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第36話 コボルトの職人達

 

「ますたーさま!」


 俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。この可愛らしい声はナナだ。

 旅の準備をするために、ダンジョンを出たところで声を掛けられた。

 ナナの隣には……げっ! ココがいる!


「マスターさん、まだ体調が悪いんですか?」


 心配そうにココが俺の顔を覗き込んでくる。それが、いかんのだ。

 こっちは必死に平静を装っているが、心中は穏やかではない。

 ココの言葉でナナまで俺を心配そうに見つめてくる。


「ああ……大丈夫だ、心配する程のことじゃない。それよりも、どうした? 何かあったか?」

「ますたーさま、ナナね、これつくったの!」


 笑顔で差し出したナナの手には、細工の施された革紐があった。

 数本の革紐が丁寧に編まれて一本の革紐となっている。片方の端の部分は花の形に模られていた。


 本当にナナが作ったのか?

 前回の花の冠といい、これといい、子供の細工には見えない。

 ナナには悪いけど、ちょっと信じられないぞ。


「ナナ、これはどうやって作ったんだ?」

「えっとね、こうするの!」


 ナナはポケットから紐の切れ端を取り出して、目の前で編み始めた。

 幼い子供の手だが、動きは職人のそれだ。瞬く間に精巧な紐細工が作られていく。

 俺はその華麗な指捌きに思わず見入ってしまった。


「マスターさん、目が凄いことになってますよ?」

「えっ? ああ……いや、ビックリした。ナナがこんなに凄いとはな……」

「ナナ、すごい? えへへ……」


 どうやら本当にナナが作ったようだ、さっきの姿を見れば疑う余地は無い。

 これだけの技術があるなら、花の冠もナナの手作りだな。

 疑ってしまって何か悪い気がしてきた。


「マスターさん、信じてくれましたよね?」

「おい……いちいち口に出さんで良いだろ。悪かったって」


 はあ……ココには隠しごとができなくなってしまっている。


「ますたーさま、これもあげる!」

「えっ? 良いのか? 約束破ってしまったのに……」

「うん、いいの! ココおねえちゃんからきいたから。ますたーさまはわるくないよ!」

「そうか……ありがとう!」


 ナナとの約束、それは以前もらった花の冠を大事にすることだった。

 花の冠はもらってからずっと頭に被っていたのだが、オウルベアと戦う中で潰れてしまった。

 なにせ、命の瀬戸際だ。必死に逃げ回っていれば、乗せているだけの冠は落ちてしまう。冠に気付いたのも全てが終わった後だったのだ。

 

 取りあえず、ナナからもらった革紐を手に取って眺めてみたが、用途が分からん。

 これで何をすれば良いんだ?


「ふふ……貸してください」


 ココは革紐を取ると、俺の手首に巻き付け始めた。

 なるほど、花の細工をカフスボタンみたいにして、紐を固定するのか。


 なんと、革紐はブレスレットだった。

 前世でも、こんなスタイリッシュなアクセサリーなんて付けたことが無い。よく見ると、編み込んでいる革紐も一本一本に色の濃淡があり、ナナのセンスの良さが窺える。

 花の細工の部分も革で形作られているが、この花の形って……。


「花の冠と同じ花なのか?」

「うん! グラーティアだよ!」

「マスターさん、グラーティアの花は感謝を表すんです」


 感謝の贈り物か……感激して泣きそうになる。

 今度こそ本当に大事にしないと。


「ナナ、俺の方こそ、ありがとう」

「うふふ……」


 ナナは恥ずかしくなったんだろう、ココの影に隠れた。

 ココもその様子を見て微笑んでいる。

 いつまでもこうしていたいが、やらないといけないことがある。


「ココ、俺は明後日に大集落へ向かう。旅に出る前に装備を新調したいんだけど、誰か頼める人はいるか?」

「えっ? 大集落ですか? それに明後日って、随分急ですね」

「森の異常を伝えるためにな。ちょっと急ぐことにした」

「そうなんですか……。じゃあ、マスターさんはどんな装備が必要なんですか?」

「ああ、革で何か作ってもらいたいんだ。できれば軽装が良いな」


 以前、マックスの革鎧を『創造』したので同じ物を用意できるが、折角材料も手に入っているのだ、特注してみたい。

 材料はオウルベアの毛皮だ。昨日『収納』から出した後、そのままコボルト達に解体してもらっていた。

 俺も参加しようとしたが、皮を剥ぎ出したところで逃げてしまった。

 あれはマジでグロ過ぎる。自分のグロ耐性の低さを忘れて、えらい目に遭った。


 それはともかく、他にもブラッドウルフの毛皮がある。この際だから、余った材料はそのまま渡して役立ててもらおう。


「それじゃ、私が案内します。ナナちゃん、ごめんね、私はマスターさんを手伝うから……」

「うん! ナナ、コノアちゃんとあそんでる!」


 ナナはコノアと友達になったのか。

 コノアにとっても、良い遊び相手だろうな。


「ナナ、コノアと仲良くしてやってくれな」

「うん! コノアちゃん、だいすき!」


 そう言って、ナナは元気に走っていった。

 その後ろ姿を見届けてからココは歩き出す。

 ココが案内してくれるのは一軒の小屋だ。

 集落の一角に林立された作業用の小屋。その一つに案内してくれるのだ。

 俺達が入っていくのは服などを扱う作業場、『縫製』や『革工』を持つ者が集まっている。


「ベルおばさん、マスターさんが頼みたいことがあるって」


 小屋の扉を開けたココは、部屋にいたコボルトの一人に話しかけた。

 ベルと呼ばれた女性は、恰幅の良いお袋さん、といった風貌だ。

 キャバリアみたいな顔だが、体格は随分と立派だ。

 『鑑定』すると『縫製』と『革工』、両方持っている。これは期待できそうだな。


「ああ、マスター様かい。うちの亭主を助けてもらったこと、ちゃんとお礼してなかったね。どうも、ありがとうね」


 聞くと、ベルさんはジョンの奥さんらしい。ベルさんの様子からすると、かなり尻に敷かれていそうだ。


「実は、明後日にまた旅立つ予定なんだけど、何か良い装備が欲しいなって思って……勿論、材料は用意するし、必要な物があれば言ってくれ」

「明後日、こりゃまた随分急だね。まあ、マスター様の頼みなんだ、最優先で取り掛かるよ。それじゃあ、取りあえず採寸させてもらおうかね」


 ベルさんは、紐のような物を取り出して俺の体に当てていく。これは、メジャーのような物か。しかし、次々と測っていくがメモを取るような素振りは無い。

 大丈夫なのか?


「あの、ベル……さん? 測った部分のメモとかは?」

「ん? 必要無いよ、全部頭に入ってるさ。これぐらいできなきゃ、スキル持ちじゃないよ。ほら、腕上げて!」


 そうなのか?

 そう言えば、スキルについても分からないことが多い。

 スキルを持っていてもできないこともあるみたいだし、個人差もあるようだ。詳しく知りたいな。


 なんて、考えていると――


「ほら、採寸終わり! で、その材料は何処にあるんだい?」


 しまった! ダンジョンじゃなきゃ取り出せない。

 ノアかコノアがいれば何とかなるけど、都合よくいるわけないし……。


「すみません……。すぐに持ってきます……」

「アッハッハ……! マスター様も、そこらの男共と変わらないね。急ぐんなら、さっさと持ってきておくれよ!」

「はい……」


 俺は情けない返事をした後、急いでダンジョンへ向かった。

 しかし、『収納』から出したものの、今度は一人で運べない。

 手の空いてるコボルト達に手伝ってもらって、ベルさんの作業場に運ぶことができた。


「こりゃまた、凄い量だね。マスター様は何着、用意するつもりなんだい?」

「取りあえず一着かな。余った材料は好きに使ってもらって良いよ」


 返事を待つこと無く、ベルさんは材料を品定めしている。

 その目は、さっきまでのおばさんではなく職人の鋭い目付きだ。


「ふむ……見たこと無い魔獣だね。とんでもなく丈夫な毛皮だ。しかも、表面は滑らか。特に、この黒い方は普通じゃないね」


 ベルさんが手に取っているのは、特殊個体(ユニーク)のオウルベアだ。

 通常種は茶色、特殊個体(ユニーク)は艶のある黒だった。


「マスター様、悪いが今日明日でこいつの加工は無理だ。半端な物は渡せない。だけど、こっちなら間に合わせられるよ」


 ブラッドウルフか、それでも十分だな。


「無理を言ってるのはこっちだし、できるもので良いよ。オウルベアは、また今度お願いして良いか?」

「アッハッハ……勿論さね! こんな凄い素材を触れるんだ。こっちからお願いしたいぐらいだよ!」


 ベルさんも紛れも無い職人のようだ。早速、作業を始めてくれている。

 数人のコボルトがベルさんの指示に従い、毛皮の処理を始める。その動きも熟練のもので、いつまでも見ていたくなるが……。


「マスター様、あんたは他にやることあるんじゃないのかい? こんなとこで油売ってないで、さっさと行きな!」

「あ、はい……!」


 俺は、肝っ玉母さんに怒鳴られる息子のように、作業場を後にした。

 俺の後を追うようにココが付いてきている。


「ふふ……マスターさんでも、ベルおばさんには敵いませんね」

「仕方ないだろ……。どうせ、皆、頭が上がらないんだろ? そういうオーラが出てるぞ」

「そうですね。マックスさんでも、ベルおばさんの前では口数が減りますもんね」

「だろうな」


 あのキャラに勝つのは無理だ。

 そんな無謀なことをするぐらいなら、尻を叩かれている方がマシってもんだ。


 俺はココと談笑しながら、次の準備に取り掛かることにした。



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