第60話 『人』として
昨日は怒濤の報告ラッシュだったな。
あれ以降、特に忙しくなることも無かったし、のんびりした一日になった。
そして、いよいよお待ちかねの時間がやって参りました。
『化身』変更の時間、コボルトに戻ることが待ち遠しい……!
俺はスキル『化身』を使用するために、核ルーム前の部屋、玉座以外何も無い部屋に来ていた。
側にいるのはコテツだけだ。その他には誰もいない。
コテツは俺が姿を変えるところを見てみたいと熱望したのだ。
特に隠すものでもないし、時間まで暇つぶしに付き合ってもらえれば良いか、と同席を許可することにした。
〈既存の化身変更可能まで、残り3分38秒〉
今日は朝からそわそわしっぱなしだ。
昼もとっくに過ぎてるけど、この時間のことで頭が一杯で何も手に付かんのだ。
「旦那、本当に落ち着きが無いニャ」
仕方ないだろ!
それだけ、待ち遠しいんだ。
〈マスター〉
(おっ、時間か?)
〈否定。まだです〉
あらら……? 支援者め、どうかしたのか?
〈提案があります〉
(支援者の提案……今度はどんな『とんでも』が飛び出すんだ?)
〈化身の変更について。コボルトへ変更するならば、互換性のあるクーシーへ変更することを推奨します〉
そんなことできるのか?
既存の化身はコボルトぐらいのはず、クーシーと互換性があるってことは……。
〈コボルトの上位種がクーシーとなります〉
どうりで、見た目はそっくりなわけだ。
それはともかく、コボルトじゃなくてクーシーに変更できるのか?
〈肯定。DPを余分に消費しますが可能です〉
DPを余分にって、お前……。
補助核を『創造』する時、DPのこと黙ってたじゃねーか!
後でビックリしたわ!
一気に20000も減ってたから軽く焦ったぞ!
〈マスターに聞かれませんでしたから〉
嘘付け! DPのこと言ったら、俺が躊躇すると思ったんだろ!
もう、過ぎたことだから仕方ないけど……その分、支援者に働いてもらうからな。
〈マスター、時間になりました。化身が変更可能です〉
このタイミングも計ってたんじゃないだろうな?
何処か納得いかんところがあるけど……まあ良い。
早速、化身変更だ。
(支援者、今回も手伝ってくれよ?)
〈了解。マスターはコボルトのイメージをしてください。あとは私が調整します〉
(頼もしいね。任せた!)
じゃあ、イメージだ。
犬に戻った時同様、変化は一瞬で終わった。
犬からそのまま大きくなるように、人型へ変化する。
「あー、うん。終わったかな」
声が出るってことは、間違いなく成功だ。
例によって全裸になっているが、ここには今コテツしかいない。
前回のような羞恥プレイは御免だし、さっさと用意しておいた服を着るとしよう。
クーシーに変わったらしいけど実感は無い。
体のサイズはコボルトと変わっていないし、視点をダンジョンに変えて自分の姿を見ても、違いがあるようには思えない。
しかし、ステータスには変化が起きていた。
化身:魔人・獣人、犬精人
生命力:101 筋力:89 体力:90 魔力:不明 知性:81 敏捷:114 器用:67
コボルトの上位種だけあって、能力値だけならマックス達よりも高い。
だからといって、純粋な勝負で勝てる気はしないな。
そんなことを考えているところにコテツが声を掛けてきた。
「旦那の変身は、ケットシーの『人化』みたいだニャ」
「『人化』?」
また興味深い単語が出てきたな。
俺は服を着ながら質問を続けた。
「ケットシーは人になったりするのか?」
「人に近い姿になれるケットシーがいるニャ。スキルの効果みたいだけど、一部のケットシーだけが使えるニャ」
「コテツはできないよな?」
「当たり前ニャ。『人化』できるだけでも身分が保証されるんだニャ。あれはケットシーの憧れでもあるニャ」
「『人化』したケットシーか……見てみたい」
俺の想像だと、二種類の『人化』が頭に浮かぶ。
一つ目は、猫の等身が変わる形で人になる。
今でもケットシーは猫丸出しなものの、二足歩行で歩く姿は人である。
ここから変化するなら、あとは身長が伸びてTHE・獣人になるぐらいしかないだろうな。
二つ目はやっぱりあれだろ。
所謂、猫耳だ。耳と尻尾が猫で、あとは人間。想像すると「うほっ」となるが、俺は犬派だ。そこまで……いや、見てみたいなぁ。
多分、前者だろうけど……。
俺は自分の妄想に一喜一憂している間に、服も着終わっていた。
ナナからもらったブレスレットも付けたし、完璧だな。
「旦那、人がいない間にお願いがあるニャ」
「どうした? 急に改まって」
コテツはさっきまでと違って真剣な表情だ。
「マックスから聞いたニャ。旦那、ハウザーの亡骸を預かってるらしいニャ?」
「ああ、確かにな。コテツはハウザーさんのこと知ってるのか?」
「……あいつはオイラの命の恩人ニャ。今のオイラがあるのも、全部、あいつのおかげなんだニャ」
コテツは寂し気ながらも思い出を懐かしむように、ハウザーさんとの出会いを語ってくれた。
……
「コテツが大集落から逃げたことを悔やんでたのは、ハウザーさんとの約束があったからなのか……」
「そうニャ。オイラの命が続く限りって言ったのに、約束破っちまったニャ」
コテツはハウザーさんに、コボルトを見捨てないと約束していた。
そんな約束をする二人は、よほど固い絆で結ばれてたんだろうな。
「それで、俺にお願いって何だ?」
「旦那、ハウザーの亡骸を見せてもらっても良いかニャ?」
「俺は構わないけど、コテツの方こそ良いのか?」
「頼むニャ。あいつの姿を見ない限り、オイラはあいつが死んだことを信じられないんだニャ」
コテツは覚悟を持ってハウザーさんの死に向き合おうとしているようだ。
俺には拒否する権利など無い。コテツの望みどおり、ハウザーさんの遺体を『収納』から出した。
遺体はダンジョンに運ばれた時のまま。布に包まれ、『収納』していることで、時間は当時から経過していない。
「これが……あいつなのかニャ?」
「ああ、間違いないよ。マックスもココも確認しているからな」
「マックスは分かるけど、ココって昨日のお嬢ちゃんかニャ?」
「コテツは知らないのか? ココはハウザーさんの娘だよ」
「そうだったのかニャ! あの娘があの時の……時間が経ってるはずニャ」
ココのことに驚きながらも、コテツは遺体を包んでいる布を丁寧に解いていく。
顔を隠していた布を部分を解いた時、コテツの手が止まった。
「本当に死んじまったのか……寿命の話なんてしてたくせに、戦って死ぬなんてお前らしいニャ……」
ハウザーさんの遺体に語りかけるコテツに、俺は何も声を掛けられない。
ただ、この場に立ち尽くすしかできなかった。
「オイラ、お前との約束破って逃げちまったニャ。皆は許してくれてるけど、オイラは自分が許せないんだニャ。オイラ、どうしたら良いのかニャ……?」
ハウザーさんの遺体は何も言わない。
コテツも当然、それが分かっているだろう。
コテツの問いに答えられる者はこの場にはいなかった。
「父さんなら、きっと笑って許してくれますよ」
「ココ?」
気が付けば、部屋の入口にココが立っていた。
一体、いつから……?
〈私がココを呼ぶようにビークに頼みました。なお、この会話はマスターにしか聞こえていません〉
(こうなること、分かってたのか?)
〈マスターならどうするか、何を望むか、そこから判断しました〉
俺ならどうするか? 難しいことを言うな……。
でも、支援者の判断には俺は賛成する。
ココなら、ハウザーさんの代わりにコテツに答えてやれるはずだ。
「父さんから聞いたことがあります。人のために尽くしている友達の話。まさか、違う種族の人だなんて思いませんでしたけど、コテツさんだったんですね」
「ハウザーは変なところで大雑把なんだニャ。種族なんて関係無いって言ってたし、本当にどうでも良かったんだろうニャ」
「ふふ……父さんなら言いそうです。それで、さっきのことなんですけど……」
「ああ、恥ずかしいところ見せてしまったニャ」
「コテツさん……自分を許してください」
「ニャ!?」
「父さんはよく言ってました。『死んだら駄目だ、逃げてでも生き延びることを考えろ』って……。変ですよね。自分はいつも誰かの代わりに戦っているくせに、死んだら駄目って……!」
「ココちゃん……」
「でも、父さんの言うとおり、死んじゃったら駄目なんです。コテツさんが逃げて生き延びて、誰かの命を救ってくれるなら、それで良いと思うんです。だから……」
「ありがとうニャ。ココちゃんの言葉でオイラも吹っ切れそうだニャ」
コテツは迷いが晴れたようだ。その笑顔からは微塵も悔恨の情は感じられない。
ココもコテツに笑顔で返している。俺の出番は全く無かったな。
「ハウザーは死んだけど、終わりじゃない。魂は巡り、また出会うニャ。次の生でも、きっとハウザーと会える時が来るはずニャ」
「何だそれ、何かの教えか?」
「ヤパンで言われてる言い伝えニャ。英雄王マキシマーが広めたらしいけど、国の誰でも知ってる言葉なんだニャ」
「へえ……まあ、『袖振り合うも他生の縁』って言うしな」
ただの諺だけど、転生した俺には妙な信憑性を感じている。
案外、本当のことだったりして。
「何ですか、それ?」
ココはコテツとお互い顔を見合わせて、首を傾げている。
この様子だと、日本の諺までは共通の常識とは限らないみたいだ。
「えーっと……」
〈人の出会いは偶然ではなく、因果があって出会っているということです。総じて、今世での出会いは前世で何かの縁があったと言われています〉
あー……今、俺が言おうとしたのに……。
まあ、俺よりも的確に説明してくれたから良いけど……。
「面白い考えニャ。マキシマ―の言葉と似てるしニャ」
『魂は巡り、また出会う』か……。
前世で関係があったかどうかはともかく、皆との出会いは大事にしたい。
この出会いがあったからこそ、俺はダンジョンでありながらも『人』であり続けることができている。
自分が『人』たらしめているものは、誰かとの繋がりによるところが大きいのだ。
人の繋がり……何も生きている者に限ったものではないよな。
「ココ、葬儀は明日にでも行なおうと想う。皆に伝えてもらえるか?」