第45話 大集落へ 収束
俺は魔獣の駆逐を切り上げ、ダンジョンの外に出る。
先程まで存在していた魔獣の群れは既に群れと呼べるものではなく、疎らに存在するのみだった。
『囮』の効果によるものなのか、俺に気が付いた魔獣はまたも俺を狙って進路を変えている。
それなら、俺にとって好都合だ。
俺より先にダンジョンを飛び出したコウガ達が、そんな魔獣を狩ってくれるのだ。
これ以上、コボルト達に被害を出したくないので、暫くの間は『囮』を付けたままにしておくことにした。
ここから、大集落へはそう遠くない。真っ直ぐ走っていけば、すぐにでも到着できるだろう。
しかし、その間にも力尽きていくコボルト達がいるかもしれない。そんな気持ちが俺を囃し立てる。
キバ達は、上手くやってくれているだろうか? ……いや、信じよう。
少し前から、『収納』にあるミドルポーションが次々と取り出されている。
これは恐らく、ルークと一緒に大集落へ向かったコノアが取り出しているのだろう。
自分達で使うには明らかに量が多い。治療のために使ってくれているということが分かる。
それだけ、怪我人がいるということにもなるわけだが……。
火の手が上がったままの大集落に近付く。
燃えているのは木々ではなくコボルト達の住居だ。いまだに消火作業を行っている様子は感じられない。
火の勢いは収まることを知らず、このままでは救助に来た者達も煙に巻かれる恐れがある。
俺は少しでも火の勢いを弱めるために――
「アクアバレット!」
アクアリザードから手に入れた『水魔術』を使うことにした。
まさか、こんな使い方をするとは思わなかったが、使えるものは何でも使う。
救助はマックス達に任せて、俺は消火に専念する。
アクアバレットを叩きつけるように連射することで、火元になっている可燃物ごと吹き飛ばす。
多少荒々しいが、こっちの方が手っ取り早い。
消火よりも破壊が目立つ気もするが気にしない。緊急事態に悠長なことは言っていられないだろう。
途中、彷徨くゴブリンなどに遭遇することもあったが、構わずアクアバレットをお見舞いしておいた。
相手するだけ時間の無駄だ。
「マスター、御無事でしたか!」
火の手の無い方向から、ルズが駆け寄ってくる。
「ルズ、そっちも無事みたいで良かった。キバ達は?」
「無事です。今は別れて、魔獣の掃討と負傷者の救護を行なっています。私はこの火災の元凶を始末しているところでしたが、先程、最後のゴブリンメイジを処理しました」
「ゴブリンメイジが火を点けたのか。でも、もういないなら、後は火を消すだけだな」
とは言え、火災は大集落の大部分に広がっている。
そう簡単には終わらないだろう。
「あんた、『水魔術』使えるのかニャ!?」
ルズの背中からコテツが顔を覗かせている。
「なんで、コテツがいるんだ?」
「そんなことより、今のやつ、もっとでかいの撃てるかニャ? 撃てるなら空に向かって撃ってくれニャ!」
でかいアクアバレット? できるのか?
〈マスターのイメージ次第で可能です〉
俺のイメージ次第か。
しかし、でかい水の塊なんて……いや、イメージできる!
「アクアァ……」
俺はでかい水のイメージ、と言うよりも合体したノアを思い浮かべながら、アクアバレットのイメージを始めた。
イメージと同時に、口から出た水が目の前に集まっていく。まるで、シャボン玉のようだ。
水の塊が俺のイメージする大きさ……巨大化したノアと同じ大きさになったところで――
「……バレットォ!!」
水の塊を空に向かって放つ。
それは通常のアクアバレットと違い、ゆっくりとした動きで放物線を描くように飛んで行く。
しかし、あんなサイズの水の塊が落ちたら、消火どころじゃないぞ。
撃った後で考えるのも変だが、コテツは何をしたいんだ?
俺はコテツへ目を向けると、ルズの背中の上でコテツは何やら念じている。
もしかしてこれって――
「ウインドバレット!」
コテツが両手を突き出すと、掌から薄く緑がかった空気の塊が放たれた。
向かう先は俺の放ったアクアバレット、巨大な水の塊だ。
コテツの放った空気の塊は凄まじい速さで水の塊に迫っていく。
空気の塊と水の塊が当たったその時――
「ニャ!」
――ドッパァァァァン!
コテツの声と同時に水の塊が弾けとんだ。
辺りには、弾けた水が雨のように降りかかっている。
コテツが何かしたことは明らかだ。
「おい、今のは何したんだ? 『風魔術』なのか?」
「それはこっちのセリフニャ! ちゃんと詠唱してなかったニャ! 本当に魔術なのかニャ!」
「今はそんなことをしている場合ではありません!」
そうだ、ルズの言うとおりだ。
コテツも冷静になったようで、俺とお互いに顔を見合わせている。
俺が頷くと、コテツも頷き返してくれた。
やるべきことは決まっている。
「ルズ、俺達二人を乗せて走れるか?」
「問題ありません!」
俺がルズに飛び乗ると、ルズは駆け出した。
向かうのは、いまだ炎が猛威を振るう場所。
「アクア……バレット!」
「ウインドバレット!」
俺が水の塊を撃ち出し、コテツが弾けさせる。
局所の雨を繰り返すことで、火勢も煙も下火になっていく。
俺が一人で消火に掛かるよりも効果的だ。
勿論、ルズも頑張ってくれている。
俺とコテツが魔術を放つのに最適な場所を瞬時に探して移動してくれるのだ。しかも、二人も乗せたまま。
消火が進めば、コウガやマックス達も活動しやすい。消火が済んだ地域に、次々と人が送り込まれてきた。
火災から逃げ遅れた人が救助されている姿も確認できている。
火災が鎮火する頃には、既に朝を迎えていた。魔獣の影も消えている。
大集落だった場所は、魔獣の暴力と炎の被害で無残な姿となっていた。
消火を終えた俺達は、大集落の中心にある建物に向かう。
消火中も気になっていた建物。コボルトの集落には似つかわしくない、石の塀に囲まれた場所。
一区画が丸々塀に囲まれており、集落にとって重要な場所ということが一目で分かる。
逃げ惑う人々が、その中に入っていく姿も見えたので、避難所でもあると予想できる。
入口はどうやら一箇所のみ、正面の門だけのようだ。
俺達が近付くと、入口に立っていた人物が俺に声を掛けてきた。
「マスター様、火の手を沈めてくださり感謝します」
マックスだ。ここで俺を待っていたのか。
マックスの他にもコボルトが十名程立っている。全員見た顔だな。
「ここは避難所なのか? 重要な建物っていうのは分かるけど」
「ええ、本来は長老の住居ですが、緊急時には避難所となります」
門から見える建物は、木造ながらしっかりとした作りであることが伝わってくる。
集落に多く見られるような小屋ではなく、屋敷と言った方が相応しいかもしれない。
周囲を囲む塀も、5メートルほどの高さはある。森の魔獣では羽でも無い限り、飛び越えることは難しいだろう。
「マスター、御無事でしたか」
気が付けば、キバやコウガ達が側に来ていた。
魔獣を駆除し終え、俺の下に集ったようだ。
「キバ達はこのまま待機だ。魔獣がいたら相手してやれ。マックスはそれで良いか?」
「ええ、大集落の者がキバ殿を警戒しないよう、私の部下も残します。マスター様には長老に会っていただきたいのですが、よろしいですか?」
「勿論だ。案内してくれ」
俺はマックスの後に付いて門を潜ると――
「待ってくれニャ! オイラも連れてってくれニャ!」
コテツの呼び止める声が聞こえた。
ルズから降りたコテツは、慌てるように駆け寄ってくる。
「貴方はコテツ殿……。貴方もここに?」
「そうニャ。ここに商売に来てたら魔獣に襲われたニャ」
「二人は知り合いなのか?」
「ええ……しかし、それよりも今は長老の下へ行きましょう」
二人が知り合いなのは意外だったが、マックスの言うとおり、大集落の長老という人物に会いに行くことが先決だ。
屋敷の入口には戦士と見られる二人のコボルトが塞ぐように立っている。
二人に対し、マックスが頷くと道を開けてくれた。
それでも俺には警戒の眼差しを向けたままだ。
当然だろう、見知らぬコボルトだ。
しかも、この位置からは俺とキバ達のやり取りが見えていたはず。俺を不審人物と見るのは、警衛としては至極もっともだ。
屋敷の中は集会所のような作りのようだ。
入口から全体を見渡すことができる大きな部屋。
屋根を支える柱の他には何も無い、だだっ広い広間だ。
部屋の奥の壁には、意匠の凝った木製の扉が備え付けられている。
長老と呼ばれる人物は、その扉の先にいるようだ。
屋敷の中にはコボルトが溢れていた。
ほとんどのコボルトが絶望の表情を浮かべて座り込んでいる中、一部のコボルトは世話しなく動き回っている。その傍らにはコノアもいる。
彼らは、救助に来たコボルト達のようだ。コノアが出したポーションを使って、負傷者の手当をしている。
そんな光景の中を通り、俺達は奥の扉へと向かう。
奥の扉の前には、見るからに屈強な戦士が立ち塞がっていたが、マックスの顔を見るなり道を開けてくれた。
マックスは扉の前で立ち止まり、中にいる人物に声を掛ける。
「長老、マスター様をお連れ致しました」
「どうぞ、入ってください」
声から判断すると、女性のようだ。
コボルトの長老と呼ばれる人物……どんな人なんだろうか……。