第32話 弔うために
マックス達は俺の指示に従って、ハウザーさんの遺体を大広間まで運んでくれた。
遺体は布に包んでもらっている。一度見たとはいえ、これ以上ココに無残な姿を見せたくなかったからだ。
マックス達も同じようで、俺の提案を快く受け入れてくれた。
ダンジョンに運ばれたハウザーさんの遺体を『収納』する。
『収納』はしたが、『分解』する前にやらなければならないことがある。
(マックス、悪いけどジョンを呼んできて欲しいんだ)
「ジョンを? 承知しました」
マックスは部下の戦士に、ジョンを呼んでくるように指示している。
程なくして、ジョンがダンジョンに入ってきた。
自分の呼ばれた理由が分からないジョンは、入ってくるなりマックスに問い掛けている。
「俺に用って、どうしたんだ?」
(ああ、ジョンに用があるのは俺だよ)
「えっ、マスター様が?」
ジョンも俺を様付けか、マックスから俺の話を聞いたのかもしれない。
まあ、そんなことよりも――
(ジョンに作ってもらいたい物があるんだ)
俺はジョンだけでなく、この場にいる皆に聞こえるように説明を始めた。
作ってもらいたい物は石碑だ。
コボルト達は墓を作る習慣が無い。
しかし、マックス達はハウザーさんのために、何かを残したくて苦悩しているようなのだ。
もしかしたら、ココもそう考えて俺の力に変えてもらいたいと思ったのかもしれない。
俺もハウザーさんの墓を作りたいと考えていた。
会ったことは無いが、皆の姿を見ていればどんな人だったのか分かる。まさしく英雄だったのだろう。
そんな人を讃える物が何も無いのは忍びない。
ハウザーさんだけじゃない、仲間を助けるために死んでいった戦士達を讃えるために……。
(その石碑を見て、自分が誰の犠牲の上で生きているのか考えて欲しいんだ。亡くなった人が生きた証として、俺は石碑を建てたい)
「……」
誰も言葉を発しない。
コボルト達は俯いて目を閉じたまま、その場に佇んでいる。
意外なことに、最初に口を開いたのはジョンだった。
「そんな大事な仕事を俺に任せるんですか?」
(ああ、ジョンには『石工』があるだろ? 石が良いんだ。年月が経っても形を残す。そうじゃないと意味がない)
ジョンは震えている。
その拳は固く握り締められているように見える。
(直接関係の無いジョンに頼むことじゃ無いかもしれ――)
「そんなこと言わんでくださいよ! 俺もハウザーさんにどれだけ世話になったことか! 命を助けてもらったことも一度や二度じゃねえ! 他の奴に任せるぐらいなら、俺一人でもやらせてもらう!」
そうか……ジョンもマックスと同じ集落で育ったんだ。ハウザーさんと面識があって当然か。
予想外にジョンが乗り気なのはありがたいけど、ココはどう思っているんだろうか?
(ココ、お前が嫌ならこの話は無かったことにするけど、どう思う?)
俺の言葉にジョンが固まってるけど、身内が断るなら仕方無いだろう。
ジョンには悪いが、本気で取り止めるつもりだ。
「マスターさん、どうしてそこまで父さんのことを……?」
(英雄だから、皆の記憶にいつまでも残ってもらいたいからだ。)
「うぅぅ……」
ココは泣いてしまった。
膝から崩れ落ちて座り込んでしまった。
マックスがココを慰めるように肩を抱いてやっている。
落ち着くまで時間が掛かりそうだ。
それでも……いつまでも待とう。
ココには俺の提案を受けてもらいたい。
マックスは俺を見て力強く頷いている。マックスは賛成してくれているようだ。
それを見た他のコボルト達も一様に頷いている。
後はココだけだ。
「マスターさん、お願い……します。父さんの生きた証を……残してください……」
ココも賛成してくれた。
これで行動に移せる。
俺は早速、ジョンに構想を伝える。
コボルトは石碑がどんな物か想像できていない。
俺が前世の記憶を基に、どんな物か伝えると――
「ううむ……俺一人じゃいつ出来上がるか分かりませんね。聞く限りじゃ、大きさも桁違いだ。道具は用意できても材料をどうしたものか……」
さっきまでの強気は何処へ行った?
まあ、材料は元々俺が用意するつもりだったのだ。
(こんな感じの石でどうだ?)
目の前に巨大な岩を『創造』してみた。
「これは……マックスから聞いてたとおりだ。マスター様に不可能は無いって本当みたいだな……」
いや、あるよ!
マックスめ、俺がいない間に変な噂立ててるんじゃないだろうな!
(じゃあ、作業は任せる。人手はマックスに言ってくれ。ノアとキバでも良い。建てる場所は追って指示する)
「はい! 後世に残る仕事をさせてもらいますよ!」
石碑はこれでよし。次は……。
(マックスには、石碑ができるまでにやってもらいたいことがある)
それは、集落に住んでいたコボルトの遺体の捜索だ。
あの時のオウルベアが下手人ならば、オウルベアが持ち去った可能性もある。
巣が近くにあるかもしれない。他のオウルベアもいる可能性もある。
とはいえ、遺体を野晒しにするわけにもいかない。
(これはかなり危険を伴う、その覚悟を持ってもらいたい。勿論、生きて帰ることが最優先だ)
「承知しました! 班を編成して任務に就かせましょう」
(最後に、これを見てもらいたい)
俺は『収納』からオウルベアを出した。
大広間に横たわる巨体を見て、コボルト達は驚きの声を上げている。
「こいつは……確かに我々の集落を襲った魔獣」
(やっぱり、そうなのか? このオウルベアは森の何処に住んでいるんだ?)
「オウルベアと言う名前すら初めて聞きました。このような魔獣は噂でも聞いたことがありません」
(そうか……じゃあ、特殊個体についてはどうだ? こいつみたいな特殊個体は、どのぐらいの頻度で発生するんだ?)
「特殊個体!? こいつは特殊個体なのですか!?」
マックスがここまで驚いているのは初めて見たな。
特殊個体と言えば、ノアとキバもそうなんだけど、今は黙っていよう。
「マスター様、特殊個体を相手によくぞ生きて帰りましたな……」
急にどうした?
「特殊個体は、特異な環境でしか生まれてきません。自然に発生することは、極めて稀と言われるほどです」
(そんなに珍しいのか?)
「ええ、特殊個体の目撃談は無く、伝承のみ。その伝承に共通するのが大量殺戮と大規模な破壊なのです」
大量殺戮と大規模な破壊か……。実際、このオウルベアはコボルトの集落を壊滅させている。
下手をしたら、他の集落も壊滅させている可能性もある。
ノアやキバだって、やろうと思えばできてしまうだろう。
マックスの話では、そう簡単に生まれることは無いらしいけど……。
特殊個体を意図的に生み出せる俺って、実は相当危険なんじゃないのか?
まあ、俺が大量殺戮なんて許さないけどな。
敵になる奴には、やっておしまい! って言うかもしれんが。
……話が大分逸れたけど、コボルト達には予め伝えておかないといけないことがある。
(石碑ができたら改めて、ハウザーさんをはじめ、犠牲になった戦士達の葬儀を行なう。皆、そのつもりでいてくれ)
それまでハウザーさんの遺体は俺が『収納』しておく。
これ以上、荒らされることの無いように。
……
ふう……これで、ようやく一息つける。
実は四日程過ぎているのだが、俺がこの世界に転生して一か月……。
ついにこの時が来た!
気が付いたのは二日程前、旅の途中だし帰ってからにしよう、と保留していた。
(支援者、化身を変えることはできるのか?)
〈化身を再使用可能です〉
よっしゃあ! 俺は犬をやめるぞ!