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第53話 大集落の現状

 

(ビークの挨拶も済んだことだし、食事しながら今後のことを検討しないとな)


 俺の前には焼けた肉が置かれている。

 この匂いは犬であっても、コボルトであっても抗えない。

 長老を差し置いて、俺が食べ始めても良いものか悩んだのは数秒のこと、長老の「どうぞ」の一言で、俺は肉に齧りついていた。

 ビークも初めての食事に舌鼓を打っている。


「うめえッス! ヤバいッス!」


 そんなビークは放っておいて、俺達は真面目な話をしないといけない。

 被害の把握、復興の計画などなど、問題は山積みだからな。


(長老、これからのことなんだけど……)


 長老も同じことを考えていたのか、話を切り出すタイミングを窺っていたようだ。

 随分前から、食事の手を止めていた。


「マスター様、まずは被害のことからでよろしいですか?」

(そうだな。詳しく聞かせて欲しい)


 ……


 大集落の被害、死者は八十人、負傷者は百三十人、魔獣や火災で倒壊した家屋は全体の三分の二にまでおよんだ。

 負傷者はまだ良い、俺達が治療することで大事に至ってない者がほとんどだ。

 家屋についても、また再建すれば良いだけの話なのだが……。

 死者についてはどうにもできない。

 死者の中には子供もいた。俺も『遠視』で見ていたので知っている。

 それもあって、魔獣に対して殲滅の意志が湧き上がったのだ。

 今、思い出しても胸が痛い。


(長老、コボルトは森に還すのが風習だと聞いているが……)

「ええ、ここまで人数が多いことは初めてですが、場所を分けてでも――」

「待ってください。ここは、マスター様にお任せしてはどうでしょうか?」


 マックスが長老の話を遮った。

 そのことにも驚いたが、俺に任せるって……『分解』しろってことじゃないだろうな?


「マスター様、どうか知恵を授けてください。石碑のように、犠牲者を弔う方法を我々に教えていただきたいのです」


 そういうことか。

 勿論、了承する。というか、初めからそのつもりだった。

 なにせ、犠牲者は大集落の者だけじゃない。魔窟に放置されていた骨の持ち主達もいる。魔窟が元凶である以上は彼らも同じ犠牲者だ。

 少しでも無念を晴らしてやりたい、というのが俺の考えだ。


 そのことを長老にも伝えた。


「それでは、マスター様は全ての犠牲者を弔う方法をコボルトに授けてくださるのですね?」

(まあ、それで浮かばれるという保証はないんだけどな。少なくとも、遺された人が故人を偲ぶことはできる。そこからは、各人が感じるままに任せたい)


 大集落のコボルト達は話についてこれていないのか、皆して顔に疑問符が浮かび上がっている。

 流石に長老は動じてないみたいだな。


「もしかすると、それは『墓』と呼ばれるものではないですか?」

(長老は知っているのか?)

「マックスから石碑を建てる話を聞いた時に思い出したのです。遥か昔、コボルトにも墓を建て、故人の死を惜しむ風習があったという話を。マスター様の仰る方法がそのこととは不思議なものですね」

(ああ、俺もコボルトに墓の風習があったのは意外だったよ。なんで今は墓を建てないんだ?)

「それはコボルトが移住しながら暮らすからでしょうか。墓を建てることで、そこから動かなくなる者もいるかもしれません。故人よりも、生者を優先した結果なのかもしれませんね」


 なるほどな。

 確かにコボルトの集落の建築を見ても、長期に渡って住むことよりも放棄する時に後腐れないように簡素な造りの建物が多いのだ。

 集落の周りを塀で囲もうと提案した時も驚かれたしな。

 コボルトにとっては、守るよりも逃げるが肝要だったんだろう。


(でも、大集落は逃げることよりも、守ることを考えていたんじゃないのか? 長老の屋敷なんか頑丈そうに見えたぞ?)

「ふふ……屋敷もいつでも放棄できるように、抜け道があるのですよ」


 抜け道?

 考えてみたら、あの屋敷に籠城しても敵はいなくならないよな。

 そうなると全滅は時間の問題かもしれん。兵糧攻めなんて喰らったら目も当てられない。

 だとすると抜け道を用意するのは当然だな。


(ちょっと興味深い、良かったら見せてくれよ)

「ええ、勿論です。いつでも結構ですよ」


 長老はあっさり答えてくれたが、側近の二人は困惑している。

 そりゃそうだ。言わば、最後の手段なのだ。

 いくら俺を信用してくれても、教えて良いことと悪いことがあるだろう。


 でも、俺は見せてもらう。

 抜け道……聞いただけでもワクワクしてしまうしな。

 ダンジョンの参考にもさせてもらえれば幸いだ。


(すまん、話を戻そう。長老は犠牲者の墓を作ることは反対なのか?)

「いいえ、賛成します。マスター様の下であれば、コボルトは逃げ回る生活をする必要もないでしょう。コボルトにとって、安住の地は正に夢なのです」

(マックスも夢のようだって言ってたな。分かった、俺がコボルトの安住の地を作る。だから、犠牲者の墓も任せてくれ)


 俺の言葉で、周囲にいたコボルト達から歓声が上がった。

 墓の件もあるが、安住の地と言う言葉が引き金になったんだろう。

 そっちの方が分かりやすいしな。


 俺は歓声を上げているコボルトの中から目的の人物を探す。


 ――いた!


(ジョン! 仕事増やすけど良いよな!?)


 ジョンが返事をしてくれているようだが、歓声に飲み込まれて聞こえない。

 だけど、ジョンの任せろと言わんばかりのサムズアップのポーズが返答になっている。


(長老、話の続きなんだけど……)


 空気を読んだマックスがコボルト達の興奮を静めてくれた。

 おかげで話がしやすい。


 ……


 犠牲者は死んだ者だけじゃない。

 家族を失った者や家を失った者などが多いのだ。

 そんな者達をどうするかも話し合わなければならない。


 家を失った者については、一部の者は俺達の集落の空いている小屋に住んでもらうことにした。

 残りは長老の屋敷で寝泊まりすることになる。

 まあ、かなり広い屋敷だし何とかなるだろう。


 家族を失った者については、正直俺には荷が重い。

 特に、親を亡くした子供が大変だ。


 俺が困り果てているところに、おっかさんの助けが入った。


「マスター様、あんたもめんどくさいね! あたしに任せな! 子供はあたしに任せりゃ良いんだよ!」


 ベルさん、すげえな!

 件の子供達も、事態が飲み込めずびキョトンとしていたが、ベルさんは構わず子供達を抱き上げている。


「あんた達も、あたしの子供だからね! 覚悟しな!」


 何の覚悟だ?

 でも、ベルさんなら大丈夫だろう。

 先日預けた子供達もベルさんに懐いているようだ。

 今もベルさんの側で新しい兄弟を歓迎している。

 旦那のジョンは、やれやれといった様子だが嬉しそうでもある。


「本当に、ここは夢のような場所ですね」

(皆で作った場所だからな。俺だけじゃ何にもできないよ)


 そう、皆で作った場所、皆で作る場所でもある。

 長老にも手伝ってもらわないといけないこともある。


(で、長老に頼みたいことがあるんだけど……)

「はい、何でしょうか?」


 一つ目は人手の派出。

 大集落の人手があれば、復興も当然早くなる。

 それ以外にも手付かずの土地の開拓などもしたい。


(それで、大集落に『建築』みたいなスキルを持ってる人物はいないか?)

「残念ながら……。屋敷も昔に建てられたものなので、新たに建造できる者もいないのです」


 それは残念だが仕方ない。

 まあ、後々の課題だな。


 二つ目はコボルトに呼び掛けて欲しいのだ。


「……つまり、私から森のコボルトに向けて、この地に集まるように呼び掛けろ、と仰るのですね?」

(ああ、できれば全てのコボルトの方が良いんだけど、自分達が住んでた集落を放棄するのは抵抗があるだろうな。強制なんてしないよ)

「ですが、やる価値はあります。早速、明日から使いの者を派遣しましょう」


 よし、俺の目が届く範囲なら守ることができる。

 できるだけ多くのコボルトが集まってくれることを祈ろう。


 後は何を頼もうかな……?


「旦那、オイラも何か力になれないかニャ?」


 気が付けば、側にはコテツが座っていた。



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