第3話 俺とスライムと外の世界
まさか、喋るスライムとは……。
確かに喋れたら良いな、とは思ったけど、実際目の当たりにするとビックリするな。俺のことをマスターって呼んだし。
そもそも前世ではこんな生物見たことが無い。どうやって声を出してるんだ?
それに、なんかうっすら光ってるぞ。
目の前に現れたソレは、俺がイメージしたスライムに形状は似ているが、流石に蛍光色のスライムはイメージしていない。『創造』で現れたんだから、俺が『創造』したスライムなんだろう。
それに、何故か俺はソレが俺の眷属であると確信していた。繋がりのようなものを感じるのだ。
俺は『鑑定』を持っていたことを思い出して、スライムを見ながらイメージする。
覗き込むイメージを――
名称:なし
種族:不定形・粘性、スライム
称号:特殊個体、ダンジョンの眷属
生命力:41 筋力:37 体力:43 魔力:48 知性:52 敏捷:34 器用:47
スキル:収納、擬態、物理耐性、痛覚無効
……特殊個体? 通常と違うってことか?
まあ、光ってるし普通じゃないよな。ダンジョンの眷属っていうのも分かる。
この能力値はどうなんだ? 見た感じ低いように思えないぞ。
それに、スキルも普通じゃないだろ、これは。
『収納』があるってことは、俺の思ったことが反映されてるだろ。
イメージってここまで影響するのか?
げっ! DPがごっそり減ってる! 5000も使ってた。
スライム一匹に5000て、もともとあったDPの半分じゃねーか。どんだけだよ!
俺が『鑑定』の結果と予期せぬ出費に戸惑っていると、スライムは近付いてきた。
「ますター、ぼクをうンデくレテありガとウござイまス。」
近くで見ると、声を出す時にスライムの一部が振動している。
体で声帯を再現してるのか。こいつ、凄いな。……何言ってるのか聞き取り辛いけど。
折角だし、一応挨拶しとこうか。
「ワウオウン」
そうだった。俺は犬だった。喋れないから『思念波』を使わないと。
思念を送るイメージだ……。
(こっちこそ、初めまして。これから、よろしくな!)
「はイ! よろシくオネがイシまス!」
できた。スキルにも大分慣れてきたぞ。
〈眷属の『創造』を完了。STEP5:『鑑定』『思念波』を完了。STEP6へ移行。STEP6:『収納』『分解』『解析』を行ってください〉
一気に来たな。『鑑定』『思念波』は俺が勝手に終わらせたみたいだから、次はSTEP5か。
『収納』『分解』『解析』をやれって言うけど、『収納』できそうなものは、ここには何も無いぞ。
〈ダンジョンの外で『収納』できる物質を探してください〉
(外で? ダンジョン内の物質だけ『収納』できるんじゃないのか?)
〈『収納』対象を化身に取り込むことで『収納』できます〉
化身に取り込む? なんじゃそりゃ。
(……もしかして食えってことか?)
〈経口摂取によっても可能です〉
他にもありそうだけど、取りあえずは食えってことだな。
……ついに、ダンジョンの外に出るのか。
気が付いたらチュートリアルが始まってて、自由に動けなかったからな。
ようやく一段落つけそうだ。
しかし、外って何処に繋がったんだ? 外と繋がった瞬間、変な感じがしたし……外に出て大丈夫なのか?
正直、不安だ……。
そういうことで、早速スライム君に働いてもらうとするか。
(よし、俺は今から外に出る。お前も来い。ボディーガードだ。)
「ハい! おまカせクださイ!」
スライムはプルン! と大きく揺れて返事をした。
もしかして、喜んでるのか? 表情が無いから分からん。
取りあえず、俺は部屋を出る前に、自分の体の感覚を試すことにした。
体の動かし方が人間の時とどう違うのか確認しておかないと、いざという時に危ないからな。
手を動かすと前足が動く。うん、予想どおり。
足も同じ。うんうん。
で、尻にあるモゾモゾするのが尻尾か。変な感じがする。勝手に動いてるのか?
犬といえば嗅覚なんだけど、特別鼻が良くなった気がしないな。
〈化身の五感は、自我の持つ記憶を元に再現されています。特別、五感が強化されるわけではありません〉
(そういうことか。俺は犬の嗅覚とか、感覚じゃ分からないもんな。尻尾が動いてる気がするけど)
〈気のせいです〉
いや、動いてるよ! 自分ではどうにもならないから、放っとくけど……。
ともかく、犬の体でも違和感なく動けるみたいだし、とにかく部屋の外に出てみよう。
俺はこの部屋――核ルームと呼ぶことにしよう――を出るために通路に向かって歩き出す。
その後を追うようにスライムがついてくる。
通路には明かりが無いので真っ暗だが、スライムから出る淡い光で朧気ながら形状が分かる。
通路は核ルームと違って、土に穴を掘っただけのような外観だ。あり得ない程きれいに四角で傾斜も無く、真っ平らなのだが。
どうやら部屋の方も同じで、きれいな四角い部屋があった。一辺が10メートルほどの正方形の部屋、天井まで3メートルといったところだろうか。犬一匹とスライム一体には広すぎる空間だ。
部屋の奥からうっすら光が差している。外からの光にしては暗い気もするが……。
入口に立った俺は、周りを見渡した。
なるほど、夜だったのか。
ダンジョンの外は平原だった。淡い光が点在している不思議な平原だ。
流石に暗くて、遠くまでは何があるかは分からない。ただ、人の営みを感じさせる光は、まるで見当たらなかった。
夜空を見上げると、ここが異世界だと思わせる物体が存在する。
――月が二つあるのだ。
禍々しい存在感を誇る黒紫の月、まるで不吉の象徴のようだ。
少し離れた位置には蒼い月がある。黒紫の月とは対照的に神々しさを纏い、神聖なものだと感じる。見比べると、黒紫の月の方が一回り大きいようだ。
地球に月は二つも存在しないし、そもそもあれが月かどうかも疑わしい。
そして、月以外にも俺の目を疑わせるものがあった。
俺が今出てきたダンジョンなのだが――
奇妙なところから口を開けていた。
一言で言うと、絶壁である。
自然にできたとは思えないほど断面は滑らかで、まるでナイフで切り取ったかのようだ。地質も硬い岩盤らしく、崩れそうな気配は感じられない。
見上げても、ここからではどれほどの高さなのか、見当もつかない。
そんな絶壁が地上を横切るように伸びている。
巨大な壁にぽつんと四角い穴が空いている。それが俺のダンジョンということになる。
(なんじゃ、こりゃ……)
呆然となっていた俺に、心配そうに寄り添う影があった。
「だイジょウぶでスか? まスたー」
……そうだった。こいつも俺の常識からかけ離れていたんだった。
スライムに話しかけられて我に返った俺は、外に出た目的を思い出した。
取りあえず、何か探すか。