第55話 探しもの
俺は今、魔窟に来ている。
夜中は時間を持て余していることもあって、魔窟の用を先に片付けることにしたのだ。
勿論、昨日交わしたコテツとの約束を忘れてはいない。それは日が昇ってから果たすつもりだ。
(付き合ってもらって悪いな)
「いいえ! マスターと一緒にいられるなら、いつでもお供します!」
機能してないとはいえ、流石に一人で魔窟に来るのは怖い。
今回もノアに同行してもらっている。
実際、魔窟には魔獣がいた。
魔獣というよりも魔物かな? 前もいたスライムだ。前回同様、岩の隙間からネバネバした体を這い出して来た。
こいつらは魔窟が『創造』したわけじゃないのかもしれない。
出生がどうあれ、邪魔するつもりなら相手してやるけどな。
俺とノアは、這い寄る邪魔者を片付けながら奥へと進む。
核を失った魔窟は、既に天然の風穴となっていた。
核ルームがあったはずの場所も、その痕跡は消え失せ、ただ壁が聳えているだけであった。
俺のダンジョンも、俺が死んだら消えてなくなるのか?
遺された眷属はどうなるんだろうか?
そんな俺の疑問に、支援者が答えてくれた。
〈マスターが死んだ場合、DPが枯渇するまではダンジョンは維持されます。眷属については、この世界への存在の定着が完了しているため、生存することが可能です〉
予想どおり、ダンジョンは消えてなくなるみたいだな。でも眷属が無事なら、それでも良いか。
とはいえ、俺が死んでしまった場合のことも考えておくべきかな?
〈質問。マスターが死亡した場合のことを考える理由は何故ですか?〉
あれ? 支援者が質問することって、今まであったっけ?
(珍しいな、支援者が質問なんて)
〈肯定。マスターの深層意識に影響された可能性があります〉
(俺のせいか? うーん……まあ、良いや。それよりも質問の答えだけど……俺にもよく分からん)
〈……〉
(お前、今呆れただろ! 俺だって、死んだ後のことは関係無いぐらい分かってるよ。だけど、遺された家族のことを考えると「はい、終わり」で済ませんだろ? 想像できる範囲で準備はしときたいんだ)
〈質問。家族とは眷属のことですか?〉
(俺はそのつもりだ。ノアもキバもビークもコノアもコウガも大広間のホーンラビットも皆、俺の家族だ。勿論、支援者もな)
〈理解不能。支援者は貴方を支援するだけの存在です。肉体を持たず、存在すら虚ろである支援者を家族と定義する理由は何故ですか?〉
(こうやって話できてるし、姿は見えないけど存在してるのは確かだ。第一、俺が転生してからずっと一緒にいるんだから、家族と思っても当然だと思うけどな?)
〈……了解。回答、ありがとうございます〉
礼まで言われた。
ちょっと変化あり過ぎじゃないか?
「マスター、遺体の『収納』は終わりました」
そうだった。ノアには魔窟に放置されたままの骨の回収を頼んでいたんだった。
それが終わったなら、ここには用は無い。さっさと帰ることにしよう。
……
俺達が魔窟を後にする頃には、外は明るくなっていた。
ダンジョンに戻ると、大広間で欠伸をしているコテツの姿が目に入った。
俺との約束のために待っていてくれたようだ。
「旦那、何処行ってたニャ?」
(ちょっと魔窟に用があったんだ)
「ま、魔窟に用って……何の用があるんだニャ?」
(昨日も皆の前で言ってただろ? 魔窟にも犠牲者の遺体があるんだよ。骨になってしまって、誰か分からんけどな……)
「旦那、その骨、オイラに見せてもらって良いかにゃ?」
何をする気だ?
コテツの真剣な表情から、とてもじゃないが冗談には見えない。
何か考えがあるんだろうし、ここは一つ、任せてみよう。
俺は回収したばかりの骨を一つ、『収納』から出した。
コテツは骨を見定めているようだが……。
「なるほど、この骨は『ピート』というコボルトの骨みたいだニャ」
(分かるのか?)
「オイラもこんなことするのは初めてだったけど、『目利き』が通用するみたいだニャ」
『目利き』にはこんな使い方もあるのか。
身元が分かるのであれば、身内に引き合わせることもできるかもしれない。
(コテツ、頼みがある)
「言わなくても分かるニャ。謹んで受けさせてもらうニャ」
コテツは快諾してくれたが、『収納』から出した骨の山を見ると瞬時に顔が引き攣っていた。
何人分の骨かも分からない量なのだ。恐らく、百人を超えているだろう。
それを一人で判別してもらうのは申し訳無いが、ここはコテツに頼るしかない。
「ひ、引き受けた以上は、やり遂げてみせるニャ……」
その意気だ、頑張れコテツ!
俺は応援しかできないけど……。
「でも旦那には、オイラの鞄探して欲しいニャ……」
切ない声でコテツは言うが、俺に探しものなんてできないぞ?
見た目は犬だけど嗅覚は人間と変わらんし、歩いて探すぐらいしかできん。
とはいえ、コテツには無理してもらうわけだしな……。仕方無い、やりますか。
当ての無い探し物の旅に出ようとする俺の背中に、ノアが声を掛けてきた。
「マスター、ルークさんに手伝ってもらってはどうでしょうか?」
ルークに? あいつ、探しものが得意なのか?
「ルークさんは『追跡』というスキルを持っているそうです。何かヒントがあれば、見つけてくれるかもしれません」
「ほんとかニャ? 是非、頼むニャ!」
「じゃあ、ルークさんを呼んできますね!」
そう言うと、ノアはダンジョンを出ていった。
コテツは光明が見えたのか、さっきの悲壮な表情から一転、嬉しそうに骨を眺めている。
知らない奴が見たら正気を疑われそうだ。
「連れてきました!」
早いな。時間を置かず、ノアはルークを連れてきてくれた。
じゃあ早速、ルークの『追跡』の腕前を見せてもらおうか。
「分かりました、鞄を探せば良いんですね? できれば、コテツさんの匂いを嗅がせてもらえると助かります」
「良いニャ、どんどん嗅いでくれニャ」
ルークが骨を持ったまま笑顔のコテツの体を嗅ぎまくる。その光景は、かなりシュールだ。
通りがかったコボルトは明らかに引いている。
人目の付かない所でやってもらえば良かったな。
でも、もう遅いか。ルークはコテツを一頻り嗅ぎ終え、早速『追跡』を開始するみたいだ。
「大集落から痕跡を感じますね」
(俺達と合流した時には鞄なんて持ってなかったしな。大集落の何処かに落としたんだろ)
俺はルークの後に付いて大集落への道を進む。
大集落は復興作業の真っ只中だ。倒壊した建物の解体や、資材の運搬などで人がごった返している。
鞄の痕跡を辿るルークは、姿勢を低くしているせいで道行く人に何度か蹴られながらも、目的の物を探し続けていた。
この根性、ちょっと尊敬できるかもしれない。
ボロボロになりながらも、ルークは『追跡』を続けている。
そして、ルークは大集落の一角で足を止めた。
周囲は火災の被害が一際大きかったのだろう。小屋だった建物は完全に焼け落ちており、地面も熱と炭で黒ずんでいる。
「この辺りにあると思いますよ」
ここに?
うーん……あったとしても、原型留めてるかな?
鞄は燃えてても、中身が無事であってくれれば良いけど。
淡い祈りのような気持ちで鞄を探すこと数十分……。
「ありました! これですよ!」
ルークが目的の物を見つけたようだ。嬉しそうに黒い物体を掲げている。
確かに鞄と言われれば鞄に見えなくもないが、炭化し過ぎてゴミにしか見えん。
むしろ、ゴミと言ってくれた方が納得できる。そんな物体だ。
ルークも冷静になったのか、手に持っていた鞄を見ながら首を傾げている。
「せっかく見つけたのに、これじゃあコテツさん、ショックを受けますよね」
(仕方無いだろ。こんなんでも、一応持っていくしかない)
取りあえず、見つけたゴミ……いや、鞄をコテツに見せてみよう。