第47話 元凶に向かって
「早速、行ってくるよ」
「マスター様、魔窟が何処にあるのか、御存知なのですか?」
うーん……知ってると言えば知ってるし、知らないと言えば知らない。
大体の見当は付いてるってところだが……。
「心当たりはあるんだ。そこに行ってみる」
「そうですか……どうか、無理をなさらずに」
「ああ、長老こそ、ゆっくり休んでくれ。ルークとコノアも、このまま長老のこと頼むな!」
「はい、お気を付けて!」
「ガンバレー!」
俺は長老に一礼してから、部屋を後にした。
屋敷の外に出ると、マックスが整列しているコボルトに対して指示を出しているところだ。
邪魔するわけにもいかないので、後ろで待っているとしよう。
「マスター様、待っていたのですか。声を掛けてくれれば、よろしいのに」
「いや、良いんだ。俺の勉強にもなるしな」
マックスが俺に気付いたのは指示を出し終えた頃、コボルト達が散開した後のことだ。
とは言え、さほど時間は経っていない。
マックスの『統率』の効果か、指示の伝達が驚くほどスムーズなのだ。
俺も『付与』すれば、同じことなのだが、それで同じことができるとは思えない。後学のためにも見学していた。
「それより、俺は今から魔窟の捜索に行くことにした」
俺は、元凶が魔窟ではないかと考えた経緯をマックスに説明した。
確証は無いが、自分でも不思議なぐらい確信している。
違うと言われれば反論できないが、それでも俺は自分の考えを曲げるつもりはない。
そんな俺を、マックスは肯定するかのように頷いてくれた。
「俺の感じた違和感は、魔窟から出ていたものかもしれない。とにかく、確認してみないと分からないんだけどな」
「なるほど、魔窟の可能性……。マスター様の仰るとおり、野生の魔獣の襲撃にしては不自然極まりない。しかも、マスター様は思うところがあると。これは確認する必要があるでしょうな」
「ああ、どうにも俺しか分からん気配らしいし、俺が行くしかないみたいなんだ。マックスには大集落のこと、頼んで良いか?」
「ええ、お任せください」
俺は探索に出る前に、長老の屋敷の前にダンジョンの入口を繋げておいた。
グラティアへの入口を塞いで、大集落に切り換える。
グラティアでの作業は中断してもらうことになるが、今はそれどころではない。大集落が落ち着くまでは、これでいく。
ここにきて、入口が二つまでという状況が厳しくなってきたな。
同期率が上がれば、さらに増えるかもしれないが、今は言っても仕方ない。
必要に応じて切り換えるのみだ。
「キバ、悪いが、もう一働きしてくれ」
「マスターの命とあらば!」
俺が門の前に待機したままのキバに声を掛けると、キバは勇ましく返事をしてくれた。
尻尾を振らなければ、様になっているんだが……。
コウガ達には、大集落近辺の警戒に当たらせている。
大集落のコボルトも、マックスの説明でキバやコウガが味方であると認識してくれているようだ。隣で歩いている姿も見えるし、大丈夫そうだな。
そして、俺はダンジョンの中へ声を掛ける。
「ノア! 今回は一緒に来てくれ!」
俺の呼び掛けに応じて、ノアがダンジョンから飛び出した。
「ボクも一緒に連れて行ってくれるんですか?」
「ああ、今回は俺も本腰を入れないといけないみたいだからな。ノアが来てくれれば心強い」
「分かりました! 頑張ります!」
体を低くしてくれたキバに、俺とノアが飛び乗る。
キバの背中は逞しい。俺とノアが乗っても、重さを感じないかのように微動だにしない。
「キバ、向かうのは東、川の向こうだ」
「御意!」
返事と共にキバは駆け出す。
その速度は大集落に向かっていた時の比ではない。
俺はノアが落ちないように抱きかかえながら、キバの背中にしがみついた。
どうやら、大集落への往路は、ルズに合わせて走っていたらしい。
元々、キバとルズでは能力値が違う。ルズが本気で走ってもキバには追い付かないだろう。
今のキバを見ていると、それが確信できる。
この速度で落ちたら、絶対ヤバい。
キバの背中にしがみつく腕に力が入る。
キバは俺に遠慮することなく、速度を上げていく。
大集落を出発して数時間、既に川と並走するように走っている。
昨日、妙な気配を感じた地点まで、あと僅か。
キバも速度を落として、記憶にあった場所を探してくれているようだ。昨日見た景色の場所まで来たところで足を止めた。
「マスター、川に到着しました。このまま進んでも?」
「うーん……速度を落として、真っ直ぐ進んでくれ」
ここからだと、川向こうの森の奥、東の方からうっすら感じる程度だな。
スキルも『囮』を『遠視』に切り替えているけど、それらしいものは何も見えない。結局は気配に頼りに進むしかないようだ。
キバは川をひょいと飛び越え、再び走り出す。
さっきよりも速度を落としてくれているが、十分早い。
魔獣の影が見えたりするが、キバの速度に対応できず、ただ通り過ぎていくだけだ。
キバが森を進むにつれて、謎の気配が増していく。
この気配はどういうわけか、俺に敵意を持っているように感じる。
剥き出しの敵意。キバもノアも感じていないらしく、敵意の矛先は俺なのか?
俺は俺で、この気配に不快感を感じている。
一方的に罵詈雑言を投げ掛けられているような感覚だ。
一言で言うと、鬱陶しい。
気配が近付くことで、それに合わせて魔獣も増えている。
流石に、キバも無視できないほどの数の魔獣に囲まれ始めた。
とはいえ、今のところは雑魚ばかり。行く手を阻む魔獣に対し、俺とノアが遠距離攻撃を連発する。
打ち損じた魔獣は、キバに踏みつけられて散っていく。
この魔獣の数……この奥に何かあるって言ってるようなものだ。
キバもそれを感じてか、気配が強まる方向に直進している。
暫く魔獣を蹴散らしながら森を進むと、地面に大きく開いた口を見つけた。
自然にできた風穴だろう。穴からは、ひんやりとした風が流れてきている。
その冷たい風に乗るかのように、俺に対する敵意も流れて来る。
間違いない、ここが目的地だ。
穴の前には、守護するかのように魔獣が立ちはだかっていた。
オウルベア。以前は苦戦させられたが、それは特殊個体の話だ。目の前にいるのは通常種、しかもこっちは三人。
キバだけでも問題無いだろうが、俺とノアが牽制する。
「アクアバレット!」
「ハァッ!」
俺のアクアバレットが振りかぶっていたオウルベアの腕を弾き、ノアの魔力の弾が顔面に直撃している。
これには堪らず、オウルベアは仰け反るように体勢を崩している。
そこに、キバが止めに入る。
キバは速度を上げながら、オウルベアに向かって大きく跳んだ。
キバの狙いは首。オウルベアとすれ違いざまに爪の一撃を見舞う。
一瞬遅れて鮮血が吹き出し、オウルベアはその場に崩れ落ちた。
「キバとノアがいれば、オウルベアも楽勝みたいだな」
俺が必死になって倒した時のことが嘘みたいだ。
まあ、俺の眷属の最強の二人なんだから、当然と言えば当然なんだけど。
「マスター、オウルベアは大集落にも現れました。ここから現れたと考えて、よろしいかと」
大集落にもいたのか? ダンジョンには来てなかったな。
それはともかく、ここに大集落襲撃の……いや、コボルトを襲撃する犯人がいるはずだ。
穴の周りにいた魔獣は片付けた。
周囲を『遠視』で見回しても、魔獣らしい影は見当たらない。
穴からも魔獣が出てくる気配は無い。
手駒が尽きたか?
だとしたら、今がチャンスかもしれない。
ここには俺とノア、そしてキバがいる。
この面子で無理なら、どっちにしろ無理だろう。
万が一、敵が危険なようなら、撤退すれば良いのだ。
「ノア、キバ、どんな敵がいるのか分からんが、付いてきてくれるか?」
「勿論です!」
「我はマスターの牙となりましょう!」
心強いな。
よし、行こう!
俺達は地面に開いた口の中に、足を踏み入れた。




