第58話 補助核
〈『収納』した魔窟の核を使用して補助核の『創造』を推奨します〉
補助核?
それが何なのか分からんが、それよりも――
(魔窟の核を材料にするのか? それって……大丈夫なのか?)
魔窟の核、俺に敵意を剥き出しにしてきた謎の敵だ。
魔窟が転生者だということは分かっているが、それでも不明な点の方が多い。
破壊した今では、核の残骸は内包していた魔素を失い、くすんだガラス細工のようなものに変わり果てている。
何の力も持っていないと思うのだが、万が一、敵として復活させることになったら危険極まりない。
調査するつもりで『分解』せずに取っておいたわけだが、下手なことをするぐらいなら、俺が『分解』した方が世のためになりそうだ。
〈核は既に機能を停止しています。危険性はありません〉
(そうは言っても、元があれだしな。あれを材料にしてまで、その補助核に価値があるのか?)
〈支援者の機能を複製し、支援者による並列処理が可能となります〉
並列処理……マルチタスクのことを言ってるみたいだな。
同時に処理できるようになるのは良いけど、それで何をしたいんだ?
〈核の支援者は引き続きマスターの支援、補助核の支援者はダンジョンの支援を実行します〉
ダンジョンの支援? どゆこと?
〈内容は多岐に渡ります。
一つ目、ダンジョン内の環境を調整。気温、湿度、照度等を調整します。
二つ目、ダンジョン内におけるスキルの使用。マスターに与えられた権限内でスキルを使用します。
三つ目、ダンジョン内で起きた事象を速やかにマスターに報告します〉
要は支援者がダンジョンを管理してくれるってことか。
しかし、何でもかんでも任せて良いものなのか?
〈マスターが許可する範囲を超えることはありません。これまでのマスターの行動を鑑み、必要と判断した事項に限ります〉
まあ、支援者は、いつも俺と一緒にいるわけだし、何が良くて何が駄目かを分かってるとは思う。それでも……。
〈マスターの懸念は、魔窟の核にあった自我のことですか?〉
(支援者は知ってたのか?)
〈マスターが核を破壊した際、核に内包されていた自我がマスターの自我と接触しました。その時のやり取りについては、支援者も把握しています〉
やっぱり、夢じゃなかったんだな。
いや、夢じゃないのは分かってたけど、俺しか認識してないと思ってたよ。
(それなら教えてくれても良かったのに……)
〈マスターが何を思うのかに興味がありました〉
興味か……。
俺もある。支援者が何を考えて、何をしようとしてるのか。
(最後にもう一度だけ確認するぞ。本当に安全なんだな?)
〈肯定。核にあった自我はマスターも御存知のとおり、既に消滅しています。支援者を……私を信じてください〉
信じるに決まってるよ。ずっと一緒にやってきた仲だしな!
(分かった。それじゃあ、どうやって『創造』すれば良い? 補助核って言われても、俺には何もイメージできんぞ)
〈核にある支援者の情報をマスターに送ります。具体的にイメージできなくても、私が支援するので心配はいりません〉
支援者の言葉に続いて、俺の中に大量の情報が送られてくる。
何というか……プログラム言語か、あるいは複雑怪奇な化学式だろうか。
文字のようなものの羅列と、意味不明な図形と論理式が流れてきたのだ。
こんなものを見せられても、全くイメージに繋がらない。
まあ、支援者が手伝ってくれるんだし、何とかなるだろ。
(さあ、やるぞ!)
俺はイメージが固まらないまま、『創造』を始める。
取りあえず、俺の核でもイメージしてみようか。
……
……この感じ、『創造』できてるな。
目の前で光が収束を始めている。
イメージどおりの球体を形作ったところで、次第に光は収まりを見せていく。
俺の目の前に浮遊する玉、間違いなく核だ。
ただ、俺の核とも魔窟の核とも違う、淡い桃色に光る核。
暖かく、慈愛を感じる光を湛えていた。
ここまで派手にやると、流石に周囲からざわめきが起こっている。
桃色の核の出現に、驚きを隠せないといった様子だ。
意外なことに、そのざわめきを落ち着かせたのは、当の支援者だった。
〈皆さん、初めまして。私は支援者、マスターを支える者です〉
これには俺も驚いた。
俺だけじゃなくて、この場にいる皆に支援者の声が聞こえていたからだ。
(お前、喋れるようになったのか?)
〈マスターの『思念波』を使用して語りかけています。事後承諾となりますが、許可いただけますか?〉
今さら許可しないのは無理があるだろ。
ついでだ、説明は支援者にしてもらうとしよう。
〈私はマスターを通じて皆さんを見てきました。私も共に歩んでいきたいと思います〉
「支援者さん、マスターから聞いてます。これからも一緒に頑張りましょう!」
そう言えばノアには教えていたんだったな。
ノアは支援者が現れたことに、特に驚いている様子は無いみたいだ。
初めは戸惑っていた他の者達も、ノアに続いて挨拶を始めている。
見た目は桃色の核でも、仲間ってことは変わらない。
補助核って言われた時は、「何のこっちゃ?」って感じだったが、これから面白くなりそうだ。
(で、この補助核はどうしたら良いんだ? まさか、放置しておくわけないよな?)
〈補助核を核ルームへ移動させます。マスターにも来てもらえますか?〉
核ルームか、随分と久しぶりな気がする。
よく考えたら、チュートリアルの後から一度も入ってないな。
たまには様子を見に行くのも良いだろう。
(じゃあ、皆解散してくれ。今度こそ終わりだから。ほんと、残ってても何にも無いからな!)
こうでも言わないと、全然解散する気配が無い。
俺も予想外のできごとが多くて戸惑ってるんだ。
頼むから、「次は何を?」みたいな期待の眼差しは止めてくれ。
〈マスター、参りましょう〉
はいはい、今行きますよ!
……
支援者に促されて核ルームに来てみたが……。
(何か核、でかくなってない?)
前に見た時はソフトボール程度の大きさ、今は二回りは大きい気がする。
化身の視点じゃないと分かりにくいけど、明らかに大きい。
〈同期の進行とともに、核も成長していきます〉
(そんなもんかね……って、えっ?)
気が付いたら、補助核は俺の核の周りを漂い始めた。
まるで、地球と月のように俺の核の周囲を飛ぶ補助核。
部屋も神秘的なこともあって、その光景はあまりにも美しい。
思わず言葉を失ってしまった。
〈補助核は、ここからダンジョンを支援していきます〉
(俺の中の支援者は今までと変わらないんだろ?)
〈肯定。マスターが私を必要とする時、私はいつでもマスターを支援します〉
改めて言われると、ちょっと照れくさい。
支援者の言葉から感じる温かみは、人間のそれと変わらないしな。
(じゃあ、これからもよろしくな。頼りにしてるぞ!)
〈了解。万事、私にお任せください〉