『精神耐性』のおかげなのか?


「長老、式辞をお願いします」


 ひょっとして、長老にも頼んでたのか?

 コボルトの代表でもあるんだし、当然か。


「この場にいるコボルトの皆さん、よくぞ集まってくれました。今日という特別な日を共に迎えることを天に、そして我等の主に感謝します。

 我々は掛け替えのない同胞を失いました。肉親、友人……恋人を亡くした人もいるでしょう。その悲しみは耐え難く、皆の心を絶望に染めていたことと思います。

 我々コボルトにとって、死は常に傍らに佇むものであり、その運命から逃げることは困難なもの。それ故、家族の死すらも運命と諦め、悼むこともなく森へ還すことが風習となっていました。

 しかし、今日を以てコボルトは新たな道を歩み出します。

 この石碑は失った家族を偲ぶためのもの。私達もいつかはここで眠ることとなるでしょう。

 今、ここには勇敢な戦士、愛した家族が眠っています。彼らの魂の安息を願い、式辞とします」


支援者(システム)、長老の今の式辞って……)

〈私は何も助言していません〉


 凄すぎる……。

 流石、長老……で良いのか?

 カンペ無しで全く噛まずに言うなんて、俺には真似できん。


「ここに眠る魂の冥福と安息を願い、黙祷を捧げる」


(黙祷って……皆、作法を知ってるのか?)

〈通達しています。問題ありません〉


 俺の心配をよそにマックスは続けた。


「黙祷」


 作法を崩すわけにもいかん。

 俺も黙って黙祷しよう。


「……うぅ……」

「グスッ……」


 並んでいるコボルト達から、すすり泣く声が聞こえる。

 皆、思い思いに悼んでいるようだ。


「黙祷を終わる」


 マックスの声で、俺も黙祷を止めた。

 後は何があったっけ?


「追悼の言葉をマスター様からお願いします」


 おおい!? 今、なんつった!?


〈追悼の言葉です。マスター、前へ出てください〉

(待て待て! 聞いてないぞ!)

〈言ってません〉

(ちょっ……! おい!)


 ヤバい! チビりそうだ……!

 いきなり、追悼の言葉だと!?

 無理だ! 何にも思い浮かばん!


「マスター様?」


 いかんぞ。マックスがこっちを見てる……。

 駄目だ。取りあえず、前に出よう。勝負はそこからだ!


 俺は、かつてないほど重い足を無理やり前に出す。

 喉がカラカラに乾く錯覚がする……。

 だけど、そんなことを気にしている場合じゃない。


 さっき長老が式辞を述べた場所に来たところで、神が舞い降りた。


「本日ここに、長老をはじめ多くの同士のもと、追悼慰霊式を挙行するにあたり、代表して謹んで哀悼の言葉を申し上げます」


 何じゃこりゃ!? 口から勝手に言葉が出てくる。


「多くの命が失われました。ここに眠る魂の多くは、魔窟から放たれた魔獣による惨劇の犠牲者です。魔窟は消えても亡くなった者は帰ってくることはありません。

 しかし、悲しみに暮れることが故人の望みではないはず。

 遺された人々が笑顔で暮らす姿を見せること、故人の命の輝きを後世に伝えること、それが遺された者がしてやれる供養だと考えます。

 これからも永きに渡って、生命の営みが繰り返されるでしょう。

 我々も、いずれ眠りにつくことになります。

 その時が来る日まで故人の分まで、生き続けることを約束してもらいたい。

 結びに御霊の冥福と安寧を祈ると共に、同胞の輝かしい未来を願って追悼の言葉と致します」


 ……口から出るに任せてみたけど、これで良いのか?

 コボルト達は俺の言葉の意味が分かってるのか知らんが、皆して深く頷いている。

 俺も追悼の言葉を言い終えたし、元の場所に戻るとしよう。


〈マスターの体を一部拝借しました〉

(こんなことできるなら、早く言えよ! 大体――)

〈式典はまだ続いています〉


 むぐぐ……。

 支援者(システム)が言うとおり、慰霊式はまだ終わっていない。

 話は後にするしかないか……。


「代表者による献花を行なう」


 次は献花か。指名献花みたいだけど、俺は頼まれてないし、気が楽だ……と思っていたら――


〈マスターも献花してください〉

(やっぱり?)


 まあ、献花の仕方なら分かるし、大丈夫だろ。

 「最初は俺にやれ」というマックスの視線に従い、前に出る。


 献花用の花はナナが持っていた。

 俺がナナの前に行くと、緊張した笑顔で花を手渡してくれた。

 こんなに小さい子が係をしてくれてるんだ。俺もしっかりしないと……!


 俺は記憶の限り、作法に倣って献花を行なう。

 変なことはしてないはず。間違ってても堂々としてれば問題無い。


 元の位置に戻って、引き続き行われている献花の様子を眺めていた。


(皆、初めてなんだよな……?)

〈肯定。ここにいるコボルトは、誰もが初めての経験だと言っていました〉


 とてもそうは見えないんだよな……。

 長老、マックスだけでなく、他のコボルト達も堂々としている。


 俺が感心している間に、献花も滞りなく終わった。


「以上を以て、追悼慰霊式を終了する」


 おお、終わったのか……。

 俺の記憶では、前世で参列した慰霊式には他にも何かあった気がするけど、もうお腹一杯だ。

 参列者ならまだしも、代表者扱いはキツイ。


 マックスの閉式の言葉で、コボルト達も列を崩している。

 やはり緊張していたのか、へたり込む者もいるようだ。

 しかし、この場を離れる者はいない。


「終わりなんだよな?」


 撤収を指示しているマックスに聞いてみた。


「ええ……しかし、慰霊祭がありますから。残っている者は引き続き、慰霊祭に参加するのでしょう。私も、そちらの準備に取り掛かります」


 慰霊祭? それも聞いてないな。

 皆の様子では周知されているみたいだし、俺だけ知らないのか?


「旦那、何してるニャ? あっちにテーブル用意されてるし、座らないかニャ?」

「うーん……そうだな。そうしよう」


 腑に落ちないけど、突っ立ってても仕方ない。

 コテツに案内されるがまま、用意されたテーブルに着く。

 同じテーブルには、ココとナナが既に席に着いていた。


「マスターさん、さっきの言葉、凄いですね! 格好良かったですよ!」

「でも、あれは――」

〈否定。マスターの思いを代弁したまでです〉


 支援者(システム)なりの配慮だったのか。

 それなら、厚意をありがたく受け取っておこう。


「マスターさん?」

「……何でもない。ナナもよく頑張ったな、立派だったぞ!」

「うん! きんちょーした!」 

「皆、凄かったニャ。国の式典を見てるみたいだニャ」

「それは言い過ぎだ」


 何はともあれ、無事に終わった。

 肩の荷も降りたし、一息つくとしよう。

 慰霊祭で何をするのか知らんが、周りの様子を見る限り、仰々しいものじゃないだろ。


〈サプライズを用意しています〉


 今、何て言った?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ