第4話 チュートリアルの終わり
俺は『収納』できるものを探すために、目の前に広がる平原を進んだ。
夜の平原って、暗くて結構怖い。
しかも今の俺は柴犬である。見るもの全てがでかく見えるのだ。
そう、目の前に現れたこの蛇も。
「シャー!」
めっちゃ威嚇してる。取りあえず、『鑑定』。
種族:獣・蛇、グラススネーク
生命力:27 筋力:23 体力:24 魔力:14 知性:15 敏捷:26 器用:17
スキル:温度感知
俺のスライムよりも弱いな。
けど、俺は戦わない。何故なら怖いから。
(スライム! ここ! ここ! この蛇、なんとかしてくれ!)
「オまかセくダサい、マすター!」
俺に呼ばれたスライムは、ゴムまりのように飛び跳ねてグラススネークの頭の上に落ちてきた。
ボスン!
見た目に反して、スライムの一撃が強烈だったようだ。地面には丸い窪みができている。
標的となったグラススネークの頭は見事に潰れていた。まだ尻尾が動いているけど、すぐに絶命するだろう。
「オワりマしタ、ますター!」
(お、おう。お疲れさん。)
こいつ、思ってたよりも強いかも……。怒らせないようにしよう。
〈『収納』してください〉
え? 何? このタイミングで『収納』してくださいって、この蛇のこと言ってんの?
〈『収納』してください〉
二回言った!
(……見えてる?)
〈肯定。視覚情報を共有しています〉
そういうことね……。俺が見た情報はそのまま核にも送られているってことか。
じゃあ、『収納』って蛇のことだよな……。
俺は、もう動かなくなったグラススネークを見る。
……アオダイショウぐらいか、俺から見たらかなりでかい。とても食えるとは思わない。
〈『収納』してください〉
なんでそこまで、俺に蛇を食わせようとすんの!?
そんなに言うなら、俺にできるってことだよな? 良いよ! やってやる!
俺は意を決してグラススネークの尻尾に噛み付いた。……頭の方は潰れて気持ち悪いから。
お? おお? 何コレ? 喉に届いた部分が、そのまま消えていく感じがする。
これが『収納』か! これなら、口に入るものなら大丈夫そうだ。
ただ――
味覚はちゃんとあるんだな……。生臭くて、不味い。
俺は、我慢してグラススネークの残りを食った、というより飲み込んだ。
犬が蛇を飲み込んでいく姿は異常だろうな。人に見られたら絶対引かれる。
幸い、見ているのはスライムだけだ。……見えてんのか? 目、無いけど。
「みエテいマす」
……らしい。詳しく聞いたら、全身を使って五感が再現できる、とのことだ。
さて、『収納』したから次は『分解』だな。
『分解』するイメージ……。
ん? 何か、俺の中に入ってきた感じがする。
これは……DPだ。グラススネークを『分解』したら、DPが50増えていた。
それで、次は『解析』だけど――
〈『解析』は『分解』と同時に自動に実行されます〉
知らない間に終わってた。核にある情報を確認すると――
グラススネーク:解析完了
『温度感知』:解析完了
おっ、これでグラススネークの『創造』ができるのか。『温度感知』はスキルだな。
〈獲得したスキルは『付与』することができます〉
うおお……。『付与』も凄いスキルっぽいぞ。
〈『収納』『分解』『解析』を完了。核ルームに帰還してください〉
よし、STEP6も終わったみたいだし、指示どおり核ルームに戻るとするか。
俺はスライムを照明代わりにして、ダンジョンの奥へ進んだ。核の前まで戻ると――
〈STEP7:眷属に『付与』を行なってください〉
早速、さっきのスキルを『付与』してみるか。
その前に、一応――
(何が『付与』できるか、教えてもらっても良いか?)
〈スキル、名前が『付与』可能です〉
ん? 名前? スキルで名前を付けてやるのか? 何か違いでもあるのか?
まあ、折角だし、スライムに名前を『付与』してみようか。
スライムに『付与』するイメージをしながら……。
(お前の名前はノアだ)
そう念じた瞬間、ノアと名付けたスライムが青白い光に包まれた。
元々、淡く光っていたが、今は眩いほどの光を放っている。
(お、おい! 大丈夫か?)
「マスター! 力が漲ってきます!」
大丈夫みたいだ……。
ん? 喋り方が変わった?
光が収まると、スライムの体が二回りほど、大きくなっていた。
(どういうことだ? 名前の『付与』にこんな効果があるのか?)
〈名前の『付与』により眷属が名付きとなりました。名付きとなった個体は、能力が強化されます〉
名付き? ちょっと『鑑定』してみよう。
名称:ノア
種族:不定形・粘性、スライム
称号:特殊個体、名付き、ダンジョンの眷属
生命力:92 筋力:75 体力:101 魔力:121 知性:137 敏捷:56 器用:93
スキル:収納、擬態、物理耐性、痛覚無効、再生、分裂
めちゃくちゃ強くなってる。能力値が軒並み二倍以上になってた。
スキルも『再生』と『分裂』が増えてるし、名付きってこんなに違うのか。
デメリットが無ければ、ガンガン名前を付けるけど……。
デメリットがあった。
『付与』の瞬間そんな気はしていたが、やはりDPを使用していた。
名付けだけで、DPが2000も減っていたのだ。
これでは多用できなさそうだ。
「マスター! ノアという素敵な名前をくださり、ありがとうございます!」
知性と器用が上がったおかげか、流暢に喋っている。さっきまでと全然違って、聞き取りやすい。
こうして聞いて見ると、ノアは元気な子供のような声だ。
(えっと、ノア? 改めて、よろしくな)
「はい! お役に立てるように頑張ります! よろしくお願いします!」
なんというか、新入社員みたいだな。まあ、やる気のある部下はありがたい。能力が高ければ尚、良しだ。
ただ……能力が高すぎる気がする。知性137って、どのくらい賢いんだ? 俺より賢くなってたら、どうしよう。後々、馬鹿にされるのは嫌だな……。
そんなふうに、自分の将来を不安に思っていると――
〈『付与』を完了。全STEPの完了を確認。以上でチュートリアルを終了します〉
(えっ? 終了? よく分かってないことが、まだまだあるけど……)
〈核に設定されたチュートリアルは完了しました。意思決定支援システムによる支援は、以降も継続して行ないます。〉
(チュートリアル終わったらバイバイってわけじゃないんだな? ちょっと安心したけど、具体的にはどんな支援をしてくれるんだ?)
〈現在の機能は、疑問に対する回答および情報管理の補助です〉
(現在? 今後は変わったりするのか?)
〈核との同期が進行することで機能が強化されます〉
これからも色々教えてくれるみたいで、ほっとした。
確かにチュートリアルのおかげで、分かったことが多いけど、分からないことの方がまだ多い。
というか、この世界については全然知らないのだ。答えてくれるみたいだし、今のうちに質問してみよう。
(じゃあ、早速、質問していくな?)
〈了解〉
(まず、ダンジョンの外って、どこなんだ? 地球じゃないよな?)
〈肯定。惑星名:地球とは異なる時空に存在する世界です。現在地の詳細については不明〉
つまり、異世界か。まあ、今さらだな。
ただ、異世界のどこかまではわからない、か。
(次の質問、俺は何をしたら良い?)
〈ダンジョンである貴方は、自らを成長、強化し存在を維持することが目的です〉
(うん、最初に聞いた。具体的には?)
〈最優先は核との同期を進行させることです。同期が進行することでダンジョンの能力が向上します〉
(スキルも同期率の影響を受けるし、できることは増えるだろうな。階層とか部屋の数も同期率の影響を受けるのか?)
〈肯定。同期の進行により核の演算能力が向上し、情報の処理が最適化。結果、ダンジョンの容量が上昇します〉
核って、コンピューターみたいだな。今は同期率10%だけど、100%になったらどうなるんだろうか。
(同期を進行させる方法は?)
〈DPを取得してください。DPにより貴方の自我と核に、新たな情報伝達経路が構築されます〉
(えっ? 俺、結構DP使ったけど……大丈夫なのか?)
〈問題ありません。ダンジョンに使用されたDPは、情報伝達経路構築に使用した本来のDPの残滓に過ぎません〉
(残滓、つまり残りカスってことか。必要な分は先に確保しているから大丈夫なんだな? じゃあ本来のDPって、何なんだ?)
〈本来のDPとは、正式名称:Dimension Power、つまり次元力です。次元に作用し、操作することを可能とする力です〉
は? 次元を操作する? いきなり、とんでもないことを言い出したぞ。
そりゃ、残りカスでも超常現象起こせるわ。
(……じゃあ、DPを取得する方法は?)
〈主にスキル『分解』による取得、他にはダンジョンに流入する空気を媒介して、霊素及び魔素を吸収する方法があります〉
(空気? それで外と繋がった時に変な感じがしたのか)
〈肯定。外部の空気には霊素または魔素が含まれています。出入口から流入する空気が、核の作用によりDPに変質します〉
霊素と魔素か、DPの素になるんだから、凄い力があるんだろうな。それが空気と一緒に満ちている世界か……。
……
俺は一旦、考えを整理することにした。
俺はダンジョンを維持する――つまり俺が生き延びる――ために、自分を成長させる。成長するために、核との同期を進行させる。同期を進行させるためにDPを取得する。
やるべきことはわかったけど……。
(なあ、俺がダンジョンに転生したことについてだけど……。『誰か』の手によって、だよな? チュートリアルとか、意志決定支援システムとか、いくらなんでも自然現象にしては、俺に都合が良すぎる。)
〈……同期率が不足しているため、回答できません〉
今、言葉を詰まらせた?
まあ、突っ込んで聞いたところで、答えは変わらないだろう。
何より、意志支援決定システムの支援が無くなることになったら、大変だしな。
『誰か』の目星はついてるし、余計な詮索は止めておこう。
(なら、いいや。俺が生きるためにやることは変わらないし、DPを貯めてダンジョンを成長させるよ)
〈……回答の代替として、核に記録されている言葉を再生します〉
ん?
〈『貴方の命は貴方だけのもの。何を願い、何を為すかは心のままに。貴方の歩む道に、幸多からんことを』……以上です〉
……。
(……ありがとうな)
〈……〉
システムは、それ以上何も言わなかったが、俺には充分だった。
言葉の意味以上に、善意と配慮を感じたからだ。
システムは核に記録された言葉を述べただけかもしれないが、その声は慈愛に満ちていた。
俺は信じることにした。
俺をダンジョンに転生させた存在と、この支援者を……。