第49話 魔窟の核
「――!!!!」
魔窟の核から、今までに無い程の拒絶の意志が迸った。
それと同時に放たれる波動。
近付こうとしていた俺はその衝撃をもろに浴びてしまい、吹き飛ばされる形で床を転がっていた。
「クソッ! いきなり何だ!?」
辺りには煙のようなものが立ち込めている。
クーシーに仕掛けた即席魔光瓶の光が、照明代わりに煙を照らす。
黒紫の煙、核が出したと見て間違いないだろう。
核を中心にして、渦を描くように広がっている。
〈警告! 周囲の魔素濃度が急速に上昇! 生物の生存可能濃度を超えています!〉
――なっ!?
「ノア! キバ!」
支援者の警告で流石に焦った俺は、二人に目を向ける。
ぐったりとしたキバの頭をノアが形を変えて覆っていた。
「マスター……逃げて……」
ノアがか細い声で、俺に訴えかけている。
キバは意識が無いのか、微塵も動かない。
二人共、生命力が減り続けている。キバを庇ってるためか、ノアの方が減りが早い。
何が……? いや、ノアとキバを助けないと!
「ノア! 動けるか!?」
〈警告! 空間が固定されています! 物理的な脱出は不可能!〉
次から次へと何なんだ!?
(支援者! 原因と対策を言え!)
〈原因は核からの意志によるもの、対策は核の破壊です!〉
核? 全部、あいつがやったことか!
要は、あいつをぶっ潰せば良いんだな!?
俺は核が安置されている台座に目を向ける。
「――無い!? クソッ! 何処へ行った!?」
さっきまであったはずの核が無い。
落ちているわけでもない。
誰かが持っていった? そんな馬鹿な!
俺達以外に誰もいなかった。
今いるのは俺達とクーシーの亡骸ぐらい……!?
――クーシーが立っている。
頭を失い、首があったところから流血したままのクーシーが立っているのだ。
その立ち姿は、さっきまでのような野性的なものではなく、生気の無い、まるでアンデッドのようだ。
この世界には、もしかしたらアンデッドなんてものもいるかもしれないが、よりにもよって、このタイミングで現れるか!?
クーシーは死んでも俺を狙うつもりのようだ。
俺に向かって歩みを進めてきた。
その動きは遅く、まさにゾンビのような足取りだ。
立ち込める煙――恐らくは魔素だろう――の中を進むクーシーの胸に、俺の探している物体が顔を覗かせていた。
魔窟の核が、クーシーの胸に張り付いている。
無理やりくっ付けたように、大部分が剥き出しの核そのものであったが、血管のようなものが核とクーシーの体を繋いでいる。
種族:不明
称号:不明
生命力:不明 筋力:不明 体力:不明 魔力:不明 知性:不明 敏捷:不明 器用:不明
スキル:不明
核耐久力:872
クーシーはアンデッドになったのではなく、核が操っているのかもしれない。
しかし、そんなことはどうでも良い。
「ストーンバレット!」
俺はクーシーの胸を狙ってストーンバレットを連射する。
核さえ潰せば、全て解決する。無駄にしている時間なんて無いんだ。
クーシーは胸を庇うように、腕を体の正面で交差させるが、あまりにも遅い。
交差するまでに、ストーンバレットが核に命中した。
ギィィン!
命中……したよな!?
〈核は極めて高い濃度の魔素で包まれています。超威力の攻撃か、魔素を中和する攻撃の他、核を破壊する手段はありません〉
(何だそりゃ! 早く言えよ!)
ストーンバレットは効果が無いようだ。
核に当たる直前に見えない壁で弾かれた。
アクアバレットも同じことだろう。
じゃあ剣か?
しかし、剣じゃ超威力の攻撃にはならんぞ。
魔素を中和できるとも思えん。
〈核は耐久力を消費して魔素を放出しています。耐久力が無くなるまで、回避に専念することを推奨します〉
(ふざけんな! あいつよりも、ノア達が先に力尽きるだろうが!)
こうしている間も、ノアとキバがヤバい。
何か方法は無いのか……?
クーシーは再び動き始めている。
俺は剣を構えながらも、必死に思案する。
〈マスターが核に対する有効な攻撃方法、『噛み付き』です〉
何? 噛み付き?
俺が核に噛み付けば、魔素の壁をぶち破れるのか?
〈肯定。マスターの口内はダンジョンと同じ構造になっています。魔素をDPに変換することが可能です〉
そうか、呼吸すれば魔素をDPに変えれたな。
魔素でできた壁ならDPに変えてしまえば良いってことか!
やるしかない!
とはいえ、相手はクーシーだ。
能力値が不明でも、元々の能力値が高い以上、不用意に近付けない。
さっきのストーンバレットへの防御を見る限り、『見切り』は使ってない。動きも緩慢。そこを突く!
「うおお!」
俺の狙いは手足、動きを封じれば懐に飛び込んで噛み付くこともできる。
ザシュ!
俺はクーシーの大振りの右ストレートを掻い潜りながら、右足を切りつける。
剣の切れ味が良いのか、クーシーの右脛を難無く切り飛ばすことができた。
右足を失ったクーシーはバランスを崩して膝を突く。
これはチャンス! さらにもう一撃!
俺は左腕目掛けて、剣を降り下ろす。
「――しまった!」
降り下ろした剣は、クーシーの左腕を切り裂いた。しかし、切り落とすには至っていない。
クーシーが剣を受け止めようと構えていたのだ。
剣は掌から肘を裂いたところで止まってしまった。
腕の骨肉に食い込んだ剣を抜こうと力を込めるが、びくともしない。
いくらクーシーの動きが遅くとも、この隙は致命的だった。
俺の首を目掛けて、クーシーの貫手が迫る!
(――『化身』!!)
化身発動の瞬間、俺の体が小さくなる。
今の俺はかつての化身、犬だ。
犬になったことで、クーシーの一撃を躱すことができた。
もう後が無い、これが最後のチャンス!
「ガルァ!!」
膝を付いているおかげで、犬の俺でも胸にある核まで、飛び掛かれる。
最大まで開いた口で核に牙を立てた。
ピシッ……!
「――!!!?」
(うるせえ! 喧嘩売ったのはてめえだろうが!)
口の中の核から、拒絶の意志が溢れ出ている。
魔素を放出して、俺を弾き飛ばそうとしても無駄だ。
俺はお前の力を全部飲み込む!
「――!!!!」
(グオオオ!!)
核の最期の抵抗か、クーシーの指が俺の腰に食い込んでくる。
力任せに引き離すつもりだ!
俺はスキルを入れ換える。
『咬合力強化』、『痛覚無効』、『吸着』、『再生』、『火事場』、『物理耐性』……。
今、この時に必要なものだけ、あれば良い!
ブチブチブチィ!
俺の腰から肉が裂けるような音が聞こえる。
それでも、俺は核を離さない!
離すわけにはいかんのだ!!
「ガァァァ!!!」(くたばれぇぇぇ!!!)
――パキィィーーン!!
俺の口の中で何かが砕けた。
砕けると同時に、大量の魔素が溢れ出す。
その全てを飲み込むと同時に、俺の意識が消えていった……。
……
…………
ん? 俺は死んだのか?
周りには何も無い。白い空間が広がっている。
俺はと言えば、体が透けているように見える。と言うか、俺の体が無い。
これは前にもあったな。
転生した直後、あの時も自分の体が無くなっていた。
二度目となると、驚きもしないもんだな。
もしかしたら、化身の生命力が尽きて、復活待ちなのかもしれない。
死んだらこうなるのか……。
――なんて、暢気に考えていたら、覚えのある気配が目の前に現れた。
黒紫の球体……魔窟の核か?
不思議なことに、今の俺はこいつに脅威を感じない。
こいつが何もできないことが、何故か分かるのだ。
復活まで時間があるなら、こいつと話しても良いかな。
(なあ、お前、魔窟だろ?)
「……!」
うーん……こいつ、喋れないのか。
でも、俺の言葉に反応してるし、続けてみよう。
(お前はどうやって生まれてきたんだ?)
「……!?」
(生まれた意味、分かるのか?)
「……!」
言葉の意味を理解してるのか、反応が変化するな。
ただ、共通して俺に敵意剥き出しなんだけど。
(何でそんなに怒ってるんだ?)
「……!!」
(俺がお前を破壊したからか? それを言うなら、お前は多くのコボルトを犠牲にしたんだぞ?)
「……!?」
(コボルトにも人生があった。犠牲者の中には幼い子供もいたんだ)
「……」
やっぱり、こいつは俺の言葉の意味が分かっている。
それ以上に、ちゃんとした意識があるみたいだ。
怒気が弱まり、戸惑いが感じられるようになってきた。
(お前は、もしかして命の重みが分かるのか?)
「……」
(コボルトは弱い存在なんだ。それでも、一生懸命生きていた。命を繋ぐ姿は、間違いなく『人』なんだ。まあ、お前に『人』って言っても、分からんかもしれんがな)
「……」
(分かるのか? だったら……。いや、お前は俺と違ってコボルト達と接する機会が無かったんだろうな。お前がもし、違う運命を辿っていたら、俺と逆の立場になっていたかもな)
「……」
さっきまでの敵意は完全に消え失せていた。
今では悔恨の情さえも感じられる。
まるで、人間に話かけている気さえ感じるほどだ。
(お前、もしかして転生してきた……とか? ハハ……まさかな)
「……!」
(そうなのか? 実は俺もなんだよ。俺もお前も『ダンジョン』に転生したみたいだな。転生自体、ラノベや漫画ぐらいなのに、ダンジョンって何だよ! って感じだよな)
「……?」
(こんな出会いじゃなかったら、もしかしたら友達になれたかもしれなかったんだ。お前を殺してしまった俺が言えた義理じゃないかもしれないけど……来世では幸せになってくれ)
「……」
俺の言葉を最期に、魔窟の核だったものは徐々に姿が消えていく。
成仏してくれただろうか?
コボルトを襲ったことは許せないが、事情を知らなければ仕方の無いところもある。
まさか、魔窟も転生者だとは思わなかったが、あの反応だと間違いないだろう。
同じ境遇の俺が手に掛けるなんて皮肉なものだが、せめて冥福は祈ってあげよう。
(来世では、お前の歩む道に幸多からんことを……)
……
…………
「――ター……! マスター!」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
(ノアか?)
「マスター! 良かった……!」
どうやら俺はノアの体の中にいるらしい。
俺は死んでなかったみたいだ。
だったら、さっきのは一体何だったんだ?
今は体が思うように動かないし、頭もぼんやりする。
……駄目だ。思考が上手く働かない。
今はこのまま、ノアの体の中で休むことにしよう。
ノアの体の中はひんやりと冷たいはずなのに、温かい。
それが堪らなく心地良い。ずっとこうしていたい……。
(――キバ! キバは!?)
「我はここにいます」
キバはノアの側で俺を見つめていた。
良かった……! どうやら全員無事みたいだ。
今回はマジでヤバいところだった。
思えば、支援者があそこまで慌てたような物言いをするのは初めてだったな。それだけ、事態が逼迫していたってことだろう。
俺も終始焦ってたしな。
(二人共、体は大丈夫か? 調子が悪いとか無いか?)
「マスターに比べたら、悪いところなんかありません!」
「そのような姿になられるまで戦い続けるとは……!」
姿? そう言えば、咄嗟に犬になったんだった。
暫くは、また犬の生活か。
「マスター、痛みは大丈夫ですか?」
(ん? ああ、今『痛覚無効』を付けてるから、どこも痛くないよ)
ノアが固まっている気がする。
キバも口をあんぐりと開けて固まっている。
(そろそろ、スキルも戻しとこうかな?)
「「駄目です!!」
二人して、叫ぶように俺を止めてきた。
この時の俺はノアの中にいたこともあって自分の体を見ることができなかったが、後で聞くと酷い有様になっていたらしい。
クーシーが力任せに俺を引き剥がそうとして、俺の腰から下が抉れて千切れかかっていた。
口の中も牙をほとんど失い、顎も砕けていたようだ。
ノアが俺をくるむと同時にミドルポーションに浸してくれたので、俺の意識が戻る頃には顎は回復していた。
腰の方は、まだぐちゃぐちゃだったらしいが……見えなくて良かった。
俺が核を砕いた直後、周囲の魔素の濃度は急激に下がった。
そのおかげで、ノアはキバから離れ、俺の手当てに移ったとのことだ。
クーシーは核を失ったことで、再び亡骸に戻っている。
床に転がったままのクーシーは、もう二度と動き出すことは無いだろう。
本当に恐ろしい相手だった。
〈核を破壊したことで、空間の固定は解除されました〉
逃げる余裕も無かったから忘れていた。
ともかく、これで帰ることができる。
〈核を失ったダンジョンは、存在が不安定になります。速やかな脱出を推奨します〉
何? それって、あれか? 崩壊する的な……?
〈肯定〉
それはまずい!
(ノア! 俺のことは良い! 『収納』できるもの『収納』して、さっさと帰るぞ! ここが崩れるみたいなんだ!)
「えっ? わ、分かりました!」
ノアからニュルンと出された俺は、今度はキバに咥えられた。
キバの生暖かい息が気持ち悪い。そして、臭い。
ノアは手早く『収納』していく。
クーシーの亡骸、俺の剣、服は犬になっても着たままだったけど、履き物が落ちていた。勿論、それも『収納』してくれた。
意外なことに、台座も『収納』できたようだ。これで、この部屋には目ぼしいものは無い。
俺達は急いで部屋を出る。
支援者が言うには、風穴の部分は核が無くなっても、そのまま残るようだ。
まあ、厳密にはダンジョンじゃないしな。
ここまで来たら、慌てる必要も無いだろう。
骨の回収や、調査は後にして一旦帰る。
何より疲れたのだ。早く帰って休みたい。
次話の間に幕間を挟みます。
今回も3話、12時、16時、20時に投稿予定です。