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第39話 当たり前になった光景

 

「マックス、作業の進み具合はどうだ?」


 俺は集落跡に作業の進捗を確かめに来ていた。


 今、この集落跡では遺体の捜索と並行して復興作業も行なっている。

 破壊された建物は撤去し、抉れた地面は整備されつつある。

 この二日でオウルベアから受けた傷痕は、すっかり薄れていた。


「この調子ならば、マスター様が大集落から戻られる頃には石碑を建てることも可能でしょう」


 そう、ここに石碑を建てる。

 命懸けで守った場所なのだ。ハウザーさん達の石碑を建てる場所は、ここしかない。

 勿論、石碑を建てて終わりではない。ここにも人が住めるようにする予定だ。

 墓を建てても参る人が誰もいないのは忍びないからな。


「ここも賑やかになれば、弔いにもなるかな」


 ハウザーさんは朗らかな人だと聞いた。

 皆の元気な姿を見せる方が供養になるだろう。

 マックスの集落の者達も賛成してくれていた。復興したら、再びここに住みたいとも言ってくれているほどだ。

 それならば、ここの作業を優先した方が良い。平原への入口は塞ぎ、ここへの入口に切り換えておくことにした。

 平原には、狩り以外に特に用事も無いしな。


「なあ、マックス。考えたんだけど、コボルトって住んでいる場所を集落って言ってるだろ? ここには集落って呼び方じゃなくて、名前を付けたいんだけど駄目かな?」

「ここに名前を?」

「ああ、この土地を『グラティア』って呼ぶのはどうかな? グラーティアの花を捩って『グラティア』、感謝を忘れないように、名前に付けようと思ったんだ」

「なるほど……『グラティア』ですか。それは素晴らしいですな。我々コボルトは、土地に執着しない故に名前を付ける風習がありませんでした。ここに名前があれば、人も訪れ、記憶からも忘れられることは無いでしょう」

「ああ、俺もここを人が賑わう土地にしたい」


 俺とマックスの会話を聞いていたコボルト達も、ここに名前を付けることに興奮している。瞬く間に『グラティア』が知れ渡っていた。

 どうせなら、向こうの集落の方にも名前を考えておくか。

 拠点が二つになるんだったら、その方が良いだろう。


 俺が拠点の構想を練っていると、巨大な影が俺に向かって走ってきた。

 巨体の慣性を感じさせない動きで、俺の前で見事に停止している。


「キバ、どうだった? 他のオウルベアの痕跡はあったか?」


 俺はキバに周辺の捜索を指示していた。

 目的はオウルベア、この集落を壊滅に追いやった元凶だ。

 俺達は二体のオウルベアを倒したが、それで終わりとは思えない。他にもいる可能性はある。

 それに、オウルベアを解体してもらった時に分かったことがある。


「鳥か哺乳類か分からないけど、子供を産んでる可能性があるからな。オスとメスがいたんだ。子供がいてもおかしくない」


 特殊個体(ユニーク)がオス、通常種はメスだったのだ。

 俺は見てないけど、解体してくれたコボルトの話では、体の構造に違いがあったらしい。気付いたコボルトが教えてくれたのだ。


 その話を聞いた俺は、すぐにキバに捜索を始めさせた。

 オウルベアが相手では対処できる者が限られる。

 機動性を考慮してキバに任せることにした。


 もし、子供がいたら……可哀想だが、生かしておくわけにはいかない。

 コボルトの子供達を見た後で考えるのは気が重いが、決断はしないといけない。


「申し訳ありません、何の痕跡も見つけることができておりませぬ……」

「いや、無いなら仕方ない。気にするな」


 キバの報告を受けて、少しだけほっとしたのは内緒だ。

 これ以上、捜索を続けさせても徒労に終わるかもしれない。


「あとはマックス達に任せて明日に備えてくれ。明日から、頑張ってもらうからな!」

「御意! 必ずや期待に応えますよう、尽力致します!」


 不作の報告で気を落としていたが、すぐに気持ちを切り換えたようだ。

 キバは吹っ切れた様子でダンジョンに入っていった。


 俺は結局、あの日のキバの変貌について触れないことにした。

 推測でしかないが、あれはキバのスキル『身体強化』に関係しているんじゃないかと考えている。

 単純な能力の強化と思っていたが、オウルベアの『筋肥大』も見た目が変わったし、的外れではないと思う。


 まあ、推測でしかないし、キバが負い目に感じている節もあるみたいだから、今はそっとしておこう。

 助けを求めてくるなら勿論助ける。必要無いなら、それに越したことはない。

 キバの口から語られる日が来るまで待ってみよう。俺もキバを信じているからな。それまで、俺からは何も言わない。


 ……


 日も傾き、辺りが夕焼けに染められ始めている。今日の作業も終わりだな。

 作業に従事していた者が次々とダンジョンに入っていく。集落に戻り休養を取るのだ。その姿は家路につく労働者そのものだ。


 こうして見ると不思議なものだ。

 本来、ダンジョンは罠や魔物で侵入者を撃退するはずなのに、俺がしていることは、むしろ逆だな。コボルトを生かすために機能しているみたいだ。

 それが当たり前になっている。俺にとっても、コボルトにとっても。


「ハハハ……」

「マスター様、どうかされましたか?」


 別におかしいわけじゃないけど、思わず笑いがこみ上げてきた。

 いきなり笑いだしたら驚きもするだろう。マックスは不思議そうに尋ねてきた。


「俺ってちょっと……いや、大分変わってるかも」

「む? 言ってる意味は分かりませんが、マスター様は確かに変わり者でしょうな」


 やっぱり? 自分で思うってことは、他人から見たら相当変なんだろうな。


「私が初めに言ったことを覚えていますか?」

「初めに? うーん、色々言われた気もするけど……何だっけ?」

「フフ……マスター様は我々など歯牙にも掛けないはずの上位の存在だということですよ」

「あー……言ってたな。でも、俺は上位の存在っていうのは、よく分からんぞ?」

「そういうところですよ。貴方は弱者の視点に立って物事を考えている。恐らくですが、貴方は我々が気軽に話し掛けることなどできない存在か、あるいは……我々も貴方にとっては養分に過ぎなかったのかもしれない」

「……」


 言葉が出ない。

 マックスの考えは半分当たってるからな。


 コボルトをダンジョンのDPにする。転生した直後ならば、それも選択肢に入れたのだろうが、今はその行為に忌避感を感じる。

 化身(アバター)をコボルトにしたからじゃない、犬の時から既に感じていた。


「しかし、貴方は我々と共に歩んでくださる。コボルトに希望を見せてくれるのだ。一月程前の我々からすれば、夢としか思えない」


 夢か……。

 これが夢だったら、覚めた方が良いのだろうか……? 前世が現実だとしたら戻りたいか……?

 責任や義務という言葉で塗り固められた窮屈な世界。都合の良いように義務を押し付けられ、後ろから責任に追いかけられる。

 自分なんてものが本当にあったのか、今となっては分からない。


 今だって責任と義務はある。

 他人に押し付けられたものじゃなくて、自分で感じているものが。

 守る責任と助ける義務、俺自身が決めた。


 ダンジョンだから何だ?

 そんなものよりも俺が俺らしく、心のままに、だな!


「マックス、俺も今の生活は夢みたいなんだぞ? 毎日が楽しいんだ! 相変わらず、俺の生まれた理由なんて分からないけどな!」

「それならば、我々はこのまま夢を見続けてもよろしいんでしょうかな?」

「それはこっちのセリフだ。俺にも夢を見させてくれよ、終わらない夢をな!」


 俺とマックスは夕日に照らされながら笑い合った。

 俺はマックスを信頼しているし、マックスにも信頼されている。そう確信していた。

 そこには、種族も上下も些細な問題にしか感じられない。一緒に同じ道を歩いている、それが答えなのだ。


〈マックスとの魂の繋がりが強化されました〉


 これで、四人目だな。

 相手とお互いに心の底から信頼できた時、魂の繋がりが強化されるようだ。

 言葉では簡単だが、できるかどうかは別だ。俺みたいな小心者には難しい話なのだ。

 でも……俺を信じてくれている目を見れば、できる。その信頼に答えたくなる。


 一頻り笑い終えた俺達は、連れ立ってダンジョンへ歩いていく。

 マックスとの間に友情を感じている俺の胸は、確かな充実感で満たされていた。



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