第34話 何でこうなった?
ダンジョンの外は日が傾き、夕暮れ時となっている。
作業は日中だけ、という俺の方針に従って、コボルト達も作業の手を止めダンジョンの前に集まっていた。
ダンジョンの前は大通りだ。特に決めたわけでもないが、夕食は皆して大通りで取っている。
ダンジョンの前にかがり火を焚き、調理した肉を焼いていく。
原始的な光景だが、皆が楽しそうなので当面はこのままで良いと思っている。
マックスは食事の準備をしている者の手を止めて、集まっている人々の前に立つ。そして、大層な口上を述べ始めた。
その横に俺が立っているわけだが……。
何だ、これ?
こんなに仰々しくする必要あるか?
もっと気軽に、食事の間に紹介する程度で良かったのに……。
これじゃあ、前世の新任地での挨拶を思い出してしまう。
俺はあれが嫌いだ。大勢の前に晒される、見せ物の気分だからな。
それに、この流れだと――
「……私からは以上だ。それでは、この集落の主であるマスター様から御言葉を頂戴したいと思う」
ほら、来た。
何も考えてないっつーの!
いきなり、振るなよな……!
マックスは一歩引いて、「お願いします」と俺にしか聞こえない声で言った。
コボルト達の視線は俺に集中している。
誰一人として声を発さずに、俺の言葉を待っているようだ。
この状況で何も言わないって、できないだろ。
緊張するから、そんなに見んなよ。
「……マックスからの紹介にあったとおり、俺がマスターだ。犬の姿の俺を知っている者には信じられないかもしれないが、犬の姿も今の姿も仮の……いや、どっちも本当の姿だ。俺がマスターということは変わらないから、見た目については気にしないでくれると嬉しい」
上手く伝わってるか?
マイクも無いし、全員に聞こえてるか分からないな。
「それと、俺はこの集落の主じゃない。この集落は皆のものだ。俺は、皆と同じ集落で暮らす者として協力したいだけだ。だから、俺に謙る必要は無い」
どうだ? マックス。悪いが、俺を場の雰囲気で担ごうとしても駄目だからな。
俺はノーと言える日本人なのだ。おかげで、前世では不遇な扱いを受けたが、こればかりは譲れない。
俺は心でニヤリとほくそ笑んで、マックスを一瞥すると――
何でだ!? 満足そうに笑ってやがる!
「マスター様、貴方が主ではないにしても、この集落をどのようにしたいと考えているか、お聞かせ願いたいのですが?」
不意な質問に慌てて正面へ向き直してみると、集まっているコボルト達の先頭にジョンがいた。
今の質問の主はジョンだったのだ。
しかし、お前……。このタイミングで質問て、どんな神経だ?
聞きたいことがあるなら、後でこっそりと聞きに来いよ!
アドリブを続けるのはハードルが高いぞ!
後でジョン、しばく!
俺は表情を変えないようにしながら必死に考える。
「……どのように、か。俺は誰もがここを……」
……。
いや、止めよう。
適当なことを言って、急場を凌ぐこともできるだろう。
だけど、前にノア達に嘘をつこうとして、自己嫌悪に陥った。
今も同じだ。自分のつまらない虚栄心のために、きれいごとを並べようとしている自分がいる。
また、情けない思いをするぐらいなら……。
「はあ……。何で俺がこんな目に遭ってんだ? 堅苦しい場は苦手なんだけどな……」
「マスター様?」
「あー……さっきも言ったけど、俺は住人の一人に過ぎない。確かに、俺は皆に色々頼むと思う。今までも、これからもな。俺は俺が……俺達が楽しく生きていけるようにしたいだけだ。敵はぶっとばすし、仲間は家族だ。上も下もどうでもいい、種族だって関係無い。一緒に生きたい奴は俺が面倒見てやる!」
……言ってやった。
半ばヤケクソ気味に叫んでやった。
だけど、スッキリした。嘘偽り無い、本当の気持ちだ。
これで嫌われたら、もうしょうがない。
……
大通りは静まり返っている。
俺の叫びの木霊が遠くに消えていった気がする。
誰かの息を吸う音が聞こえた。
――直後に、喝采の津波が俺を呑み込む。
咆哮のような喝采に、俺は身動きが取れないでいた。
この時の俺はどんな顔をしていたのだろうか。
呆然と立ち尽くすままの俺に、ジョンが歩み寄ってきた。
ジョンは満面の笑みを浮かべている。
「マスター様! あんたはマックスやノアさんの言ったとおりの人だ! あんたみたいな人は見たことも聞いたことも無い。俺はあんたに付いていく! 嫌だって言っても付いていくからな!」
ジョンの言葉に賛同する声が、あちらこちらから沸き起こる。
気付いたら、皆で俺の名前を連呼し始めた。
ん? マックスとノア……? まさか!?
俺はマックスの方を振り向くと、いつの間にか隣にノアがいた。
ノアはふんぞり返るような形になっており、してやったりといった雰囲気を醸し出している。
マックスも隠すつもりは無いのだろう、声を出して笑っている。
――謀ったな!
思えば、この二人は俺がどんな人柄か分かっているはず。
人の上に立つのが嫌い。嘘も満足につけない。思うままに行動する。
そんな俺に、こんな場を設けたらどうなるか、この二人なら予想できるだろう。
それを裏付けるのが今の様子だ。
恐らくジョンもサクラだ。完全に、してやられた。
確かに俺という人物を知ってもらうには、この方法が手っ取り早いかもしれないが、人の気も知らずに何てことをしやがる。
俺の意思とは反対に、コボルト達の熱狂は止まることをしらない。
これも、二人の予想どおりなのか?
それにしても……。
「マスターコールは止めろ! こっちが恥ずかしいわ!」
……
結局、コボルト達の興奮が落ち着いたのは、周囲が暗闇に包まれた後だった。
いい加減腹が減ったのだろう、皆していそいそと食事の準備をしている。
先程までのこともあって、ただの食事のはずが宴の体を成している。
「で、これは誰の企みだったんだ?」
「……」
俺はノアとマックスに詰め寄っている。
流石に俺でも、あの仕打ちは堪えた。二度と勘弁してもらいたい。
それをこの二人にも分かってもらわないと、次はどんなことを仕掛けてくるか分からない。
俺の心の平穏のためにも、釘は刺しておかないとな。
「マスターさん、焼けましたよ、食べないんですか?」
どうやら、ココが焼けた肉を持ってきてくれたようだ。
まあ、本気で怒ってるわけじゃないし、これぐらいで許してやろう。
「ああ、食べる、よ……!?」
「? どうしました?」
ココの顔が近い。どういうわけか、俺はコボルトになって美的感覚が変わっただけでなく、感性まで子供になってしまっているようだ。
ココが年上のお姉さんに見えてしまう。
年上のお姉さんが側にいる少年、心が平穏でいられるわけがない。
年齢だけなら、三十過ぎたおっさんが女子高生にドキドキしていることになる。
完全にアウトだ。
俺は無言でココから顔を背けた。
……こんな反応してしまうのも、年相応なのかも。
「えっ? 本当にどうしたんですか? どこか悪いんですか?」
うおおい! 今の俺を覗き込むな!
目も合わせられないっつーのに!
こんな青臭いのは柄じゃない。誰か、助けてくれ!
俺が必死にココから距離を開けようとしていると、マックスが何を察したのか、助け船を出してくれた。
「ココ、マスター様は新しい姿となって、まだ本調子では無いのだ。我々には分からないことなんだろう。調子が戻られるまで、そっとしておくんだ」
どの口が言うか! でも、助かった……。
お姉さんの無自覚な責め苦は、思春期の少年には刺激が強すぎる。
ココには自重してもらわないと。
「……助かった。話は変わるけど、俺はコボルトで言うと何歳ぐらいだ?」
「マスター様の体格と顔立ちでは六、七歳といった頃でしょうな」
コボルトの六、七歳……人間で例えると十二歳から十四歳か。
思春期、真っ只中じゃないか。これは、きっついかもしれん。
どうにかココと距離を開けないと、いや、ココだけじゃないな。女性は他にもいる。油断できんぞ、これは……。
俺は、今後の心配をしながら目の前の肉に齧りついていた。
手で掴んで食べる、マナーとしては悪いけど食べやすい。久々の感覚だ。
「しかし……マスター様はコボルトの少年になることで、ココを異性として捉えるとは驚きですな」
「グホッ!」
むせた! 気付いているなら、口に出すなよ!
誰かに聞かれたら、どうすんだ!
「止めてくれ。俺にも、なんでこうなったか分からん。どうしていいのか、困ってるぐらいだ。どうにもならん以上は、このままでいるしかないけど……頼むから余計なことは言わないでくれよ」
「……なるほど、承知しました」
なんで、ニヤニヤしてるんだ!
また、何か企んでいるんじゃないだろうな?
マックスって、こんなキャラじゃなかったはずなのに……こっちが本性かもしれない。
……
新たな苦悩を抱えた俺を顧慮することなく、コボルト達は宴を楽しんでいる。
この光景の前では、俺の苦悩なんてどうでも良いか。
俺も素直に喜びを分かち合うことにしよう。