第56話 コテツの商品
「これニャ! 鞄は焼けても中身が無事みたいだし、問題無いニャ!」
俺達が見つけた鞄を手に取って、コテツは歓喜の声を上げていた。
(そうなのか? 中身も駄目かと思ったんだけどな)
それほどまでに、鞄は焼け焦げている。
表面なんか、炭化してボロボロ剥がれ落ちるぐらいなのだ。
そんなことに構うことなく、コテツは朽ちかけている鞄から何やら取り出した。
意外にも、中身は本当に無事らしい。
「これは今回、大集落に持ってきた魔導具なんだニャ」
コテツが持つ魔導具は、魔石と金属が組み合わさった物体だった。
金属の枠組みに魔石を嵌め込めるようにできているようだ。
そして、枠組みの部分には文字のようなものが刻まれている。
俺は一目見て、これの用途が分かった。
この物体にはノズルのような筒先が付いており、その根元にはバルブがくっ付いている。
つまり、水道の蛇口そっくりなのだ。
使い方は想像付くけど、一応聞いておこう。
(なあ、これってどうやって使うんだ?)
「これは、水を生み出す魔導具ニャ。術式と発動の鍵が組み込まれているから、あとは取っ手を捻るだけで誰でも扱えるのニャ」
やっぱりか!
しかし、水源が無くても水を出せるのは素晴らしい!
(コテツ、それくれ! いや、貸してくれ!)
「旦那ならそう言うと思ったニャ。これも増やせるのかニャ?」
(分からん。でも、試してみたい。できたら、面白過ぎるだろ?)
「ニャハハ……確かに。できたら、ヤパンの商人連中の度肝抜くことができるニャ」
コテツも乗り気だし、いっちょやってみっか!
俺はコテツが手に持っている魔導具を『収納』する。
……
よし、『分解』して情報を手に入れたぞ。
それじゃあ、『創造』した魔導具を出してみよう。
(どうだ? そっくりに『創造』してみたけど、使えそうか?)
「確かに、見た目はそっくりニャ。『目利き』が無いと分からないぐらいニャ。取りあえず、使ってみるかニャ」
そう言って、コテツは魔導具のバルブを軽く捻る。
すると、魔導具に嵌め込まれた魔石が僅かに光り出した。
チョロロ……
おおっ! ノズルから水が出だしたぞ!
(凄いな! 本当に水が出てきた!)
「いや、旦那の方が凄いことしてるニャ」
いやいや、誰でも使えることに意味があるんだよ。
何処ででも、魔石さえあれば使えるみたいだし、これで水問題は解決できるかもしれない。
(ところで、どのぐらいの水が出るんだ?)
「魔石の魔力が無くなるまでニャ。魔力が尽きたら、魔石を交換すれば何度でも使えるニャ」
いいね! 魔石の使い道もできた。
余った魔石なら幾らでもある。どんどん水にしていこう。
森の魔獣を狩れば、新たに手に入れることもできるしな。
「ところで旦那、さっきから魔導具が消えたり、出てきたりするのも全部旦那がやってるのかニャ?」
(ああ、俺の『収納』なんだ。ダンジョン内なら、いつでも出し入れできるんだ。便利だろ?)
「便利なんてもんじゃないニャ。何処でも行けるし、何でも仕舞える倉庫、挙げ句に物を増やせる。旦那が商人なら、大商人間違い無しニャ……」
コテツは呆れ気味に言ってるが、それだけじゃ商人なんて無理だろ。
確かに商人垂涎の能力かもしれんが、信用も無ければコネや伝手も無い。下手したら、言いくるめられたり騙されたりして、大損する可能性もあるのだ。第一、俺は商人って柄でもないしな。
コテツの発想も面白いけど、今は他にやることがある。
(この魔導具が使えることが分かったんだ。各地に設置してコボルト達に使ってもらうとしよう)
ちょうどこの場にルークがいる。
今までのやり取りを見たいたので詳しく説明する必要も無い。
俺は試作品に加え、新たに『創造』した魔導具をルークに託して、設置してもらうことにした。
(使い方は分かったよな? ここを捻るだけだからな)
「はい! 水場にできそうな場所を見つけて、設置していきます!」
(ついでに、皆にも教えてやってくれ。水を節約する必要も無いこともな)
よしよし、思いがけない拾い物をしたものだ。
コテツも満足そうにキセルを吹かしている。
――って、煙草吸ってんのか?
「旦那、ちょっと休憩させてくれニャ」
(いや、構わんけど……煙草なのか、それ?)
「そうニャ。コボルトから仕入れる商品で一番人気があるのがこれなんニャ」
コテツは美味そうにキセルで煙草を吸ってるみたいだが、その煙は全然臭くない。
むしろ、ちょっと良い匂いだ。
前世の世界の煙草とは違う成分なんだろうな。煙たいのは一緒だけど……。
「くはぁー……たまらんニャァ……」
(そんなに美味いのか?)
俺は前世でも非喫煙者だったから、煙草の魅力は全く分からない。
だけど、コテツの表情とキセルから漂う香りからは、興味を惹かれるものがある。
「旦那にはこれの良さは分からないと思うニャ」
(何でだ?)
「この煙草はケットシー向けの煙草ニャ。数種類のハーブとマタタビが配合された特別製なんだニャ」
ハーブにマタタビ……猫用っぽい。
でも、何でそんなものをコボルトから仕入れるんだ?
「フッフッフ……十年、森で商売していると、色々あるんだニャ。ちなみにこれはオイラ監修、コテツブレンドニャ。ヤパンの煙草じゃ、この味は出せない自慢の一品なんだニャ」
コテツは誇らしげに煙を吐き出している。
そのドヤ顔は、ちょっと腹立つ。
でも、面白いことを聞いたぞ。
(じゃあ、この煙草をもっと増やして、商品にしたら良いじゃないか)
「そうしたいのは山々なんだけど、材料は森にしか無いし、調合してくれるコボルトも少ないんだニャ。『薬学』が無いコボルトには、調合は難しいんじゃないのかニャ?」
いるぞ! 『薬学』と言えばペスがいる。
それに、大集落から来たコボルトの中にも『薬学』を持ってるコボルトがいた。材料も森に採集に行けば良いだけだ。
(分かった。何とかできそうだし、サンプルくれ!)
「マジかニャ……旦那に任せれば、何でもできそうな気がしてきたニャ」
コテツから受け取った煙草を『分解』……。
これで、俺も『創造』できる。
さらに、コテツのキセルと火を点ける道具も『分解』した。
この火を点ける道具……マッチかと思っていたら、どうやら火種を作る魔導具らしい。
小さな魔石が嵌め込まれた箱を開けると箱の内側は赤熱しており、可燃物がそれに触れると瞬く間に火が点く、そんな魔導具だ。車のシガーライターと似たようなものかな?
箱の開閉がオン、オフを切り換えるスイッチになっていた。
コテツはこの箱で乾いた小枝に火を点け、マッチのように使用しているようだ。
これはこれで面白い。
コテツに『創造』し直したキセルや魔導具を渡して、俺はダンジョンを出る。
向かうのは勿論、ペスのいる作業場だ。
「ワン! ワン!」
くそっ! 犬の弊害がこんなところで……!
犬の姿だと扉が開けられん! 誰か気付いてくれ!
「何だろ? 犬が吠えてる……」
おおっ! ナイス!
気付いてくれたようだ。ペスが扉を開けて顔を出した。
(ペス、頼みがあるんだ)
「あっ、マスター様でしたか」
……
(というわけで、調合できそうか?)
「できますよ。最後の調整は、そのコテツさんに試してもらわないといけませんけど、同等の物は作れます」
トントン拍子で話が進む。
「でも、どうしてこれを?」
(コボルトの収入源にできたら良いかと思ってな)
俺が未来永劫、コボルトを守ってやれる保証は無い。
眷属のことだけじゃなく、コボルトのことも考えてやらないといけないのだ。
さっきのコテツの話ではないが、商売というのも一つの手だろう。
上手くいけば、ヤパンとの交易を持つこともできるかもしれないしな。
とはいえ、情報も少ないのだ。
(見通しは立ってないし、いつかは……ってところだ。あんまり本気にしないでくれよ)
「マスター様ならやれると思いますよ。微力ながら俺も手伝います!」
ペスがやる気になってくれたのはありがたい。
煙草を名産品にする……前世だったら、ちょっと抵抗があるが、ペスが言うには、あの煙草には健康被害も無いみたいだし、アリっちゃあアリだな。
他にも名産品、考えてみようかな?