第38話 必要なもの
旅立つ前の細々した準備、各所回りをしようと思う。
俺が集落跡に旅立ってから、この集落の様子も随分と変わっている。
場合によっては手伝ったり、相談に乗ってあげる必要もあるだろう。
そんなわけで準備二日目の朝、皆が作業を開始した頃合いを見計らって、各所を訪れることにしたのだ。
まずはペスの所を訪れた。顔出しのついでに薬も用立ててもらうためでもある。
ペスは作業用の小屋の一つで薬を調合している。
この作業場ではペスの他にも『薬学』を持つコボルトが作業しているのだが、『薬学』を持っている者は少ないようだ。ペスを含めて三人しかいない。
「朝早くから頑張ってるな」
「マスター様、聞きましたよ。また、旅立つそうですね」
「ああ、大集落に行くんだ。旅の準備で薬が欲しいんだけど、分けてくれないか?」
「勿論です。マスター様の役に立てるなら、幾らでも持っていってください」
今回の旅では、ペスの薬に助けられた。
パラライズモスに襲われたジョンや、瀕死のキバを治療できたのもペスの薬のおかげだ。
旅の備えとして薬を見繕うことも重要だしな。
「知らないうちに種類が増えてるな」
「はい、色んな人が手伝ってくれて材料が増えましたからね。特にノアさんが薬に興味を持ってくれているみたいで、よく手伝ってくれるんです」
「そうなのか?」
「ノアさんは薬だけじゃなくて、色んなものに興味があるみたいですよ。作業場を回って皆を手伝ってくれてます」
ペスの言葉に、一緒に作業していた者達も笑顔で頷いている。
ノアも色んなことに興味を持ってくれてるのか。
しかも、自分から積極的に学んでいるんだな。
ノアは賢いから吸収も早いだろう。そのうち、知恵袋になって皆の相談役になれるかもしれない。
子供の成長を喜ぶ親の気分だ。
「よし、取りあえずはこんなもんだな。後でコノアに渡してもらえるか?」
「分かりました。また新しい薬ができたら、マスター様に見てもらいますよ」
「ああ、それは楽しみだ」
見繕った薬はミドルポーション、麻痺を解く薬、解毒薬などだ。
緊急性の高そうな物があれば良いだろう。
新しい薬は腹痛の薬や頭痛薬などの生活に役立つ物だけど、今の俺には必要無いな。
毒薬の類いもあるみたいだけど、スキルで賄える。
それに、サンプルは『解析』させてもらったから、いざという時は『創造』することもできる。
「あっ、それとマスター様にお願いがあるんですけど……」
「おっ? 何だ? 俺にできることなら手伝うぞ」
「はい、実は……」
ペスのお願いとは、空いている土地を貸して欲しい、ということだった。
薬の材料になる植物を栽培したいそうだ。
特に、魔含草を増やすことができれば薬作りの効率が上がるらしい。
上手くいけば、ミドルポーションの安定供給も可能になるそうだ。
勿論、俺はこの申し出を承諾した。
土地は幾らでも余っている。足りなければ、また開拓すれば良い。
森は誰の所有する土地でもない、所有権など知ったことではないのだ。
「じゃあ、薬のことについては、ペスに任せるからな」
「ははは……いつの間にか、責任重大になってますね。できるだけ頑張りますよ」
ペスも見た目と違って頼りになる。任せて大丈夫だろう。
次に向かうのは、集落の入口だ。
木の塀に囲まれた集落の唯一の開口部。旅に出る前は門など無く、出入りが自由にできる状態だった。
しかし、今は門が備えられている。
両開きの重厚感ある木製の門だ。
普段は開放されているようだが、閉鎖する場合は閂で固定するのだろう。木製ではあるが、閂鎹も取り付けられていた。
そして、門の左右には物見櫓が設置されている。
既に人員も配置されているようで、見張りに就いていたコボルトが俺に気付いて挨拶してくれた。
「物見櫓、完成してたんだな」
「はい、今では交代で見張りに就いてます。侵入者がいたら皆に報せますから、集落の警戒は任せてください!」
少し留守にしている間に、さらに防衛力が上がったようだ。
俺のダンジョンに避難する必要は、もう無いんじゃないのか?
そう考えると、ちょっと寂しい気もするな。
しかし、まだまだ解決できていない問題もある。やはり、水がネックなのだ。
マックスの集落跡に行ったのも、元々水問題の解決の糸口を探すためでもあった。
現在は俺のダンジョンで水を『創造』して賄っているが、人口が増えると無理が出る。
コボルト達も節約してくれているが、それでは衛生面で不安が残ってしまう。
旅から戻ってきた時も、水場にあったはずの水はほとんど残っていなかった。
俺はそれに危機感を感じて、急遽水場を拡大することにした。いっそ池にしてやった。
直径10メートル、溺れたら大変なので深さは50センチ程度の池。それでも短期間で使い果たすだろう。
水源の確保は重要な課題だ。
かなり大変な工事になるが、川から水路を引くか、素人の集団で井戸を掘るか……。
大集落で何かヒントがあれば良いんだが、そう都合よくはいかないだろうな。
俺が解決しない問題を思案しながら歩いていると――
「あ、あの! マスター様!」
何だ? 随分と幼い声のようだけど、知らない声だな。
俺は声のした方に目を向けると、そこには七人の子供達が立っていた。
声を掛けてきたのは、先頭に立つ少年だったようだ。
「どうした? 俺に用事があるんだろうけど、そんなに緊張しなくても良いぞ」
子供達は目に見えて緊張している。
先頭に立つ少年は、手足が震えているのがはっきりと分かる。
それ以外の子供達は、先頭の少年の陰に隠れるようにして俺の様子を窺っている。
「ぼ、僕達を……マスター様の下で働かせてください!」
うん? 働く? 俺の下で?
この子供達は明らかに年が幼い。
先頭の少年は恐らく最年長なんだろうけど、それでも今の俺より若いんじゃないか?
陰に隠れている子は、ナナと同じぐらいの年だろう。震えた手で前に立つ子供の服を掴んでいる。
俺にはコボルトの常識は分からないが、それでも……。
「お前達は働くには早いんじゃないのか?」
「で、でも……お願いします!」
必死に食い下がるので、詳しく話を聞いてみることにした。
話によると、この子供達はルークと一緒に逃げて来た子供達らしい。
親はどうしたのか聞いてみたが、どの子の親も既に他界していた。
親のいない子供達……気の毒、なんて安い言葉は掛けられない。
目の前にいる子供達の目は、慰めを求める目ではなく、明日のことすらも不安に感じているように怯えた目をしている。
しかし、ここの大人達がこの子供達を蔑ろにするとは思えない。
何がこの子達をここまで追い詰めているんだろうか……?
「ここの人達は良い人ばかりです。でも、また見捨てられたらって思うと……不安で……」
少年は目に涙を浮かべて、絞り出すように話してくれている。
そうか……前の集落で、逃げ遅れた時のことがトラウマになっているんだな。
働かせてくれ、と言うのは自分達の居場所を探して、どうにかしようとした結果の言葉なのかもしれない。
俺は絶対に見捨てたりなんかしない。
だけど、この子達が欲しいのは言葉じゃないだろう。
「お前達の望みは分かった」
「それじゃあ……!」
「働いてもらうかどうかはともかく、俺に付いてきてもらう」
俺の言葉に子供達は顔を見合わせている。
何をさせられるか、当然分からないだろう。しかし、表情は先程よりも柔らかくなっている。事態が好転したと思っているようだ。
しかし、今から行く場所で事態が良くなるかは俺にも分からん。
賭けのようなものだからな。
俺は子供達を引き連れ、一つの作業場の扉を開けた。
中で作業をしていた職人達が俺に気付いて手を止めている。
俺は自分でも分かるぐらい緊張しているが、子供達のためにも言わないといけない。
「ベルさん、相談したいことがあるんだけど……」
……
ベルさんには子供がいない。
昨日、作業場を訪れた帰りにココが話してくれた。
昔、ココはベルさんと同じ集落に暮らしていた。
二人は、その時からの知り合いだそうだ。
ココがベルおばさんと呼んでいることからも、親しい間柄が窺える。
そして、ココがベルさんと同じ集落にいた時に、友達の女の子がいた。
幼い時に病気で亡くなった少女……ベルさんの娘だ。
今でこそ気丈に振る舞っているが、当時のベルさんの悲しみ様は見ていられないほどだと、幼かったココの記憶にもはっきり残っているそうだ。
生きていればココと同じぐらいの年らしく、ベルさんはココのことも自分の娘のように可愛がってくれている。
ココも物心付く前に母を病気で亡くしたので、ベルさんを本当の母親のように思っている。
ココは嬉しくも少し悲し気に、そう話してくれた。
親を亡くした子、子を亡くした親、引き合わせるのは正しいことじゃないのかもしれない。
ベルさんからも子供達からも、非難されるかもしれなかった。
それでも、俺はベルさんを頼ることにした。
未来に怯える子供を救うのは俺にはできない。
この子達には母親が必要だ。
強い母、俺にはベルさんしか思い当たらない。
「そうかい、この子達は親を……」
事情を聞いたベルさんは、悲しそうに子供達を見つめている。
これ以上、俺の口から言えることは何も無い。
「それで、マスター様はこの子達の面倒をあたしに見ろって言うのかい?」
「……ごめん、ベルさんしか頼れる人がいないんだ」
本来なら、作業する音や職人の活気で溢れているはずの作業場が静まり返っている。熟練の職人達も、この状況に誰も身動きできずにいた。
当の子供達もまた、この場の空気に圧倒されて立ち尽くすのみだった。
無言のベルさんが俺の方に歩み寄ってくる……。
「マスター様、あんた、あたしに子供がいないこと、誰かから聞いたんだろ?」
「……」
「ふん、隠さなくても分かるよ! あんたも、あの子もお節介だからね!」
バレてるか。
すまん、ココ……俺のせいで、お前までとばっちりがいくかもしれん。
出ないはずの油汗を流している気がする。
目が泳ぎっぱなしの俺に、ベルさんはさらに詰め寄ってくる。
これは……殴られる……!
――バシィ!
歯を食い縛っていた俺の背中に、ベルさんの平手打ちが炸裂した。
予想外の一撃に、俺は思わず仰け反ってしまっている。
「なんて顔してんだい、何か悪さでもしたのかい? あんたが思っているより、あたしは気にしてないんだよ!」
「いたたた……。それじゃあ……」
「ああ、任せな! この子達の面倒は、あたしが見てやるよ!」
良かった……。
正直、断られたらどうしようかと思っていた。
断られた後のことは何も考えていなかったのだ。
俺は痛む背中をさすりながら子供達の方に目を向けると、自分達の予想とはまるで違ったようだ。どうして良いか分からず、一様にたじろいでいる。
そんな子供達の前に、威圧感漂うベルさんが歩み寄る。
「あんた達、今日からあたしが母ちゃんだ! 文句は言わせないからね!」
有無を言わせない物言いに、子供達も目を見開きながら頷いている。
これで、丸く収まるかな?
俺は後のことはベルさんにお願いして、作業場をあとにする。
一時はどうなることかと思ったが、上手くいきそうで本当に良かった。
俺はほっと胸を撫で下ろし、次に向かう場所へ歩みを進めた。