第35話 次にするべきことは
コボルト達の前で晒し者にされた翌日、ダンジョンに三名のコボルトが訪れた。
マックスとジョン、それにルークという名の青年だ。
ルークは俺の留守中に保護されたコボルトだ。
その時に保護した集落の代表として、俺の前に来てもらった。
ジョンも同じく、所属していた集落の代表となっている。
つまり、今いる三人は各々の集落の代表ということだ。
今後のことを決めるために集まってもらったのだ。
「えっと……ルークは初めまして、だな。住処を失ったのは災難だったけど、ここが自分達の集落と思って自由にしてくれ」
「は、はい! マスター様の武勇伝は伺っておりますです! お役に立てれりゅよう……」
「肩の力を抜けって、緊張する必要なんて無いから」
「は、はいぃ……!」
まあ、仕方ないか。
ルークはまだ九歳、人間なら十八歳程だ。それで、代表をやれっていうのが無理な話だ。
しかし、それには理由があった。
ルークと共に保護されたコボルトは、子供や老人、それに怪我人ばかりだった。
集落を放棄する際に逃げ遅れた者の集団なのだ。
ルークは弱い者を見捨てることができず、一緒に逃げていた。
そして、食糧を探すために別行動をしていたところを保護された。
聞くところによると、ルークの集落を襲ったのはブラッドウルフの群れらしい。
同じ群れかは分からないが、再びブラッドウルフがルークの仲間を襲おうとしていたところを間一髪、ノアが救助して今に至るのだ。
ノアもコボルトと接することで成長している。
戦闘力ではなく。内面が成長していることが俺には嬉しい。
目の前にいるルークにも、これから成長してもらいたいものだ。
「ルークは、まだ若いんだ。責任なんて負う必要無い。今はマックスやジョンから学ぶことが、ルークの仕事と思ってくれ」
「は、はい!」
良い返事だ。
それじゃあ、本題に入るか。
「で、提案なんだけど。この集落の代表はマックスで良いよな?」
「む……? マスター様を差し置いて、私が?」
「昨日も言ったけど、俺は住人の一人だ。俺は自由に動き回りたい。それに、外交のようなことは苦手なんだよ。外部に知り合いもいないしな。その点、マックスは皆から信頼されてるし、人前で話すのもできるだろ? 一番の適任者だと思う」
マックスは渋い顔をして考え込んでいる。
ルークは判断がつかないようで、俺とマックスの顔を交互に見比べているが、ジョンはすぐに考えが纏まったようだ。
「マスター様の意見に俺も賛成だ」
「何? どういうことだ?」
「コボルトの纏め役にはマックスが適任だ。マックスなら大集落でも顔が利くし、統率力も申し分無い。経験も知識もマックスほど豊富な者もいないしな」
うん、ジョンはマックスのことをよく理解してる。
けど、気になる単語が出てきたぞ。
「話の腰を折って悪いけど、大集落って何だ?」
「マスター様には説明してませんでしたな。大集落とは、その名のとおりコボルトの集落でも最大のものを指しています。私の集落跡から南西に位置しており、人口は五百人程だったと記憶しております」
ほほう……コボルトの集落で最大か、どんな所か興味があるな。
「いつか行ってみたいな。作業が落ち着いたら案内してくれよ」
俺は気軽に言ってみたけど、マックスもジョンも思案気だ。
何か都合が悪いのか?
「マスター様、作業が落ち着いたら……いえ、できれば早く大集落に使いの者を送った方がよろしいかと」
「そうだな。自分達のことだけで頭が回らなかったが、考えてみたらそのとおりだ」
「全然話が見えん。説明してくれよ」
……
二人が大集落へ使いを出す理由は、どうやら報告する必要を感じたかららしい。
今、ヘルブストの森で異変が起きている。
相次ぐコボルトの集落への魔獣の襲撃、見たことも無い魔獣、しかも特殊個体の出現。
このままでは、他の集落も危険に晒される可能性が高い。
人口の多い大集落といえど、安全とは断言できないだろう。
手遅れになる前に報せないといけない。
「なるほど、分かった。それは早い方が良いな」
「はい、マスター様の了承がいただけるなら、すぐに人選して使いを出しましょう」
「そうだな……ルーク、お前は大集落の場所は分かるか?」
「は、はい! 一度行ったことがあります!」
じゃあ、決定だ。
「それじゃあ、ルーク、旅の準備をしろ。出発は明後日にしようか」
「えっ?」
俺の決定に、当の本人であるルークは目を丸くしている。
今の話の流れで、どうなるか予想しろよ。
でも、仕方無いかもな。マックスとジョンも、首を傾げているようだし。
「マスター様、今の言い方ではマスター様自らが――」
「行くよ。俺が行く」
ちょうど良い機会だ。
大集落というものがどんなものか、この目でみてみたい。
可能であれば、技術者をスカウトするのもアリだ。
それに――
「俺が行けば、ダンジョンの入口を繋いでいつでも行けるようになるぞ」
これは他の者にはできまい。
次元を越える俺だけの力だ。
「……確かに移動手段があれば、私でもジョンでも使者として赴くことができますな。しかも、何のロスも無く……とは言っても、マスター様が自ら行くのは……」
「凄いな。言われてみれば、そうなんだよな。俺達が往復するよりも無駄が無い。俺は賛成だな」
「む、むう……仕方あるまいか……」
ジョンが賛成したことで、マックスも渋々承諾してくれた。
ルークは拒否させない。そこは決定事項だ。
「じゃあ、そう言うことで俺はまた旅に出る。だけど、今回は移動に時間を掛けたくないし、趣向を変えてみる」
折角、人型のコボルトになったのだ。
新しい移動手段を試してみよう。
今、この場にはコボルトの三人以外に、ノアとキバもいる。
決定事項については、この二人にも知ってもらう必要がある。会議の場にいてもらっていた。
「キバ、今回も俺と一緒に来てくれ」
「御意……汚名返上の機会を与えてくださり、感謝に堪えませぬ」
汚名って、あれか……。
キバにとっては屈辱だったんだろうか。
「体調はどうだ? 出発は明後日を予定しているけど、大丈夫か?」
「十分過ぎるほどの休息はいただいた。今すぐにでも我は結構です」
本人が大丈夫と言うなら、それを信じよう。
キバは虚栄心に囚われたりしないだろう。その声は誓いのように心強い。
「それで、コウガから一体派遣したい。キバが見立ててくれ。体が丈夫で、持久力優先だな」
「なるほど、マスターの考えが分かりました。適任の者を見繕いましょう」
「ああ、頼む」
ニヤリと笑ったキバは、俺の考えが何か確信しているな。
まあ、よほど勘の悪い奴じゃ無けりゃ分かるよな。
「あ、あの……僕は何を準備すれば良いのでしょう……?」
「ああ、ルークはマックスに任せる。俺にも必要なものが分からん」
「ふむ、承知しました」
大集落への使いの件はこんな感じで良いか。
「じゃあ、今回はこの辺でお開きにする。本当は、もっと色々決めたいことがあったけど、優先するのは安全に関することだからな。また後日、会議の場を設けたいと思う」
「分かりました。それでは、マスター様不在の間は、私が代行して指揮を執りましょう。しかし、後日改めて代表の件は議論させてもらいます」
マックスもしつこい。
まあ、大集落に行った後の話だし、それから話し合えば良いだけだ。
俺は絶対に代表なんかするつもりは無いけどな。
会議が終わったことで、各々が自分の作業に戻っていく。
俺も明後日の出発までに準備しよう。
今着ている服だと軽装過ぎるし、何か作ってもらおうかな。