第44話 大集落へ 異常事態
俺達は大集落へ向かう。
コテツの話では、何者かが大集落を襲撃している。それも、甚大な被害が出ているようだ。
時間は深夜、ゴブリンの襲撃を思い出す。あの時も深夜だった。
今回もゴブリンが?
いや、どうだろう。いくらコボルトに対してでも、五百人を超える集落に襲ってくるのか?
その場合、どれだけのゴブリンがいることになるんだ?
それに、コテツはブラッドウルフに追われていた。ゴブリンとは考えにくい。
俺は思案を巡らす。
ルズの上に乗ったままの俺には他にできることが無い。
ルズは大集落がある方向へ真っ直ぐに駆けてくれている。
暫く進んだところで、森に変化が起きていることに気が付いた。
森が……燃えている。
森の奥から夜空へと赤い炎が伸び、照らされた黒煙を伴って消えていく。
距離はそう遠くない。近付くにつれて、木々の焼け焦げる匂いが鼻に付き纏う。
火事の火元は、恐らく大集落だ。
俺の脳裏に嫌な想像が駆け巡る。
どれだけのコボルトが犠牲になっているんだ? まだ、間に合うのか?
もしかして、もう手遅れなんじゃ――
「マスター、魔獣がいます!」
俺の迷いを振り払うかのように、ルズが叫んだ。
ルズの声に従い正面に目を向けると、魔獣がいた。一体どころではない。奥に行く程、魔獣の数が多いようだ。
数なんて分からない。森の木々の隙間は魔獣で埋め尽くされているのだ。
しかも、魔獣に一貫性が見られない。
ゴブリン、ブラッドウルフ、森の魔虫、平原のソイルリザードや、川にいたアクアリザードもいるようだ。
別の種族の魔獣が、まるで一つの目的のために行動しているように見える。
幸い、距離が離れていることもあってか、こちらには気付いてはいないようだ。
しかし、この数の魔獣を突破して大集落へ向かうのは流石に危険だ。キバはともかく、ルズは力尽きるだろう。
(一旦、止まれ! 闇雲に突っ込んでも危険なだけだ。作戦を立てる)
俺の思念に従い、キバもルズも走るのを止めている。
全員が俺を見ている。俺の作戦を聞きたいのだろう。しかし、俺もこんな事態なんて想定していなかった。
こうしているうちにも大集落にいるコボルトが危険に晒されているのだ。すぐ作戦を立てないと……!
離れて見ていると、奴らはひたすら大集落に向かって進んでいるように見える。
奴らの注意さえ逸らせれば、何とかできるかもしれない。
注意を逸らす……一か八か、やってみるか!
「これから、二手に別れる。キバとルズ、さっきまでと同じ編成でな。キバは迂回しながら大集落へ向かえ。魔獣の相手よりも大集落へルーク達を届けるのを優先するんだ」
「マスターは?」
「俺はルズと共に魔獣の注意を引く。……ルズ、すまんが付き合ってくれ」
「光栄です。どこまでも付いていきましょう!」
「ルズ、マスターを頼む……!」
キバは反対するかと思っていたが、すんなり従ってくれた。俺を信じてくれているんだ。
ルーク、コノア、そしてコテツも俺の作戦に乗ってくれるようだ。強い頷きで返してくれた。
俺達はすぐに作戦を開始する。
キバはすぐにこの場を離れ、森の奥へ消えていった。
ルズも俺を乗せて走り出す。魔獣の注意を引くために。
俺がこの作戦を実行するに当たり、準備をしていた。
一つ目はスキルの変更。注意を引くスキル、俺は持っていたのだ。
『囮』――
手に入れた時は使い道があるとは思っていなかった。
だが、名前のとおりなら……。
ルズは魔獣の群れの中を横切るように走り抜ける。当然、魔獣はこちらを見ている。
注意がこっちに向いたままになってくれれば成功だ。
「マスター、魔獣の一部が追ってきます!」
一部じゃ駄目だ! せめて半分は来い!
他に注意を向ける方法は……アレだ!
俺は『遠視』を使う。『遠視』で視界を広げて、認識できる範囲を強制的に広げる!
……見える、ウジャウジャと蠢くような魔獣の群れが。
認識できたら、こいつを使う……『思念波』だ。
(てめえら! 俺を狙え!!)
俺の思念波は認識した対象に送ることができる。
俺の思念を受けた魔獣は俺の思惑どおり、俺に狙いを定めたようだ。
(ルズ、もう良いぞ。俺を降ろせ)
「マスター!? ……いえ、承知しました!」
ルズも俺の言葉に一瞬戸惑ったようだが、後は俺がやる。
俺はすぐ側にダンジョンの入口を繋げる。
そして、入って即座に新たな部屋を『生成』する。
新たな部屋と言っても、何もない殺風景な部屋、幅は5メートル程、奥行きは限界の100メートル程の部屋だ。
大広間の隣に位置するように『生成』した。
「ルズは迂回してキバの援護に向かえ!」
「ハッ!」
ルズは返事をすると、すぐさま駆け出した。
向かう先は魔獣のいない方向。指示どおり迂回して大集落へ行くだろう。
……ちょっと本気を出してやろうか。
俺はダンジョンを奥へと進む。俺を狙う魔獣は、刻々と距離を詰めている。のんびりする時間は無い。
俺が大広間への通路の前に立つ頃には、既に魔獣が侵入していた。
足の早い魔獣、先陣はブラッドウルフがほとんどか。
こいつらはいつも誰かを追っているな。そんなに追うのが好きなのか?
しかし、ここまでだ。
――俺は罠を発動させる。
「ギャン!」
罠は懐かしの落とし穴だ。緊急なのだ、凝ったものを作る余裕は無い。
前回との違いは、落ちた先に無数のショートソードを生やしておいた。
石や木の槍なんかより、よっぽど威力はあるだろう。
さらに、範囲も部屋の大半を占めている。飛び越えられるものなら飛び越えてみろ。
勿論、落ちたブラッドウルフは即死だ。
手早く『収納』して穴を塞ぐ。
片付けが終わる頃には、次の獲物がご来店。次はゴブリン、その他大勢だな。
先に入ったはずのブラッドウルフが消えていることに違和感を感じることも無く、俺に向かって突き進んでくる。残念ながら末路は同じだ。
「ゴゲッ!」
「ギギィ……!」
ゴブリンも魔虫も、俺の『収納』に納められていく。見たことの無い魔獣もいたが、飛べない限りは結果に違いは無い。
しかし、中には飛べる魔獣もいる。
パラライズモスや、それによく似たポイズンモス、あとはジャイアントバットだ。
落とし穴の上を優雅に舞っている。そんなやつには――
「ストーンバレット!」
障害物は無い、狙い撃ちしてやる。
……
数が多いので、流石に暫くは繰り返す作業が続いた。
三度目の罠発動の頃には、俺の側にはノアやマックス達が集まっていた。
ダンジョンを繋げた時点でノアは俺に気付いていたのだが、ノアにはマックス達を集めるように指示していた。この状況では手伝ってもらうことも無いからな。
それよりも、この後の準備をしてもらわなければならない。
「大集落が襲撃されていた。かなりの被害だ。魔獣が粗方片付いたら救援に向かう」
俺の言葉でざわめきが起きている。コボルト達だ。
自分達の最大の集落への襲撃が信じられないのだろう。しかし、俺は見てしまった。
『遠視』を使った時に、地獄のような光景が広がっていたのだ。
逃げ惑う人々に襲いかかる魔獣、一人に対し集団で襲いかかる魔獣、嬲るように殺す魔獣……。
中には子供が襲われている光景も見えた。
俺も最初は時間稼ぎのつもりだった。
注意を引いて、大集落の態勢を立て直させるつもりだったのだ。
しかし、大集落の惨状を見た時に、何かが吹き飛んだ気がした。
お前らがそう来るなら俺もやってやる。
俺の最大の武器、ダンジョンを使って、お前らを殲滅してやる。
その思いだけで行動していた。
……
これで何度目になるだろうか。
今では、魔獣の勢いは最初とは比較にならないほど弱まっていた。
そろそろ良いだろう。
「コウガは先行して外の魔獣を狩れ。マックス達コボルトはコノアを連れて救助に当たってくれ。ノアは引き続き、ダンジョンの警戒を頼む」
各々の返事と共に俺達は動き出す。
まだ魔獣共はいる。一刻も早く救助に向かわないと!