第59話 報告がいっぱい
(おい、ビーク、お前は何を運んでるんだ?)
眷属に労いとして『付与』した次の日、朝早くからビークが荷物をダンジョンに運んできた。
荷物は布に包まれており、それが一体何なのか分からない。
ビークの巨体で抱え込んでいることから、巨大ということだけは分かる。
ビークは荷物を床に置いて、ふうと一息付いた後、俺の質問に答えてくれた。
「自分も知らないッス。ココさんに頼まれて運んでるッスけど、何なんですかね?」
よく分からん物を運んでるのか、こいつは……。
でも、ココが頼むってことは、もしかしてアレか?
「あっ、マスターさん、完成しましたよ。頼まれてた椅子です!」
入口からココが声を掛けてきた。
(やっぱりか。しかし、こんなにでかい椅子を頼んでたっけ?)
「フフ……取りあえず、見てもらった方が良いですね」
ココは不敵な笑みを浮かべながら、椅子を包んでいた布を解きだした。
ビークも興味津々といった様子で眺めている。
あっという間に、椅子の全貌が明らかになっていくが……。
(何じゃこりゃ……!)
布から現れた椅子は、俺の注文した物とはかけ離れていた。
それはもはや椅子ではない。どこからどう見ても玉座だ。
木製の椅子を頼んでいたはずなのに……いや、木製ではあるな。
何処から調達したか分からないが、木目が美しい木材を主材としている。
多分、とんでもなく高級なのだろう。漂う香りから違うのだ。
見た目もそう、背もたれ、足、肘掛けに彫刻が施されている。
体の触れる部分には毛皮も張られていた。
その全てがブラッドウルフの紅い毛皮。
触ってみると、表面はさらさらで、手が沈み込むほどに柔らかい。
「それ、中にランドモアの羽毛が詰めてあるんですよ」
どうりでめちゃくちゃ柔らかい訳だ。
しかし、毛皮に羽毛ということは……。
「ベルさんも手伝ってくれたんです。おかげで凄い椅子ができました!」
(いやいや……これは椅子じゃないって、玉座って言うんだよ! これじゃあ、王様が座る玉座だろ!)
「そうなんですか? でも、マスターさんにぴったりですよ!」
ぴったりじゃねーよ!
俺がコボルトになっても、不釣り合いにも程があるわ!
「ほえー……これ、旦那の椅子かニャ?」
作業するためにダンジョンに来たコテツも、椅子を見るなり感嘆の声を上げている。
(コテツから見て、値打ちありそうか?)
俺の言葉でココの目が変わった。
やぶ蛇だったかも。
「難しいこと言ってくれるニャ……オイラの『目利き』でも、はっきりした価値は見出だせないニャ」
「価値が低いってことですか?」
「逆ニャ! 専門の商人じゃないと正確な価値が出せないニャ。それこそ、王様が使うような代物だからニャ」
ほら、商人のコテツも言ってるし、やっぱり玉座だよ。
「まあ、旦那が使うんだったら、これぐらいの方が良いかもニャ」
「そうですよね!」
「じゃあ、何処に運んだら良いッスか?」
勝手に話を進めてやがる。
しかし、ココは俺のために作ってくれたんだし、ありがたく使わせてもらうか。
(分かった。俺が運――)
〈私が運びましょう〉
俺が『収納』する前に玉座が消えた。
支援者がやったのか?
〈マスター、玉座は既に設置しました〉
(お、おお……ありがとな)
一瞬のことだったので、俺達は全員、面喰らってしまった。
「支援者さん……マスターさんと同じことができるんですね」
「たまげたニャ」
(俺もビックリした。自分以外の奴にされたら、こんなに驚くもんなんだな)
「いつも、マスターさんが人にしてることなんですよ?」
「違いないニャ!」
俺がやってることって、意外と心臓に悪いんだな。
今後はちょっと控えようかな?
そんなことを考えていたら――
「マスター、できましたー!」
ホーンラビットのラビが駆け寄ってきた。
(できたって……もしかして!)
「子供ですー!」
うおお……やった!
一時期は変なこと頼んで後悔してたけど、子供ができたって聞いたら純粋に嬉しい。
ラビの報告を聞いて、三人も喜色を浮かべている。
「子供できたんですか? 凄いですね!」
「おめでたいニャ!」
「いつ生まれるッスか?」
俺も気になるな。
ビークの言うとおり、いつ生まれるんだろ?
〈兎の妊娠期間は約一か月です〉
「支援者さん、物知りですね」
「知らなかったー」
ラビも知らないことを知っている。
支援者の知識って、俺の知識が基になってるんだよな……。
俺、兎の妊娠期間なんて知ってたっけ?
まあ、そんなことよりも――
(必要な物があったら言ってくれよ。用意するから)
「ありがとー!」
礼を言ったラビは、ピョンピョン跳ねながら大広間にある巣穴へと戻っていく。
一か月か……楽しみだ。
「皆して、どうかしたんですかい?」
今度はジョンか。
ジョンには石碑を頼んでたけど、もしかして……。
「マスター様、頼まれてた石碑できましたよ。一昨日、頼まれた方もね」
今日は何だか凄い日だな。次々と報告が上がってくるぞ。
(それにしても早いな。一昨日頼んで、もうできたのか)
「石碑を仕上げた後だったからな。二回目ともなると、慣れたもんですよ。大集落の連中も手伝ってくれたし、あっと言う間でしたわ」
(それは凄いな。それで、運搬はどうしようか?)
「ああ、さっきノアさんが来たんで納めてもらいました。それで良かったですかね?」
ノアが『収納』したのか?
〈先程、ノアから『収納』されたことが確認できています〉
皆、仕事早過ぎないか?
俺だけ取り残されてる気がしてきた。
「マスター様、物を確認してもらっても?」
おっと、いかんいかん……。ジョンの言うとおり、確認しないとな。
俺は大広間の一角に二つの石碑を取り出してみる。
(良いな、流石ジョンだ!)
それは予想以上に見事な石碑だった。
岩だった塊を板状に加工し、その表面は鏡のように磨き上げられている。
板状でありながらも強度の衰えを感じさせず、岩の輪郭を残すことで威厳が滲んむように工夫されていた。
後から頼んだ方も、小型ではあるが加工に手抜かりは無い。
俺のイメージどおりの洋型墓石を見事に再現してくれていた。
こちらも表面は鏡のように磨き上げられ、自分の顔が映りそうなぐらいだ。
さて、石碑と言えば碑文が彫られているわけだが、これには何も彫られていない。
あとは碑文を彫ってもらえば、本当の完成となる。
(うーん……)
「えっ? 何か不満でもあるんですか?」
(いや、そうじゃないよ。石碑と墓って言えば文字を彫ってることが多いんだ。何か彫ってもらおうか、考えているんだけど……何か良い案、無いもんかな)
「そういうもんですか……。俺はてっきり、不満があるかと思いましたよ」
(不満どころか、満足だって! 出来が良いから、それに見合った碑文を考えないといけないんだ!)
「それなら良かった。まあ、マスター様が考えてくれたものなら、皆、賛成してくれますよ」
それが困るんだ。こっちは建設的な意見が聞きたいのに……。
俺の記憶にある碑文に相応しい言葉……レクイエムから捩るとするか。
(じゃあ、『誇り高き英雄よ、我等、汝の御霊を讃えん』と『我等の愛した家族よ。汝に永遠の安息を』で彫ってもらえるか?)
「想像していたより凄い言葉だな……勿論、マスター様の望むとおりに仕上げさせてもらいますよ」
ジョンは手持ちのノミで手早く彫っていく。
あっという間に、碑文を彫り終え完成させた。
「ふう……こんなもんでどうですか?」
(ばっちりだ! ありがとうな、ジョン!)
完璧だな!
後は、これをグラティアに運ぶだけだ。
それはビークにでもさせるとしよう。あいつが一番暇そうだし。
となると、あとはコテツの骨の判別次第で葬儀に移れそうだな。
俺がジョンとやり取りしてる間にコテツも作業に移っている。進捗の確認しておこう。
(コテツ、あとどれぐらい残ってるんだ?)
「旦那、こっちはもうすぐ終わるニャ。旦那の用意してくれた入れ物も足りたし、ちゃんと名前も分かるように彫っておいたニャ」
(ああ、確認してるよ)
コテツの言うとおり、コボルトの骨が入った容器は大広間に並べられている。
容器は骨壷を模した石の容器だ。
コテツはナイフで名前を彫ってくれているので、誰のものかは一目瞭然だった。
確認でき次第、関係者に引き合わせている状態だ。
明日には俺もコボルトに戻れるし、葬儀については、それから決めるとしようか。