幕間 ―コテツ編 親友との誓い―
オイラはコテツ、ケットシーの商人ニャ。
とは言っても、オイラは商人仲間の間でも変わり者で通ってるんだけどニャ。
何故かって? 森に行商に来るケットシーなんてオイラしかいないからニャ。
思い返せば十年、きっかけは一人のコボルトとの出会いニャ。
当時のオイラは商人の成り立て、所謂、丁稚というやつだニャ。
そんなオイラの奉公先の主人は、オイラを消耗品としか思ってないような、とんでもない外道だったんだニャ。
このまま働いていたら、いつかオイラは死んじまう。オイラが死んだところで、代わりなんて幾らでもいるから気にも留めらないニャ。
オイラには家族もいない。
口減らしのために捨てられたオイラが野垂れ死んでも、悲しむ者なんているわけがない。
そんな人生、真っ平御免だニャ!
一念発起したオイラは森に向かうことにしたんだニャ。
森なら他の商人はいない。上手くいけば、森に住む獣人から商品を安く仕入れて、逆に商品を高く売り付けることも夢じゃない。
子供だったオイラは、そんな浅はかな欲に目が眩んで何も見えてなかったんだニャ。
……
…………
「はあ……全然、相手にしてもらえないニャ……」
流石に無鉄砲過ぎたかニャ……。
でも、もう国に帰って商人になるのは難しいニャ。
せめて、ギルドに加入する費用を確保しないことには、帰るに帰れないニャ。
だいたい、山羊人の連中は、何考えてるか分からんニャ!
楽器で遊んでるかと思えば、いきなり魔獣をけしかけてきたりして、意味が分からないニャ!
あんな連中、相手にする必要無いニャ!
次、行くニャ!
……
豚頭人……恐ろしい奴らニャ……!
オイラを食い物だと思って襲って来るなんて、話が通じる相手じゃなさそうだニャ……!
こんな連中、相手にしてたら命が幾らあっても足りないニャ!
次だニャ!
……
蝦蟇人? どう見ても魔獣だニャ。
オイラも噂しか聞いたことが無かったけど、実在したのかニャ。
偶然、出くわしたのは良いんだけど、言葉が通じてないように見えるニャ?
襲って来る気配は無さそうだけど、言葉が通じないなら商売は無理そうだニャ。
仕方ない、次ニャ。
……
兎耳人、ちょっと変な奴らだニャ。
国にもいたから臆病なのは知っていたけど、森に住んでる奴らは輪を掛けて
臆病なんだニャ。
オイラの何が怖いのか、逃げてばっかりで全然会話にならないんだニャ。
商売したいって言ってるだけなのに、「お助け!」ってどういうことニャ?
皆、家に閉じ籠って出てこなくなってしまったニャ。
もういいニャ、次……って、あとは何かいたかニャ?
うーん……あっ、コボルトがいたニャ。
森の北の方にいるんだっけ、そいつらにも一応会いに行ってみるかニャ。
コボルトは国でも身分の低い連中だし、正直、期待はしてないけど、この際コボルトでも良いニャ。
どっちみち、オイラは行くしか道が無いからニャ……。
……
…………
疲れたニャ……。
思えば、一か月以上森を彷徨いてるんだニャ……。
森の魔獣はオイラの『風魔術』でどうにかできるけど、満足に寝れないのは辛いニャ。
それに、腹が減ったニャ……。
魚、食いたいニャア……。
そんなオイラの前に一筋の川が。
こいつはラッキー!
川があれば、魚もいるかもしれない。
喉も乾いてたし、一石二鳥だニャ!
この時のオイラは、川を見つけた喜びで周りの警戒することなんて、頭からすっぽり抜け落ちてたニャ。
ここはヘルブストの森、魔獣が蔓延る森ってことを一か月過ごす間に忘れていたのかもしれないニャ。
川で泳ぐ魚を追いかけ回していると、周囲の気配が変わったことに気が付いたニャ。
でも、その時には既に遅かったニャ。
「ニャ!? 魔獣!?」
そいつは巨大なイノシシ……ファングボアだニャ。
川の畔から、オイラのことを凝視していたんだニャ。
「フゴッ……! ブルル!」
これはヤバいニャ……。
完全に狙われてるニャ。
ここは川中、逃げる場所が全く無いニャ。
オイラの『風魔術』も詠唱してる暇も無さそうだし、そもそも、こいつにオイラの『風魔術』じゃ、倒すなんて無理だニャ。
終わった……。
こんなことなら、国で死ぬまで働いて……って、それも嫌だニャ!
オイラの人生、ろくでも無さ過ぎニャ!
神様、このまま死んだら世界を恨むニャ!
「ブフォッ!」
「ひい……」
オイラは死を覚悟した。その時だったニャ。
「ぬおおお!!」
――バシュ!
「ブヒィ!」
「くそっ、かってぇな!」
何だ、何が起こったニャ……?
チャージボアの他に、誰かいるニャ。
もしかして、戦っているのかニャ!?
「うおおお!!」
「ブオオ!」
後から来た人物は、刃毀れした剣でチャージボアと戦っていたんだニャ。
剣が使い物にならなくなったら、落ちていた石で、終いには拳で殴りだしたニャ。
「ブ……フゥ……」
「ハァ……ハァ……」
「あわわ……」
オイラは目の前で繰り広げられた死闘に動転して、パニックになってたニャ。
「あ、あんた……無事か?」
「ひえ!? あ、あ、あんたこそ、どう見ても無事じゃないニャ……!」
オイラを救ってくれた人は全身傷だらけで、装備もボロボロだニャ。
そんな状態で、笑いながら無事か聞いてくるのは衝撃的だったニャ。
オイラは、なけなしのポーションをその人に使ったニャ。
この人を死なせちゃならない。心から、そう思ったんだニャ。
「おお、助かったよ。ありがとな」
「オイラの方が礼を言わないといけないニャ……。でも、どうしてオイラを助けようと思ったんだニャ?」
助けてもらっておいてなんだけど、オイラを見捨てても良かったはずニャ。
ファングボアなんて、まともに戦っても危険なだけなのに、この人は危険を顧みずオイラを助けてくれたニャ。
誰にも助けてもらえないオイラなんかを……。
「困ってる人がいたら助ける、それで十分だろ?」
「そんなことで自分の命を掛けるのかニャ?」
「ハハハ……そんな奴がいても良いじゃないか」
オイラはその人の笑顔に惚れちまったニャ。
オイラもこの人みたいになりたい、そう思ったんだニャ。
「あんた、コボルトじゃないよな? 何て種族だ?」
「オイラはケットシーのコテツ、こう見えて商人ニャ!」
「ケットシー……初めて見たな。まあ、他の種族と話するのも初めてなんだけどな! 俺はハウザー、コボルトの戦士だ!」
オイラにとって、このコボルト――ハウザーとの出会いはまさに運命だったニャ。
その後、ハウザーに大集落と呼ばれるコボルトの住処へ案内してもらうことができたんだニャ。
……
「貴方は、私達コボルトと取引がしたいと言うのですか?」
コボルトの長老。
長老と呼ばれるには若い気もするけど、その目と声には余所者を威圧する迫力が溢れていたニャ。
この人を口八丁で丸め込むなんて、オイラじゃなくてもできるわけがない、そう感じたニャ。
でも、その時のオイラにはコボルトを丸め込むつもりなんて無かったニャ。
オイラを助けてくれた御仁に恩返しがしたい。
その気持ちで一杯になっていたんだニャ。
「余所者のオイラを信じるなんてできないと思うけど、話を聞いて欲しいニャ!」
「長老、コテツは俺達を騙すような真似はしないと思うぞ?」
「ハウザー……貴方は、見ず知らずの者をここに連れてきただけでなく、擁護しようと言うのですか?」
何やら、オイラのせいで恩人に迷惑を掛けそうな雰囲気になっている気がするニャ……。
「怪我した俺を助けてくれたんだし、危険じゃないと思うけどな」
「そこまで言うなら、ハウザー、貴方が証明するのです。この者が信用に足る人物であることを」
「ハッハッハ……! そっちの方が分かりやすいな。良いぜ、俺が証明してやるよ!」
突然、何を言い出すニャ。
信用できる証明って、どうするつもりニャ……。
「じゃあ、コテツは俺が仕留めた魔獣で商売してみてくれよ。コテツがコボルトの役に立つ物を持ってきてくれれば、長老も信用してくれるかもしれないしな」
そういうことかニャ。
それなら、願ったり叶ったりだニャ。
元々、商売するつもりで来たわけなんだし、一歩前進したってことに変わりはないニャ。
「分かったニャ。任せろニャ! でも……良いのかニャ?」
「何が?」
「あんたとオイラ、出会ったばかりなのに、何でそこまでしてくれるのかニャ?」
「俺にも分からん! でも、コテツは嘘を付く奴の目をしてない。一生懸命生きてる奴の目をしてる。俺はコテツを信用するぞ!」
「……ありがとうニャ」
……
それからオイラは、ハウザーが狩った魔獣の素材を元に商売を始めたニャ。
最初は魔石ぐらいしか運べなかったから、儲けとはいかない程度の商売だったけど、何とかギルドにも加入できたし、コボルトに役に立つ魔導具も都合を付けることができたニャ。
大集落と国を往復する日々、大変だったけど、あの頃が一番楽しかったニャ。
そして、二年ほど経つ頃には、オイラも少しは信用してもらえるようになってたニャ。
……
…………
「コテツ、俺はそろそろ大集落を離れる」
「ニャ!? なんでニャ!?」
大集落で取引を終えて寛ぐオイラに、突然ハウザーが言い出したニャ。
「言ってなかったっけ? 俺は元々、ここに住んでるわけじゃないんだよ。別の集落に俺の家があってな、ここには剣の指導で来ていたんだ」
「なら、ここに住んだら良いニャ」
「そうもいかん、コボルトは散らばって生活する決まりがあるんだ」
なんでも、コボルトは絶滅を避けるために、一所に住まないようにしているらしいニャ。
オイラには理解できないけど、ハウザーに笑顔で言われたら納得するしかなかったニャ。
「それにな、俺にも子供が生まれるんだ! 側にいたいに決まってるだろ!」
「それはおめでたいニャ!」
ハウザーには本当に世話になったニャ。
あの日、救われたのは命だけじゃないニャ。オイラの人生も救ってくれたんだニャ。
今では大集落のコボルト達もオイラに声を掛けてくれる。
あの怖かった長老も、信じられないぐらい優しく接してくれるんだニャ。
それもこれも、全部ハウザーのおかげニャ。オイラはハウザーが幸せになれるなら文句なんか無いニャ。
「じゃあこれ、間に合って良かったニャ」
「何だこれ? 剣か?」
「そうニャ。あの時、オイラを助ける時に剣が折れてたから、ハウザーにはもっと良い剣を使ってもらいたかったんだニャ」
オイラが用意したのは魔鋼製の剣。
特注で、スキルも付けてもらった代物だニャ。
おかげでオイラの貯金は吹っ飛んだけど、それに見合う買い物だったニャ。
「何か悪いな」
「悪くないニャ。あの時のお返しだと思って、受け取って欲しいニャ」
「分かった。ありがとう、大事に使わせてもらうな」
ハウザーが大集落を離れるのは寂しいけど、仕方無いニャ。
場所を聞いて会いに行くのも良いし、今生の別れってわけじゃないしニャ。
「なあ、コテツ、約束してくれないか?」
「何をニャ? ハウザーとなら何でも約束するニャ」
「……ケットシーはコボルトよりも寿命が長いんだろ? 俺がいなくなっても、コボルトを見捨てないでやってくれ」
「そんなシリアスなのはハウザーには似合わないニャ」
「コテツ」
「……分かってるニャ。オイラはこれからもずっとコボルトのために商売を続けるニャ。いや、コボルトだけじゃない、困ってる人がいたら助けるニャ。オイラの命が続く限り……約束するニャ!」
「ありがとうな……!」
……
次の日にはハウザーは大集落を発っていたニャ。
それからもオイラは約束どおり、コボルトと商売を続けていたニャ。
そんな中、一度だけハウザーの住む集落を訪れたことがあったニャ。
その時、ハウザーは生まれたばかりの子供を抱いて幸せそうに笑ってたニャ。
違う土地でも相変わらず明るい様子で安心したニャ。
それから暫く経って会いに行ったら、また違う場所へ行ったって言うし、本当に落ち着きの無い奴ニャ。
オイラも今では、コボルト以外の獣人とも商売するようになって、簡単には会いに行けないけど、いつかまた、ハウザーに会いに行ってやるニャ。
その時のために土産話を用意しておこうかニャ?
ハウザーみたいにオイラの命を救ってくれたコボルトの話。
オイラだけじゃなくて、大集落まで救った豪傑ニャ。
まだ子供みたいだけど、不思議な雰囲気を持つコボルト。
ハウザーに会える日が、いつになるか分からないけど、その時が来るのをオイラは楽しみに待つことにするかニャ。