第33話 犬をやめるぞ!
フハハハ……これでついに四足歩行から解放される。
思えば、手を使えない生活はストレスが溜まるものだった。
手の代わりに口を使わないといけないからだ。
言葉もそうだ。『思念波』があるから大丈夫といっても、自分の口から出るのが「わう」とか「おふ」とか勘弁して欲しい。
鼻歌を歌いたい気分の時もあるのだ。
何にせよ、これで俺は自由になる。しかし、前回の失敗も忘れていない。
支援者の失敗連呼でやけになって適当なことを考えた結果、柴犬だったのだ。
そこで、今回は策を考えた。
(支援者、今から俺がイメージするものの中で、化身に具現化できるものを教えてもらえるか?)
〈了解。マスターのイメージを参考に、具現の可否を判定します〉
(よーし、じゃあ始めるぞ)
支援者に手伝ってもらえるなら、安心してイメージできる。
人間……駄目。
エルフっぽい人……駄目。
ドワーフっぽい人……駄目。
いっそ、竜……駄目。
できても困るけど、妖精……駄目。
……全然、駄目じゃねーか!!
何ができるんだよ!
(否定だけじゃなくて、何かアドバイスをくれ! これなら良いとか!)
〈了解。マスターの求める条件を満たす種族が二種類存在します〉
マジか……! 二択ってことだな!
(取りあえず、教えてくれ。それから考える)
〈一つ目はゴブリンです。『分解』された情報を応用し、具現が可能です〉
ゴブリン……無いわー。
コボルトの集団に一匹のゴブリンて……罰ゲームかよ!
却下! それだったら犬の方が良い。
〈二つ目は狗頭人です。現在の化身の転用で具現することが可能です〉
コボルトか。
今の俺にとっては、コボルトも人間と変わらない。
周りの皆はコボルトなんだし、別に良いか。
〈よし、分かった。コボルトにするぞ)
〈了解。具現の際に制限をクリアするため、支援者の介入を必要とします。許可しますか?〉
〈ん? 支援者に手伝ってもらわないと駄目なのか? ……まあ、良いや。やってくれ)
〈了解。マスターはコボルトをイメージしてください。細部の調整を支援者が行ないます〉
よっしゃ、やるか!
……の前に、皆に言っておかないと。
(取りあえずここにいる者だけに言っておくけど、俺は今から姿を変える。見た目は変わるけど、俺は俺だ、中身は変わらないからな)
コボルト達は顔を見合わせているな。俺が急に変なこと言ったから、動揺してるんだろう。
キバは動じていないようだが……化身のこと言ってたっけ?
「マスターがどのような姿になろうとも、我はマスターに従うのみ!」
さいですか。
取りあえず、告知はした。
見られても困るものでもない、今ここでやってみよう。
俺はイメージを始める。コボルトのイメージだ。
細かいところは支援者に任せるとして、思うとおりにイメージ……。
――! 俺の周りに青白い光が集まっている。
この感じは成功か!
……と思ったら、光はすぐに消えた。
俺の視界は低いままだ。だけど、手足の感触が違う。
前足じゃなくて、ちゃんと手になっている。
後ろ足も伸びているようだ、今の俺は四つん這いになっているらしい。
その場に立ってみると……。
二本の足で立つ感覚。そう、この感覚だ。
手を見ると人間の手になっている。毛深いのはコボルトだからだな。
指もちゃんと動く。
あとは――
「あー、あー、あいうえお」
ちゃんと喋れてる!
……けど、気のせいか? 声が随分と若いな。
「マスター様……なのか?」
おお、この声はマックスだな。驚いているのが声で分かる。
「フハハハ……さっき言っただ、ろ……?」
俺はマックスの方を向きながら返事をしたのだが、思ってたよりも身長差がある。
犬じゃなくなったのに、まだマックスの顔を見上げているのだ。
それに、何か変だ。
マックスの顔はシェパードそっくりなんだが、えらく男前に見える。
見た目は変わっていないのに、俺の感覚が変わっている。
印象が違うのだ。
まるで洋画に出てくる主演俳優ばりのダンディなイケメンだ。
穏やかながら力強い眼光で、俺は思わずたじろいでしまった。
周りのコボルト達の印象も変わっている。
ハウザーさんの遺体を運んでくれたコボルト達も皆、精強な顔付きに見える。
様々な困難を乗り越えて来た男の顔だ。
ジョンは……普通のおっさんだな。
バセットハウンドみたいな顔で、印象も犬の時とさほど変わらない。
呆けている顔が余計に普通のおっさんっぽい。
キバも変わらないな。
ココは――
……。
えっ? 何だ、こりゃ!
ココが美少女に見える。
見た目はビーグルのまま変わらないのに! 印象は活発な美少女だ!
そんなココが赤く泣き腫らした目で俺を見ている。
いや……俺の足元か?
俺もココに倣って足元を見てみると――
付いている! 股間に見慣れた形の物体が!
コボルトでもこの部分は毛が少ないようだ。
しかし、俺の息子はこんなに可愛くないんだけど……って、おい!
ココは俺の息子を凝視していたのか!
「まじまじと見るな!」
さっきまで犬だったから、全裸なのは当然だ。
全裸に慣れすぎて、気にも留めていなかった。
犬と言えば、自分の顔はどんな感じだろうか?
ちょっと確認してみよう。
視界をダンジョンに切り換えて自分の顔を見てみると……。
また柴犬だ! 丸みが増して、豆柴みたいな顔じゃねーか!
それに顔だけじゃない、体も小さい。
マックスと頭一つ分以上の差がある。
正確な身長は分からないが、これって子供じゃないのか?
〈現在の同期率では、これが限界です〉
うーん……。まあ、犬から子供か、大きさ的にも妥当なのかもな。
支援者が手伝ってくれて具現化できたんだし、文句を言うのも筋違いか。
〈肯定〉
……。
「マスター様、どうされました?」
おっと、いかんいかん。
今の状態は、股間を押さえたまま突っ立ってる残念な奴だ。
視点を化身に戻さないと。
「……何でも無い。悪いけど、服を用意してもらえるか?」
「そうですな、そのまま動き回るわけにはいきますまい。すぐに用意しましょう」
俺は股間を押さえたまま、奥の部屋に逃げた。
姿を変えた一発目がこれって、相当格好悪い。
外じゃなくて良かった。マジで。
ともかく、これでまた一か月は『化身』は使えないか……。
〈スキル『化身』の再使用可能まで、残り29日23時間51分36秒。既存の『化身』への変更可能まで、残り2日23時間51分36秒〉
なぬ? 既存? それって柴犬のことか?
〈肯定〉
つまり、一度具現化した化身はクールタイムが短いのか!
場合によっては犬に戻すのもアリだな。
「マスター! 姿を変えられたんですね!」
「おっ、ノアか。俺だって分かるのか?」
気が付けば、側にノアがいた。集落跡の作業を終えてダンジョンに戻ってきたようだ。
「マックスさんから聞きましたし、眷属なら創造主がどんな姿でも分かります!」
「へぇ、そういうものか……」
「それと、マックスさんから服を預かってます!」
そう言うと、ノアは『収納』から布の服を取り出した。
別に『収納』してくれていたなら俺が出せば良いのだが、ノアが「どうぞ!」と言わんばかりに差し出してくる。自分が渡したいんだな。
俺はノアの体の上に畳まれた服を手に取る。
まあ、新品というわけにはいかないだろうが、生地も傷んでいない、きれいな服だ。
シャツとズボン、腰にはベルト代わりの帯を巻く。
あとは、靴……ではなく、サンダルか? 革紐で足首に固定するようだ。
……こんな感じか。
俺はもらった服を着て大広間に戻った。
大広間には集落跡での作業を終えた者達が、次々とダンジョンに入って来る。
俺を一様に見てくるが、見知らぬコボルトと思ったのだろう。
マックスはこの後、紹介の場を設けたいと言ってきたので、それを承諾した。
元々、この集落にいたコボルト達でさえ、犬の俺しか知らないのだ。
コボルトの姿をした俺のことを分かってもらう必要がある。
それに、新しく移住したコボルト達の様子も気になる。
これからのことを考えるためにも、一度顔を合わせるべきだろう。
それまでの時間、俺はノアと話をすることにした。
今回の旅で見た物、感じたこと。俺が経験したことを、ノアにも知ってもらいたかった。
それが、家族だと思うから。